ただの友人
高橋 恵は最近機嫌が良い。
彼女の彼氏である達也の彼女が、自分を含めてついに4人になったからだ。
これは、彼女の父と同数であり、つまりは、達也が父と同程度にはモテる男だということだ。
ひとまずの目標としていた人数なので、なかなかに感慨深い。
その4人目の彼女は、異世界人のエルフだ。
異世界のことは基本的に秘密にしなければいけない事だが、その秘密を共有している一種の背徳感も心地よい。
機嫌が良い恵に、クラスの友人何人かが試験対策を教えてほしいと泣きついて来たのは、ある意味当然かも知れない。
こうして休日に集まって図書館に移動している時に、あちこちに気を取られている友人にも、イライラすることはない。ーーでも、ちょっとはこれから勉強する気持ちを持った方がいいと思う。
「ほらほら、あの人! カッコイイよねー」
「ホントだ。誰か待ってるのかな? 彼女とか」
「えー、違うんじゃないの?」
ーーキミタチ、オトコに目を向けるより、自分の成績に目を向けたらどうかね?
恵はそんなことばを口にしそうになったが、言ったところで「りあじゅうばくはつしろ」と返されるだけなので黙っている。
「キレイな金髪だよね」
「だね。染めてるわけでもなさそうだし、外人かぁー」
「うーん、声かけてみようかなー」
悩んでいるが、恵の記憶が確かなら、今発言した彼女ーー智恵子は英語の成績がかなりマズかったはずだ。いや、英語に限らず全教科がマズイ。どうやって受験をすり抜けたのか、クラスの七不思議の1つに数えられているくらいだ。
残りの6つは知らない。
まぁとにかく、英語ができない彼女が外人さんと付き合うのは、絶対に止めたほうが良いのは確かだ。
他のメンバーはそこまでご執心ではないのか、彼女の動向を見守るモードになっているようだ。
止めてやれよ。と恵は思う。思うだけで実行には移さないが。
「よし、声かけてくる」
万が一、逆ナンが成功したら勉強会はどうする気だ。
まぁ、期末より男の方が大事だろう。
恵だって、達也とのデートと期末試験とでは………試験をとるかも知れない。
いやいや、みんなで集まって勉強会するのも良いかも知れない。今日みたいに。
教師の香苗だっているのだ。確か、司書教諭だけでなく、英語と数学も教えられると言っていた気がする。
恵は姉からもっとサキュバスらしくエロを優先しろ。と言われるくらい真面目なのだ。
もっとも、その姉は家族で一番性に奔放なのだが。具体的にはお風呂屋さんの経営者兼ナンバーワン嬢だ。
たまに聞く彼女のエロトークは最近イロイロ役に立っているので、今度何かお礼をしても良いかも知れない。
そんな風に思考が迷走している恵を尻目に、智恵子は噂の男の元へと一歩を踏み出す。
さて、恵の位置からは皆の陰で男の姿が見えなかったが、これで姿が拝めるようになった。
野次馬根性でわざわざ見るほどではないが、友人がアタックする相手くらいは確認しておくべきだろう。……結局は野次馬なのだが。
その人は長い金髪を無造作にまとめ、ジーンズに黒いシャツというシンプル極まりない姿の……エルフの女の子だった。具体的にはアリシャ。
確かにこの距離なら、本人を知らなければ美男子に見えるだろう。
ーーあの人、女の子だよ。
その一言を言う前に、アリシャがこちらに気付いて手を振ってきた。
「嘘!? 手振ってきた! どうしよう!?」
智恵子が騒ぐが、当然彼女に手を振ったわけではない。
「え? コッチ来た!? 待って、まだ心の準備が……」
できてないんかい。
その場の全員が思ったが、流石に相手から近付いて来るなど想定外だっただろう。
当然、近付いて来る理由は恵だろう。
さて、ある程度の距離まで近付くと、みんなアリシャが女だと気付いたのか、「なーんだ」という雰囲気になってきた。
ーー未だ混乱している智恵子を除いて。
「恵、奇遇だね。こんな所で会うなんて」
アリシャが声をかけてくると、皆の視線が一斉に恵に集まった。
こんな美人と知り合いだったのか? と目が訴えている。
「図書館に行く所なのよ。アリシャこそ、どうしたの?」
達也とのデートなら、こんな場所で待ち合わせはしないだろう。そもそも彼は今日香苗とデートの筈だ。
「沙織とデート。……あ、沙織は知ってるよね?」
「達也の妹でしょ。会ったことはないけど。何で一緒じゃないの?」
「待ち合わせからやりたいんだって」
「なにそれ?」
同じ家に住んでいるのに、何故に待ち合わせなんかするのか? 恵は理解できなかったが、達也の妹の沙織はかなりのシスコンらしいので、そういう思考に至ったのかも知れない。
「ねぇ、2人はどういう関係?」
それまで様子を見ていた友人たちだが、そろそろ我慢できなくなったらしい。
「キュビーンだよ」
恵の前にアリシャが答えた。
「きゅびーん?」
アマレス語なので、恵以外には分からない。
恵も、先日教わったばかりの単語だ。
「家族、ってことだよ」
アリシャの言葉に、友人たちは親戚だと理解した。
正確には、夫が同じ妻同士を指す単語だ。日本語なら棒しm……いや、多分日本語には無い。
■
「あーあ、イイ男だと思ったのに、彼女持ちかー」
アリシャと別れた後、智恵子がそんな風にボヤいた。
「智恵子、彼女持ちっていうか、そもそも女の子だったじゃない。……女の子よね?」
「ええ、間違いなく、女の子よ」
女顔の男も居るが、恵は自信を持って答えた。何せ、バッチリ確認したのだから。
「……ちょっと待って、女の子!?」
「え? イマサラ?」
智恵子の言葉に驚く一同。
流石にあれだけ近くで顔を見て、気がつかないのはありえない。
「だって、恵より胸無かったよ!? ありえないでしょ!」
「貴女のその言動の方がありえないよ!」
恵の胸が無いのは生理がまだ先だからだ。姉たちのように、あと数年で成長が始まる筈なのだ。
「智恵子、アンタ彼女の顔ちゃんと見た? どう見ても女の子だったじゃない」
「綺麗な顔だったけど……女の子だった?」
性別を気にしていなかったということは、そういうことなのだろうか?
「智恵子、コレ、何て書いてあるか読める?」
なにやら鞄から本を出して見せる友人。
それに対し、智恵子は本に目を近付け……
「スーパーなろう大戦」
「近い近い!」
「智恵子、貴女視力いくつ!?」
「えー、0.5くらい?」
「メガネは?」
「生活に支障ないし、要らないかなー、って」
「支障あるから! というか、黒板見えてる?」
「あー高校の先生って、板書の文字小さいよねー」
つまり、見えていないのだ。
それでは成績が悪いのも当然だ。
今日の予定は彼女のメガネ選びに変更だ。
たまには、キュビーンではない、ただの友人たちと過ごすのも悪くない。
恵はそんなことを考えていた。
次回5日です。




