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スカイツリーを盗んだ男  作者: 高塚由宇
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命の光

千郷と男が出会ってから、2ヶ月近くが過ぎようとしていた。手術をしたら、成功しても外出はしばらくできなくなるという事で、千郷は手術前に特別にもう一度だけ外出の許可を貰えることになった。

「泥棒さん。私ね……東京タワーに行きたい。いつも、病院から眺める東京タワーに一度上ってみたいの。……だから、一緒に行ってくれない?」

「僕と? 本当はご家族や友達と行ったほうが良いんだろうけどな」

「私、家族も友達も居ないって言ったじゃん」

「……それなら、僕が家族や友達代わりになるよ。一緒に、どこにでも連れていく」

男のその言葉に対して、千郷は何も言葉を発しなかったが、嬉しそうに笑顔で大きくコクンと頷いていた。




――6月下旬の午後7時過ぎ。


街はネオンで光輝いている。その中でも、一際力強く、赤く輝く東京タワー。千郷と男はエレベーターに乗って、展望台へと向かった。


千郷は、男と初めて出会った時と同じ、さくらいろラベンダーQのパーカーを着て、ふわふわとした可愛らしいピンクのスカートを履いていた。髪はポニーテールに結び、ピンク色のシュシュで纏めていた。男は黒のポロシャツにカーキ色のチノパンで身を包み、まるでお姫様をエスコートする王子のようにキリッとした格好と表情をしていた。

「わぁ、凄い。奇麗ー」

エレベーターを降りると、2人の目に東京の夜景が飛び込んできた。

「泥棒さんは、東京タワーには来た事あるの?」

「んー、東京タワーは初めてだなぁ。でも、エッフェル塔には登った事があるよ」

「すごーい。パリにあるやつだよね?」

「あぁ、そうさ」

「この東京の夜景とパリの夜景、どっちが綺麗?」

「エッフェル搭で見たパリの夜景よりも、今のこの景色のほうがずっと奇麗だよ」

「そっかー! パリはさすがにもう行けないだろうけど……。それよりも奇麗で良かった」

千郷はそう言うと、とても嬉しそうに笑う。そして、何かを思い出したかのように千郷は男に尋ねる。


「もしかして、パリも泥棒をするのに行ったの?」

「あぁ、もちろんさ。パリでは、アンブロワーズ美術館にあるフランスの国宝で、ピエール・ヴィーヴルという映画監督がフランスで初めて製作した長編映画のフィルムを盗むつもりでね」

「ふーん、映画のフィルムかぁ。で、それは盗めたの?」」

「いや、それがダメだった。その頃、ちょうど日本に住むフランス人探偵のショコラ・ジャンバルジャンという男がパリに来ていてね。僕がそのフィルムを盗もうとしているという情報が彼の元に入ってしまったらしくて、美術館の警備が厳しくなったんだ――。そして、僕が侵入しようとしていた通風孔の所に、見事に警備員を配置されていてね。僕はそれ以上、どうする事もできなくて、その国宝を盗むことを諦めたのさ」

「へぇ、そのショコラって探偵さんは凄いね」

「あぁ。今はもう日本に戻ってきているはずさ。その時はたまたまパリを訪れていたらしくてね。僕にとっては不運だったね」

「そうね。でも、フランスの人にとっては有難かったんだろうね」

「まぁ、そういう事だな」

2人は時折笑いながらそんな会話をし、展望台を歩きながら東京の夜景を眺めていた。




それからしばらくすると、千郷はスカイツリーの光が輝いてるのに気が付いた。

「はぁ……あの光が無ければ、"私の部屋"からも東京タワーが奇麗に見えるんだろうけどなー」

千郷は残念そうにしてため息をつく。

「スカイツリーだって奇麗だし、あんなに近くで見られるんだから良いじゃないか」

男はそう言って慰めようとしたが、千郷は頬を膨らませ、すねたような顔をしている。

「だって、スカイツリーはできたばかりなんだもん。これから先、私や私の子供くらいの世代の人が、ずっと見ていくものでしょ……。そんな先の、自分が見られるか分からない世界の出来事をさぁ、見せつけられてるみたいで。自分には見られない未来を、見せつけられてるみたいで、凄い嫌なんだもん」

そう言うと千郷はやや目を潤ませた。


「千郷さんだって、これから先ずっとスカイツリーを見ていくんだよ。千郷さんや、千郷さんの子供が、あの光を見ていろんな話をしていくのさ」

「私はそんな先まで生きていられないよ。こんなだもん……」

千郷は俯いてパーカーの袖をめくり、自分の痩せ細った手首を見た。

「それだったらさ、この東京タワーにずっと輝いていてほしいよ。私が小さい頃から見てきた、この東京タワーに……。頑張っていてほしいよ」

「東京タワーも頑張って輝き続けるし、千郷さんもそれに負けないように頑張るんだよ」男が千郷の目をじっと見つめて話すと、千郷も男の顔を見つめ、静かに小さく頷いた。


その後、千郷はまた男の泥棒話を聞きながら、楽しそうにして病院へと戻ったのだった。







――それから、数日後。



千郷の手術が翌週に行われる事が正式に決まった。病院を訪れた男にその事を伝え終わると、千郷は病室の窓の外の太陽に照らされたスカイツリーを見つめていた。

「手術、成功するかな……。私、あとどれくらい生きていられるんだろう」

そんな千郷の弱気な一言に、男は意を決したようにして口を開いた。


「千郷さん。僕の新しい仕事が今決まったよ」

「新しい仕事? 何か盗むの?」

「あぁ、僕がこれまで盗んできた物の中で、一番大きくて輝いている物を盗む事にした」「大きく輝く物? 宝石か何か?」

「いや。スカイツリーを盗むのさ」

「スカイツリーを? ふふっ、そんなの無理に決まってるじゃん」

「でもね、この世に絶対はないんだよ」


「スカイツリーなんて、絶対盗めないよ」

「じゃあ、もし僕がスカイツリーを盗めたら……そんな奇跡みたいな事を起こせたら、千郷さんの手術も絶対に成功するね」

「もし、本当にスカイツリーを盗めたらね。そんな事ができるんなら、私の手術の20%なんていう成功の確率だって、なんて事ないと思うよ」

「よし、じゃあ、僕の仕事っぷりをちゃんと堪能するんだよ」

「うん、楽しみにしてる」

「手術、頑張れよ。必ず、成功するから。信じるんだよ」

「……うん。ありがとう、泥棒さん」


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