本音とエルフ
日曜日の駅前はそれなりに混雑している。
待ち合わせ場所というのは、本人同士が理解できれば何処でも良いはずなのだが、「駅前の榊武丸像」は人気スポットだ。
戦国武将で地元の英雄なのだが、全国的な知名度はほぼゼロ。それどころか、地元民でも名前を知らない人が多い。「駅前の銅像」「駅前の騎馬武者」で通じるからだ。
それなのに、信長を苦しめただの、秀吉に勝っただの、西軍で幸村と双璧をなしただの、眉唾ものの逸話に事欠かない人物だったりする。
地元の有力者だったのは間違いないだろうが、逸話に尾ひれがつきまくってるのも間違いないだろう。
達也がそんな話をしている相手は、当然アリシャだ。
達也と出かけると知った沙織は一緒に行くとブーたれていたが、どうやら別の日に遊ぶ約束をしたことで引き下がったらしい。
そんなに遊んで編入試験は大丈夫なのかと達也が問うと、
「息抜きも大切だよ。それに、達也も期末試験があるだろ?」
と、カウンターを食らった。
確かに、勉強漬けではまいってしまう。
そんなことを話をしている間も、達也は周囲を伺う。
待ち合わせの時間にはまだ早いが、そろそろ誰か来てもおかしくない時間だ。
実を言うと、周りの視線も気になりだしている。
達也は問題ない。
彼女3人を侍らせている時はともかく、彼単体では特に目を惹く容姿はしていない。
問題は、アリシャだ。
観光案内で「美形が多い」と評されるエルフだ。
魔法で耳を誤魔化す程度の事はしているが、本来の容姿はそのままなのだ。
なので、ナンパがウザいだろうと達也は予想していたのだが、そうはならなかった。
理由はアリシャの格好だ。
長いブロンドはポニーテールというには無造作に後ろで纏め、達也とほぼお揃いのズボンとシャツという格好なのだ。昔もスカートよりはズボンを好んでいたが、今でも変わらないらしい。
この格好だと、遠目には男……しかもイケメンに見える。
なので、男連中はあまり見ない。
逆に女性の目線を集めてはいるが、ちょっと近寄ってよく見ると女だと判る。
なので視線は集めるが、声はかけられない。という微妙な状態が続いている。
達也は早くこの状況から脱したかった。
「随分ソワソワしているな。トイレか?」
「ちげーよ!」
あんまりなアリシャの言葉に反論する達也。
「こんなに見られるのは慣れてないんだよ……アリシャは慣れてるかも知れないけど」
「まぁ、ね。でも、向こうよりは人は多いかな? ……昔より人増えたか?」
たしかに、ここ数年ほど再開発が進んで街の人口は増えている。
アリシャの場合は、視線を集めることよりも人の多さの方が驚きのようだった。
「あ、いたいた」
陽子の声が聞こえ、そちらに視線を向けると3人が向かって来ていた。
とりあえず、合流できたことに達也はホッとした。
女を侍らす男というのも視線を集めはするが、この日本では意外にハーレム男だとは認識はされない。「ハーレム状態」だということで注目はされても、せいぜいが何かのサークルの集まりだと認識される。
……実は本当に全員と付き合っている。などという非常識な事は思いもよらないのだ。
ひとまず、達也が従姉のアリシャを紹介し、恵、陽子、香苗の順で名前を名乗る程度の紹介を済ませる。詳しい話は、この後何処かの店にでも行って……と達也が考えていると、アリシャが陽子に問いかけた。
「えと、陽子ちゃんだっけ? キミ、公園で虐められていた小学生?」
「あ、ハイ。 あの時は助けてくれて、ありがとうございました! でも、そのせいで……」
「いや、良い。そっちは自業自得だから。 ……達也」
なにやら感動の再会ぽかったが、ジト目で達也を睨むアリシャ。
「小学生は犯罪だと思う」
「今は違うから! 年齢見て! 同学年だから!」
あまりな誤解に、達也は全力で抗議した。
★
ぬちょ……ねちゃ……ぐちょ……
「すごい……糸ひいてきた」
「ふふ、上手よ」
「……ん、匂いが……」
「へへ、慣れると病みつきになるよ」
「ほら、お豆を摘んで……」
「お前ら、ワザとやってるだろ!」
駅前から移動して、今は卓ゲ部の部室である。
休日の学校に、部外者のアリシャを連れて入れるのか? という疑問はあったが、香苗が何とかしていたらしい。
元々、部活関係で休日でも学校に出入りする者は多い。
厳密にいうと、登校時は制服着用が義務付けられているが、守っている方が一部である。
「ワザとって、何が?」
「拓也くん、納豆嫌いだからって、僻んでるの?」
その部室で何をしているかというと、アリシャの「歓迎会」である。
3人にはアマレスの事や、アリシャがエルフだという事は既に伝えてある。
逆に、アリシャにも3人の種族は伝えてある。
そういった状況で恵たちは「アリシャに日本食をご馳走しよう!」と、色々持参してきていたのだ。
納豆もそのひとつだ。
「ん、遠藤家では納豆は出ないからな。今まで食べる機会が無かったが……口がネバつくのが気になるが、うん、なかなかイケるな」
アリシャがそんな感想を漏らす。
「いやー、やっと初体験だねー」
「ほんと、味噌や醤油も普通に知っているなんて……もっとマヨネーズに感動したりしないの?」
「いや、 アマレスにもマヨネーズくらいはあるから」
陽子と香苗の言葉にアリシャが言い返している。
「なんか、こう、異世界ぽくないよね」
「お前ら、アマレスを未開の原始人の国とか思ってないか?」
恵の言い草には達也が反論した。
達也も、WEB小説の影響でそういったイメージがあるのは否定しないが、これでも4分の1はアマレスの血が流れているのだ。不当に低い評価には反論もしたくなる。
「原始人とは思ってないけど、中世くらいのイメージはある」
「その辺りは否定しきれないな。科学技術という点では、大きく遅れているから。ただ、それなりに日本と交流あるんだから、調味料程度は手に入るんだよ」
恵のイメージをアリシャが微修正する。
なかなか良い感じに仲良くなっているようなので、達也はアリシャを恋人にしたい旨を3人に伝えた。
その反応はというと……
「え?」
「まだだったの?」
「もうそのつもりだったのだけど……」
3人の意外そうな反応に、達也の方がたじろいだ。
「あー、いや、ほら、勝手に増やしたら、みんなに悪いじゃん?」
なんでこんな言い訳をしているのだろうか。と達也は疑問に思った。普通逆ではないか?
「そういうトコ、達也はカタイよね」
「生真面目というか」
「4人誑かしている時点で手遅れなのに」
「だがそこがいい!」
散散な評価で、誰が何を言っているのか、達也はほとんど頭に入ってこなかった。
「昨日なんて、胸まで見せたのに触れてもこなかったんだぜ」
アリシャが爆弾を投下する。
昨日は構わないと言っていたではないか。と達也は胸中でぼやく。
「達也、酷い」
「据え膳食わぬは男の恥」
「女に恥かかせちゃダメよ」
「親も妹も居る所でどうにかできるワケ無いだろ!」
わりと本音で達也が吠えた。
「じゃ、ココなら平気ね」
『え?』
恵の言葉に、達也とアリシャの声がハモった。
後日、香苗は語る。
「声だけ聞いたら濃厚なBLだった」
と。
次回25日です。




