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スカイツリーを盗んだ男  作者: 高塚由宇
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公園の男

魔法のiらんどにて掲載している作品を一部改訂して掲載しております。魔法のiらんどでは、2014年8月に開催された「胸キュン!セリフコンテスト」に作品内のセリフをノミネートして頂きました。

ほんの少しだけ開いた窓から吹き込む春風によって、淡い緑色のカーテンが静かに揺れている。もう時間は午後8時を過ぎており、病室の窓からは紫色に輝くスカイツリーと、赤く輝く東京タワーの光が見えていた。


この病室に入院している千郷チサトは、中学に入ってすぐに重い病にかかり、2年以上の入院生活を余儀なくされている。東京タワーが大好きな千郷には、スカイツリーの力強い光は邪魔で仕方がなかった。千郷にとっては、"スカイツリー=新しい灯火"であり、重い病に冒されている自分自身の命や、これまでの人生を否定されているような気がしていたからだ。


病院のそばにあって力強く輝くスカイツリーと、そのスカイツリーの奥のほうでうっすらと輝く東京タワー。千郷はスカイツリーが無くなってしまえば良いのにと、入院してからずっと願っていた。




――ある年の4月中旬。


千郷は外出許可を貰って大好きなアイドル『さくらいろラベンダーQ』、通称『さくラベ』のライブを観に行った。髪形は大好きなメンバーと同じようにポニーテールにし、彼女達のファングッズで身を固めている。さくラベは今、幅広い年代のファンに支持され、人気を博している5人組の女性アイドルグループだ。まだ入院する前に、動画サイトで彼女達のライブ映像を見た千郷は、一生懸命に歌ったり踊ったりする彼女達を見てファンになっていた。


この日のライブも、千郷がそれまで見ていたライブ映像と同じように、5人が元気に歌い踊っていた。ただ、DVDとは違って、その日は千郷のすぐ目の前に彼女達が存在している。千郷はその光景に感激し、彼女達の動きや歌、トークを自分の体の中に染み込ませるようにしてライブを楽しんだ。




埼玉にあるライブ会場『ギャラクティカ・ドーム』からの帰り道。千郷が入院している病院のそばの細い通り道にある、人気の無い公園。


病院の最寄り駅で降りた千郷はさくラベの「ラベンダーキック」という曲を聴きながら、橙色の街灯がぼんやりと辺りを照らすその公園の前を通りかかる。すると、公園内にあるブランコの横に、1人の男が倒れている姿が目に飛び込んできた。


黒の長袖シャツに、所々破れて汚れたジーンズ。靴には泥が付いている。顔には無精髭も目立ち、髪も長くはないがボサボサだった。やや洋風な顔立ちで、年齢は30代半ばくらいだろうか。こんな所で倒れているなんて、ただの酔っ払いなのだろうと思った千郷だったが、病気の人だったら困ると思い、声をかける事にした。


「もしもーし……大丈夫ですか?」

千郷のか細い問いかけの声に対して、男は「うぅ…」と小さな呻き声を上げ、「み、水……」と助けを求めるように言った。千郷は自分の持っていたペットボトルの残り少ないお茶を公園の水飲み場で捨てると、その中に蛇口から水をくみ、男の口元へとペットボトルの口を押当てる。


「お、お水ですよっ? 飲めますか?」

「あ、あぁ……」

男は口から水を垂れこぼしながらも、ゴクゴクと勢い良く水を飲み、千郷がくんだ水を全て飲み切った。そして、しばらくすると、男はギョロっと目を見開き、自分を助けた千郷のほうを見つめて言った。

「ふぅ……どうもありがとう」

「なにかあったんですか? こんな所に倒れこんで……」

「あぁ……僕はその……。いわゆる泥棒ってやつでね。お金を盗みに入ったものの、しくじってしまい、警察から逃げてようやくこの公園に辿りついた次第さ」

最初は冗談かと思って千郷はクスッと笑いかけたが、男が「はっはっは」と先に笑うと、「面白かったかい? お嬢さん。……でも、泥棒がこんなところで堂々と倒れてたらいけないよなぁ」

と言って、急に真剣な顔をして地面に両手を着くと、その場でスッと立ち上がった。


男は背が高く、立ち上がると180センチは確実に超えている事がよく分かる。

「もう大丈夫だ。本当にありがとう」

男はお礼を延べると、そばで見守っていた千郷の両手を握って握手をし、数秒するとその手を離して、今度はポケットから何かを取り出して千郷の目の前に差し出す。それは、さくらいろラベンダーQのロゴマークの入ったストラップだった。

「君、さくラベのファンなんだろ?」


千郷は、なぜ男にその事が分かったのか一瞬戸惑ったが、すぐにその理由が分かった。自分の着ていたパーカーがさくらいろラベンダーQのファングッズとして発売しているものだったからだ。しかし、その事を知っているという事は、この男もさくらいろラベンダーQのファンなのだろうか。

「あなたもさくラベのファンなんですか?」

「いやぁ、最近テレビで彼女達がそのパーカーを着ていたからね。それですぐに分かったんだよ。ファンってほどではないけれど、彼女達の事は好きだよ」

「じゃあ、なんでそのストラップを持っていたの?」

「泥棒はね、いつもいろいろなアイテムや変装道具を持っているんだよ。それを持っていれば、警察に見つかった時に、うまく素性を誤魔化せるからね」

「あはは、さすが泥棒だー。凄いね」


その後、千郷はブランコに座って、自分の名前や、今日ライブに行った事、そのライブがどんな様子だったかや、自分はどのメンバーが好きかなどを話した。話の途中、時折、男は辺りを気にしている様子だったが、さきほどまで倒れていたとは思えないくらい、普通に話を聴いていた。




それから、千郷は自分の境遇についても話した。自分が難病に冒されてる事や、長い入院生活が続いている事、もしかしたら、このライブが自分が見られる最後のライブかもしれないのだという事も……。千郷がそこまで話すと、男は少し寂しそうな目をして、しばらく千郷のほうを見つめてから、ゆっくりと話し始めた。

「この世にね、絶対なんて事はないんだよ、千郷さん。だから大丈夫さ」

「そうなのかな? でもね、私もう自分で自分の体が限界だって分かるんだ。それは絶対だと思う」

「さっき僕は自分が泥棒だと言っただろ? それは本当だと思うかい?」

「んー、たぶん嘘かな」

「絶対に嘘だと言い切れるかい?」

「絶対ではないと思うけど……」


「だろ? 僕は泥棒で、この近くの銀行の金庫破りに失敗して警察に追われて、この公園で倒れていた。そんな非現実的な話ですら、絶対嘘だとは言い切れない。たからこの世に絶対なんてないのさ」

「でも、あなたがもし本当に泥棒だとしたら……私は誘拐されちゃうんじゃないかな?」千郷は笑いながら言った。

「本当の泥棒は誘拐なんて事しないさ。誘拐なんて成功率が1パーセントにも満たない、どうしようもない仕事だからね」

男は冷静に真顔で答える。


「そうなの?」

「あぁ、そうさ。本当の大泥棒は誘拐なんてセコい真似をせず、財宝を盗んで大金持ちになる事を選ぶんだよ」

「大金持ちになってどうするの?」

「大金持ちになって、大きな家を買って、そこでキリンを飼うのさ」

「キリンを?」

「あぁ。でっかい庭に放し飼いでね」

「それは凄いね……。でも、私もキリンなら飼ってたよ」

「キリンを? まさか冗談だろ」

「でも、絶対冗談とは言い切れないでしょ?」

「ははは。うん、たしかにそうだな」


そういうと男は楽しそうに笑い、千郷も釣られるように一緒に楽しそうに笑っていた。ふと、千郷が腕時計を見ると時計の針が午後10時近くに指しているのに気がついた。

「私、そろそろ帰らなくちゃ……。本当はこんな遅くまで外出しては駄目って言われたんだけど、最後のライブだからって頼み込んで来させてもらったの。でも、11時までには雅楽坂病院に戻らないと」

「雅楽坂病院か……。よし、じゃあ今度おじさんが、千郷さんのお見舞いに行くよ」

「ホントに? ありがとう、嬉しい」

「今日助けてもらったお礼さ」

「でも、泥棒を助けたなんて。私も捕まっちゃうかな?」

「ははは、大丈夫。僕は絶対警察になんて捕まらないから。心配しなくて良いよ」

「そっか、じゃあ安心して入院していられるね。おじさん、お名前は?」

「名前は秘密だよ。泥棒だからな」

「あはは、そっか。分かった。それじゃ、またね! おじさん」

そう言って2人は笑いながら互いに手を振って、それぞれ別の方向へと公園を後にしたのだった。



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