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スカイツリーを盗んだ男  作者: 高塚由宇
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銃撃戦と妄想シャングリラ

――それから、3日ほどが過ぎた昼過ぎ。


雅楽坂病院の3階のある病室の扉の前に、1人の男の姿があった。あの日、公園で倒れていた時とは違い、チャコール色のジャケットにビジネスバッグを手にしていて、まるでどこかのビジネスマンかと思うくらいに整った格好をしており、無精髭も奇麗に剃られていた。


「やぁ、千郷さん。お邪魔するよ」

「泥棒さんっ!? 本当に来てくれたんだね!」

「ははは、泥棒さんか。参ったな。あんまり大きな声では言わないでくれよ」

「かっこよくなってて、誰だか分からなかったよ!」

楽しそうに会話する2人だったが、男は千郷の様子を見て少し困惑したような表情を浮かべていた。病院で見ると、公園の暗がりで出会った時よりも、より一層弱々しく、肌も白く、元気の無い様子がよく分かったからだ。

「私ね、あれからまた少し痩せちゃったの。薬も飲み続けているけど、どんどん量が増えるんだよ。困ったね」

千郷は笑いながら言ったが、男は黙って頷くしかなかった。


「だからさ、もうたぶんダメなんだと思う」

「そんな事を言っちゃダメだよ。千郷さんは若いんだから、まだこれからたくさん楽しい事を経験しなくちゃいけない。だから、弱気になるなよ」

「でもね……なんかもう、自分ではどうしようもないって思って……」

千郷はまた少し笑いながら言ったが、目には涙が浮かんでいるのが男には分かった。


それから、しばらく千郷が黙り込んでしまったが、男は何か考えるようにしてから、口を開いた。

「千郷さんは、エジプトのマーブル1世の黄金像を知っているかい?」

「黄金像? あぁ、前にテレビで見た事があるかな」

「僕はね、あのマーブル1世の弟のほうの黄金像を盗みに行った事があるんだよ」

「弟のほう? あはは、マーブル1世に弟なんて居るんだね」

「あぁ、そうさ。あまり知られてないかもしれないが、その価値はマーブル1世に負けないくらいの物でね……」


男はそう言うと、自分がどうやってマーブル1世の弟の黄金像を盗んだかを話し始めた。



「あれは、今から10年以上前の事でね。当時、エジプトの考古品を盗みに行った僕は、マーブル1世の弟の黄金像に目をつけたんだ。マーブル1世の黄金像は有名で、さすがのこの僕でも盗めないと思ってね。それよりは知名度が低くて価値も下がるが、盗めるであろうお宝だったからね。ただ、価値が下がると言っても、数十億はくだらない代物というだけあって、警備は物凄く厳重だった――。しかも、ピラミッドを荒らす外国の他の強盗団とも戦ってね。中東にあるトルソ首長国という国の強盗団で、名前は『リュヤーラァル旅団』という、世界中の金銀財宝を盗みまくってる連中で――。お宝のためなら人の命を奪う事ことも厭わない危険な奴らでね。そいつらと銃撃戦になった時に、弾が僕の頭をかすめて、一時期は部分的に禿げてしまっていたんだよ」


そんな話を男がすると、千郷はとても可笑しそうに笑って話を聞いていた。

「ハゲてっ!! ふふふっ……それにしても銃撃戦なんて凄い! 映画みたいっ」

「あぁ。ただ、映画みたいに何発も撃たれて、一発も体に当たらないなんて事はないからね。だから、弾が体をかすったり、時にはそれで命を落とす泥棒もたくさん居るのさ」

「そっかぁ。ふふっ、大変なんだね、泥棒さんも」

「あぁ、そうさ。でも、エジプトの銃撃戦以上に大変だったのはね……」


――そういうと、男は話をまた続けた。


「あれは、今から5年ほど前の事かな。僕はイギリスへ、エレクトラ女王の王冠を盗みに行く事にしたんだ。その王冠は1000万ポンドはくだらないという代物でね」

「1000万ポンドっていくらくらい?」

「たぶん、20億円近いだろうな」

「に、20億円っ!? すごーい!」

「でも、それだけ高価な物だからね。そこもやはり警備は厳重だったんだ。だから、この時は僕1人ではさすがに厳しいと思って、スペインの大泥棒アルベルト・ホセ・ルビアーノと一緒に女王の宮殿に忍び込む計画を立てたんだ」

「ルビアーノ?」

「あぁ、スペインでは幼稚園に通う子供まで名前を知っていると言われている大怪盗でね。そんなルビアーノが、その時はヘマをやらかしてね。忍び込む前に衛兵に囲まれてしまったんだ」

「えー、大変。それでどうなったの?」


「その時、僕は煙幕弾を使ってなんとか逃げ延びたんだけど、そういった類の物を持っていなかったルビアーノは捕まってしまってね」

「えぇー! 泥棒さん、助けてあげなかったのっ?」

「いや、もちろん助けようとはしたさ。でもね、ルビアーノはなぜかそれを拒んでね。たぶん、大怪盗としてのプライドがあったんだろうな。僕みたいなアジア人の泥棒に助けられるなんて嫌だったんだろうと思うよ」

「そっかぁ。それで、そのルビアーノはどうなったの?」

「警察に捕まって、今でもロンドンの刑務所に入っているよ」

「そうなんだぁ。でも、泥棒さんは逃げられて良かった」

「あぁ、あそこで捕まってたら僕は今頃ここに居ないからね」

「ふふっ、煙幕弾に感謝だ!」

「はははっ、そうだな」

「外国の話ばかりだけど、日本では何も盗んでいないの?」

「い、いや、そんな事ないさ。んー、そうだな……。ちょっと待ってくれよ」




男は必死に何かを考えるようにして、しばらく黙り込むと再び口を開いた。

「んー、例えば……。そうだな。上野のとある美術館に、世界的に有名なマリオシータの絵画『妄想シャングリラ』という作品が展示されていた時があってね」

「マリオシータかぁ。知らないなぁ」

「そこまで有名な画家じゃないからな。でも、その絵自体は数億円の価値はあったんだよ」

「数億円!? 凄いね。それで、それはうまく盗めたの?」

「あぁ。妄想シャングリラを盗んだ時は、警備員に変装をしたんだけどね。他の警備員に疑われたものの、野球の話でごまかしたんだ。"今日は巨人が勝ったみたいだよ" って――。そしたら、そんな会話をする泥棒なんて居ないだろうと思ったのか、誰も僕が泥棒だとは気づかなくてね――。その後、赤外線などの警備もかいくぐって、自ら手にした妄想シャングリラはまさに芸術そのものといった素晴らしい作品だったよ。ちなみに、この絵は、闇ルートを通じて、中東のとある国の大富豪に売る事ができたんだ」


「へぇ、すごーい! それだけでも一生暮らせちゃうね」

「あぁ、普通の生活をしていればね。でも、僕の目標はキリンを飼う事だからね」

「あはは、そっか、そうだったね」


そんな話をするうちに、千郷の表情は男が訪ねてくる前よりもずっと明るいものになっていた。男はそれから何度か、こんな嘘かホントか分からない泥棒話をお見舞いに来るたびに話した。病院での入院生活も長く、退屈していた千郷には、それが本当に心から嬉しかったのだった。




男が毎週のようにお見舞いに来ては、そうやって千郷を楽しませていたものの、千郷の病状は一向に良くならない。

「私、今度手術をする事になったんだ。成功する確率は20%くらいなんだって」

「そうか。じゃあ、頑張らないといけないな」

「体力があるうちに手術をして、成功すればもうこの病気に悩まされる事も無くなるんだって。でも、うまくできなければ、手術での回復はもう無理って事だし、このままいくしかないって……」

「成功するさ。僕も千郷さんの家族の人も、きっとみんなそう願ってるよ」

「……私ね、家族にももう見放されてるんだ……。病気になる前から、あんまり家族と仲良くなくて。両親が離婚しちゃって、今の母親はお父さんと再婚した人だから。本当のお母さんは男と逃げちゃって、もう連絡もとれないし」

「そうだったのか……」


「学校でもね、前から友達居なかったし……。それに、入院しちゃったからもう本当に誰も私のそばに寄って来てくれないんだよ。私って、可哀想でしょっ?」

千郷は口元を緩めて笑いながらそう言ったが、目には涙が溜めている。

「だからね、この前泥棒さんと会った時に行ったライブも、本当は家族と一緒に行かなきゃいけないって病院には言われてたんだけど。誰も一緒に来てくれないし、1人で行ったの」

男は10秒ほど黙って俯いていたが、何か閃いたようにパッと千郷のほうを見つめた。

「……千郷さんには僕が着いてるから。頑張って手術を受けようね」

「うん、ありがとう……」

千郷は溢れるように出てくる涙を自分の来ていたパジャマの袖で一生懸命に拭いていた。その涙を拭く右手も、数週間前よりも確実に痩せ細っているのが男の目にも明らかだった。


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