りばーす
勤務時間:(月~金)09:30~16:30 時給:850~1200円
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勤務時間:(月~土)05:00~10:00 時給:1020円
……数ページ前の特集表題を確かめる。
『高校生のバイト特集』
「できるわけねーだろ!」
達也が思わず雑誌記事にツッコミを入れた。
どれもこれも、「高校生のバイト」としては不適切なものばかりだ。
今確認したもののように勤務時間が平日の昼間なんてのは良い方で、「未成年不可」なんてモノまであった。
こんな事なら、買わずに立ち読みで済ませれば良かった。と軽く後悔する。
休み時間の教室。
達也が何をしているのかというと、バイト情報誌を見ていた。
最近は何かと入り用なので、何かないかと見ていたのだ。
できれば、ステータスが見れれば有利になるようなのが良いと思いながら見ていたのだが、そもそもそれ以前に問題のある求人ばかりだ。
(これが噂のブラックバイトというものか?)
達也の頭にそんな考えがよぎるが、それは失礼だろう。
求人条件は至極普通で、責められるべきは特集記事にそんな求人を掲載した編集者だ。
「なに見てるの?」
恵がそんな達也に声をかけてきた。
ちょっと前まではこういう時に声をかけてくるのは田中だったのだが、彼は今朝からおかしなテンションで何やら思い出してはニヤニヤしている。
はっきり言ってキモい。
そんな田中は無視して、達也は恵に意識を戻した。
「バイトしようと思ってさ。けど、ロクな求人が無いんだよなぁ……どこか良いバイト知らない?」
「あるよ」
「だよなー、そんなホイホイ見つかるワケが……って、あるのかよ!?」
思わず、ノリツッコミしてしまった。
条件等は分からないが、話を聞く価値はあるだろう。
「ウチよ。父さんに達也の事話したら、ウチで雇えないかなって言ってたし。たぶん言えば雇ってくれると思う」
恵の家というと産婦人科だ。
何をするのかは分からないが、雑用の類だろうか? まさか診察や治療の助手という事はないだろう。資格も無いし。
いや、それよりも理由はともかく、父親に紹介されるという事で……
「……だ、大丈夫かな? お前のようなヤツに娘は相応しくない! とか言われない?」
色々と恐ろしい。
単に彼女の父親と会うだけでも怖いのに、達也の場合は(公認とはいえ)三股かけているのだ。
いや、恵の父親が多妻なのは知っているが、「オマエガイウナ」という根性は達也に無い。
「父さんなら大丈夫よ。義兄さんとも仲良いし」
恵も、長姉の旦那さんが挨拶に来た時は「娘はやらん!」というやり取りを期待したらしいが、終始和やかな雰囲気だったらしいし、他の姉の彼氏さんとの仲も良いと言う。
とりあえず、いきなり殴られるような事にはならないだろうと結論付け、放課後に面接に行くことになった。
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放課後、恵の家に向かうのは達也と恵だけでなく、陽子と香苗も一緒だった。
この面子だと、香苗が一緒でも部活の集まりだという言い訳もし易い。
「ただの面接なんだから、付いてくること無かったのに……」
「終わったら、そのままどこかに行けるでしょう?」
ということらしい。
(面接落ちたらカッコ悪いなー)
社交辞令でも、向こうから雇いたいと言ってきた話なので、即不採用という事は無いと思いたいが、どうなるかは分からないのだ。
それに、勤務時間や時給がどうなるかも不明だ。
そんな不安に駆られていると、黒塗りの車が達也たちを追い抜き……直ぐに止まった。
恵の家の前だ。病院部分ではなく、自宅部分なので、高橋家の客なのだろう。
場合によっては、出直す必要があるだろうかと考えていると、運転手(!)が出てきて後部座席のドアを開いた。
出てきたのは、私服の清流院と女装した海藤だった。
2人を降ろした車が発車すると、あちらも達也たちに気が付いたようだ。
「あら、こんなところで偶然ね」
「偶然というかここ、私の家なんだけど……」
清流院の言葉に、恵が応えた。
その様子からすると、予定された来訪ではないらしい。
「ふーん、じゃぁ貴女もそういうヒト? まぁ、こんな道端で話す事ではないわね。お邪魔しても?」
「え、ええ……」
口ぶりからすると、恵が人間ではないことを察したように思える。
恵がインターフォンを押すと直ぐに織江が出てきた。
ちなみに、織江とは達也も何度か会ったり、電話で話をしたりしている。
「ごめん、恵。急にお客様が来ることに……って、清流院様?」
「お久しぶりです。ちょうど家の前で一緒になりまして」
なんだなんだ。ここにいる居る人物は1人を除いて、今の状況が全く分かっていなかった。
達也たちは清流院たちが居る理由が分かっていないし、清流院たちも達也たちがこの家に来た理由が分からなかった。
例外は織江だけだ。
状況の分からぬまま一行はリビングに案内された後、織江に説明を求めた。
「えー、こちらは清流院グループのお嬢様、清流院 麗華さんよ。同じ学校だから、知っているかしら?」
「……ていうか、クラスメイト」
どうやら、織江は清流院たちがクラスメイトだとは知らなかったらしい。
「じゃぁ、こちらの紹介は必要ないかしら? 娘の恵とその彼氏、その恋人の方達です」
「恋人の方達!?」
織江の紹介に、海藤が驚きの声を上げた。
(……ああ、普通はそういう反応だよね)
達也も感覚がマヒしてきていたが、普通はこんな紹介はあり得ない。少なくとも、日本では。
陽子と香苗も達也と同じような表情をしていたが、恵だけは別の表情を浮かべていた。
「その声……え? 海藤君!?」
「あ」
どうも恵と陽子は女装した海藤が分かっていなかったようだが、先ほど素の声で驚いたせいで正体に気付いたらしい。
「……とまぁ、このように声を出せば知り合いには女装がバレてしまうので、対策をしていただきたいのです」
「対策? ……え? 喉をどうにかするとかじゃないよな?」
海藤もここに来た目的をちゃんと聞かされていなかったらしく、清流院の言葉に驚きの声を上げた。
「ああ、アレですね。 大丈夫ですよ。手術するわけではないので」
対策だとか、アレとか、達也にはよく分からない会話が交わされる。
恵に説明を求めたが、状況を把握していないのは同じらしく、困惑顔だ。
そうこうするうちに、清流院たちは織江に連れられて診察室に行ってしまった。
「……何がどうなってるの?」
ようやく、陽子が声を出したが、答えられる者はいない。
数分後、何やらげっそりした海藤を支えて清流院が出てきた。
海藤の様子がおかしいが、清流院が笑顔なので特に問題は無いのだろう。
何があったのかを聞きたかったが、次は達也の番だと促されて診察室に連れていかれてしまった。
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診察室には、女医が1人で待っていた。
恵からは父親が面接すると聞いていたが、事情が変わったのだろうか?
目の前に居るのは、恵の実母の明美だろうと予想して挨拶をする。
「はじめまして。恵さんとお付き合いをさせていただいている、遠藤 達也です。本日は、アルバイトの面接にうかがいました」
「こちらこそ、はじめまして。 恵の父の祐太郎です」
予想外の言葉に達也は面食らった。
そんな達也の様子を見て、目の前の女医はクスクスと笑った。
「信じられないかい? キミはステータスが見えると恵が言っていたが、どうやらずっと見えているわけではないようだね?」
達也が肯定すると、女医は自分のステータスを見るように促した。
名前:高橋 祐太郎
種族:インキュバス
年齢:52
家族:父・母・妹・妻4・子6
体力:432
筋力:440
(以下略)
達也の能力では男女の別までは分からない。
しかし、目の前の女医が「高橋 祐太郎」で、「妻」を持つ身であるのは確かなようだ。
では、何故女医の姿なのか?
答えはスキルにあった。
恵も持つ『時空隔離』『操作魔眼』の他に『性転換』というスキルを所持しているのだ。
これで女になっているのだろう。
「産婦人科医ってのは、女の方が何かと都合が良いからね。この病院に男は居ない事になっているんだ」
オカゲで、彼は近所ではヒモ扱いなのだとか。
「一応、執筆業だとは言ってるんだけどねぇ」
論文も書いているので、嘘ではないという。
その後、いくらか恵との付き合いについて聞かれたが、全て正直に答えた。
事前に聞いていた通り、娘の交際関係には寛容な父親らしい。
達也は清流院たちの事も聞いてみたが、「守秘義務」とのことで教えてもらえなかった。
本題のバイトについては、採用となった。 というか、採用することは決めていたらしい。
達也はステータスで病気の有無も分かる。
受付のバイトとして、接する人や事務員、看護師といった人々の健康状態もチェックして欲しいのだとか。
隠れた病気は、専門医でないと発見が難しいらしい。
能力も役立つし、時間や給料も問題ない。
「そうそう、制服もあるから試着してもらわないと。はい、これ。っとほい!」
そう言って、薄緑の服を手渡される。同時に、頭を撫でられる。
子供じゃないんだから……
と思った瞬間、達也は体に違和感を感じた。
胸が何かに絞め付けられるように苦しいのだ。
「あの……すみません……急に、胸が、苦しく……」
そう訴えると、祐太郎は少し驚いたようだった。
「……結構大きいんだな。体起こして。ボタン外すよ」
制服のボタンが外され胸を露出したところで絞めつけられる感覚はなくなった。
だが、それとは別に何かがぶら下がっているような重みを感じる。
手を胸に当てると、何か柔らかいモノに触れた。
だが、胸にも感覚がある。
本当に何かがぶら下がっている?
下をみてみると、最近よく見るようになったモノがあった。
「……え?」
おっぱい。
男の達也には無いモノ。
触る。
柔らかい。手触りも本物だ。
ついでに言うと、3人の中で一番大きい香苗より、さらにふた回りほど大きい。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
達也の絶叫は、『時空隔離』の防音効果のおかげで、外に漏れることはなかった。
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「この病院に男は居ない」
確かに、聞いた。
まさか、自分だけでなく他人も性転換できるとは思わなかった。
海藤も同じメに遭ったのだろう。だからあんな顔をしていたのだ。
だが、海藤はどうか知らないが、達也はバイトの度にこんな姿になるのだ。
嫌だが、一度引き受けた仕事を投げ出せば、それこそ男でいられない気がする。
再び性転換すれば戻るし、ほっておけば24時間で戻れるらしいのが救いか。
「え? 達也?」
「結構可愛い……」
「おおきい……」
リビングに戻った達也を3人が迎えた。
清流院たちは帰ったらしい。早い。
「あー、この姿でバイトすることになってさー。恵、悪いけど着替え手伝って……」
そこまで言って、達也は口を噤んだ。
みんなの様子がおかしい。
「……ちょっと父さんにお願いしてくる」
「私も」
「同じく」
……ナニをかは、達也はこの後嫌というほど理解した。
死ぬほど痛かった。




