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 俺達は他愛もない話を酔った勢いに任せてダラダラ続けた。

 彩音はケータイ販売業が性に合わないらしく、仕事の愚痴を並べ続けた。

「大した仕事でもないし、そんなに嫌だったら辞めればいいのに」と思うが、それは口が裂けても言えない。

 辞める気もないくせに職場の愚痴を垂れ流し、それによって仕事へのモチベーションを維持する不思議な生物、それが女だ。

 俺が「辞めればいいのに」と言った途端に、逆ギレして「あんたに何が分かるの?」と言い返される事は分かっている。

 彩音とはそんな事も分かるくらいに長い付き合いだった。

 アルコールも回ってきて、彩音の白いTシャツから出た細い腕や首筋は既に桜色に染まっている。

 ポニーテールからはみ出した後れ毛がうなじに掛かって、いい感じにそそられる。

 元から可愛い女の子だったけど、内面から香り立つような色気を纏った彼女は見知らぬ大人の女性みたいで、俺は自分を抑えるのに必死だ。

 そんな俺の状況に気がついていないのか、俺が男だって事すら忘れてしまっているのか、彩音はお色気全面解禁で、もはや隙だらけだった。



 そうやって何時間経っただろう。

 久し振りに彩音と過ごす時間は、心弾みながらも穏やかな気分でリラックスできて、最高に楽しい時だった。

 気がつけば、俺達が飲み干したアルコール類の缶が部屋中に転がり、効き過ぎたクーラーの風が寒いくらいに部屋を冷やしていた。


「ねえ、窓、開けていい?」


 フローリングに仰向けになっている俺をヒョイと跨いで、彩音はベランダの窓を開けた。

 夜になったせいか、外の空気はヒンヤリしていて、夜風と一緒にラベンダーの香りがフワリと入ってくる。

 さっき俺が点けたアロマキャンドルの香りだ。

 彩音はベランダにもたれて、床に転がっている俺を見下ろした。

 月明かりに照らされた彼女は、女神のように綺麗だった。


「幸也、ありがとうね。私の事、待っててくれて」


 猫のような甘い声で、彩音はそう言って笑った。

 まだ、言ってやがる。

 俺も苦笑しながら、言い返してやる。


「別に待ってねーよ。勘違いすんな」

「でも、毎年、幸也は一人で待っててくれるもん」

「待つも何も、他に相手がいねーんだよ」

「そっか。モテないから仕方ないんだね」

「うるせえ」


 クスクス笑いながら、彩音はベランダからフワリと戻ってきて、仰向けで寝ている俺の傍らに座り込んだ。

 俺を見下ろす彩音の頬にそっと触れる。

 ヒンヤリと冷たい彼女の肌は陶器のようだった。

 子供の頃から変わらない、あどけない微笑み。

 俺はこの笑顔を永遠に手放してしまったのだ。

 頬から唇に手を移すと、彩音はまぶたを伏せた。


「・・・お前こそ、なんで貴重な休み使って、わざわざ別れた元カレのとこに来るんだよ。他に行くトコ沢山あるだろ?」

「ないよ。私ね、幸也と別れてすごく後悔したんだよ。やっぱり幸也が好きだったって、別れてから分かったんだもん」

「・・・それは残念だったな。でも、もう遅いよ」


 彩音の白い顔がフニャっと崩れて、泣きそうな顔になった。

 頬に触れた俺の手をギュっと握って、そっと口付ける。

 柔らかい彼女の唇の感触を敏感な指先に感じて、ゾクッと鳥肌が立った。

 彩音の目から一筋の涙がツーっと頬を伝って落ちた。

 俺の手をしばし弄んでから、指の先をそっと口に含んだ。

 

「遅いなんて・・・言わないでよ、幸也」


 彼女の湿った舌と、時々当たる歯の感触が、指先にビリビリ伝わってくる。

 まずい、と思いながらも、これ以上抵抗する事はできそうもなかった。


「好きなの、幸也。今でも好きなの・・・」


 さっきまで子供みたいに無邪気に笑っていた彼女の顔から、ポロポロと涙が溢れてくる。

 泣きながら俺の指に舌を絡ませる彼女はすごく女っぽくて、妖艶で・・・もう、俺は自己制御する事ができなくなった。

 彩音の両腕を掴んで、床に仰向けにして押し倒す。

 一瞬、小さく悲鳴を上げたが、そのまま抵抗する事もなく抑えこまれて、俺を見上げた。

 涙に濡れた大きな瞳、艶のある唇・・・。

 こいつの何もかもが好きで、何もかもをぶっ壊したい衝動に駆られる。

 愛おしさと一緒に湧き上がる凶暴な感情と苛立ちをぶつけるように、俺は彩音に口付けた。


「うるせえ、もう遅いんだよ、馬鹿野郎。なんで俺を置いていった?」

「ごめんね、幸也、ごめん・・・」


 腹が立つ。

 俺がずっと傍にいてやれば良かった・・・。

 やり場のない怒りに任せて、俺はただ彩音の唇を貪った。

 白いTシャツをまくり上げて、その細い体に手を這わすと、彼女の唇から子猫のような甘い声が漏れた。


「幸也、ずっと好きなの・・・別れなければ良かったって、ずっと後悔してるの・・・」

「だから毎年、俺のとこ来るのか?」

「だって、幸也も私の事、まだ好きなんでしょう?」

「あのな・・・言っとくけど、俺、怒ってんだからな。泣いて嫌がっても許してやらないから覚悟しろよ」


 彩音の細い体に馬乗りになったまま、俺は自分のシャツを脱ぎ捨てた。

 泣きながら、されるがままになっている彼女を見下ろして、涙に濡れたまつげにそっと口付ける。

 溢れてくる涙を舐めとってやると、彩音は花が綻んだような笑みを浮かべた。

 その儚くも美しい顔を見てたら、俺も泣きたくなった。


「ごめん・・・彩音」

「どうして幸也が謝るの?」

「・・・別れなければ良かったな」


 俺の言葉に、彩音は心から嬉しそうに笑った。

 

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