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駅前の天使

 駅前の繁華街は平日の昼間でも、多くの人で賑わっている。


 何処かへ急ぐサラリーマン、買い物中の主婦、ティッシュ配りのアルバイトの女性、その女性をナンパする男。

 そのどれもが、目に入っても特に記憶に残る人物ではないだろう。


 だが、その日、その時間、その周辺に居た人々は、その人物を一生忘れないだろう。

 あるいは幻、白昼夢とでも思ったかも知れない。


 その人物を一言で言い表すなら「天使」と誰もが言うだろう。


 腰まで伸びたストレートのブロンドヘア。

 どこまでも白い肌。

 スレンダーな体躯を包む真っ白なチュニックが、神秘的な雰囲気を強調していた。

 ……体の線が出にくいファッションではあったが、どうやら胸は無いようだ。

 が、そんな事は関係ない程に皆惚けて見惚れていた。

 男はもちろん、女もだ。


 彼女は、何かを探すように辺りを見回し……偶々近くに居たサラリーマンに声をかけた


「あの……」

「あ、あ、あ、あい、キャンのっとすピークインぐリッシュ!」


 声をかけられたサラリーマンは逃げ出した。

 いや、その周りに居た人たちも同様だ。

 歩行者は逃げ出し、店員は店の奥に引っ込んだ。


 それはそう、一昔前の朝番組の1コーナーを彷彿とさせる光景だった。


 残されたのは呆然と佇む天使のみ……


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いや、私、今日本語で あの って言ったよね?」


 天使……メアリは呆然と呟いた。


 逃げられた理由は何となくわかる。

 日本人は総じて外国人から話しかけられるのを恐れる。……らしい。

 外国語が得意でない人がそういう傾向にあり、大多数の日本人が外国語が不自由だという。

 だから、メアリは日本語で話しかけたのだが……結果はこの有様だ。


 日本人の夫やその家族を通じて日本人の知り合いはそれなりに居る。

 彼らとスムーズにコミュニケーションが取れるため、日本語にはそれなりに自信があったのだが、その自信が崩壊しそうだ。

 そういえば、娘はちゃんと喋れているのだろうか? と心配になる。



 今日こちらへ来たのは、娘の編入手続きの為なのだ。

 10年近く前にやらかした(・・・・・)娘は、それ以来こちらへ来るのを禁止されていた。

 が、先日やっと義父(娘の祖父)の許しが出たのだ。

 それなのに、コミュニケーションが不自由なようでは不憫だ。


 ひとまず、メアリは義妹に電話をかける事にした。

 傍目にには天使がスマホをいじっているように見えるので、違和感がハンパない。

 ……実態もそう変わらないのだが。


『義姉さん? どうしたの?』


 コール3つで義妹の声が聞こえた。


「ねえ紗也、私の日本語って、ちゃんとしてる?」

『は?』


 メアリは先ほどの出来事を義妹に伝えた。


『キャハハハハ』


 爆笑された。


「ちょっと、結構真剣に悩んでるんだけど!?」

『ごめんごめん、鮮明にウィ◯キーさんのコーナー思い出して……ププ』


 この義妹のどんなツボにハマったのか……暫くはイジられる覚悟をした方が良いだろう。

 そもそも、「Wikiさん」とは何者かも気にはなったが、それどころではない。


「で、私の日本語どうなの?」

『ちゃんとしていると思うわよ。 気になるなら、国語の先生にでも聞いてみたら良いんじゃない?』


 言われて見れば、これから行くのは学校だ。

 話を聞いてくれる国語教師の1人くらい居るだろう。


「そうね。学校で聞いてみる」

『というか、そんな事より、アリシャちゃんの心配をしなさいよ』

「アリシャの発音も心配よ?」


 むしろ、そちらの方が心配だ。


『そうじゃなくて、1人でウチに住む事。 前みたいに一緒に住めば良いのに……さっきも言ったけど、達也がテ出すかもよ?』

「もう子供じゃないんだから、大丈夫よ。成人してるんだし。たっくんなら、むしろアリシャの方が誘惑するかも」

『日本の成人は20歳だからね? 結婚も18歳からだからね?』


 正確には女子は16歳からだが、紗也は彼女の息子を基準に言っているだけだろう。


「まぁ、結婚しなくても子育てはできるし」

『ダメだこのエルフ早く何とかしないと』


 失礼な事を言われたが、気にしてはいけない。

 とりあえずバカ話をしているうちに日本語力の自信は回復したので、さらに二言ほど会話をしてメアリは電話を切った。


 ……切った後で、そもそも道を訪ねようとサラリーマンに声をかけたのが切っ掛けだったと思い出した。

 昔住んでいた頃の記憶とは繁華街の様子が変わっていて、軽く迷子になっているのだ。

 かけ直してナビしてもらっても良いが……


「そういえば、地図アプリがあったのよね」


 便利な世の中になったものだ。

 スマホのナビに従って、学校に向かう。



 傍目には、スマホを使う天使。

 その実態は、スマホを使うエルフ。

 遠藤 メアリ 32歳は高校生の娘を持つ、ごく一般的な主婦である。


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