下戸の戦い
1時間で書いた。意味不明下戸伝説。
「駄目だぁ。死ぬぅぅ」駅の階段を千鳥足で降りたところで半分ぐらい吐いた。警官に追いかけられ、ズボンに吐きゲロをかけながら転げるように走った。ふらふらと自宅の安アパートに着いた。ポケットを探ったが鍵がない。財布もなくなっていた。駅から降りるまでは有った。いや、有った筈。立て付けの悪い扉だが、妙に頑固で動かない。やむを得ず近くの石を拾って窓ガラスを割って何とか中に入った。明かりをつけようとして、広げていた本に足をぶつけて倒れてテーブルで頭を打った。頭が痛いのは打ったからか、酔いからなのか分からない。「痛いよぉお」と泣きながら明かりをつけた。鏡に映る仮面は一段と歪んで見えて涙が頬を伝った。「あのぉ社長めぇ、社長め」呂律が回ってないのは百も承知。それでも悪態を吐かずにいられなかった。蛇口を捻って水を浴びるほど呑んで、頭を蛇口の下に沈め、髪の毛の先から顎の先まで水を浴びた。酔いが少しずつ醒めてきた。同時に一つの思いが頭に蛆のように湧き出した。飲めない酒を―断っている酒を、立て続けに飲ませやがって!「逃げ出さなかったら、急性アルコール中毒で僕、死んでますよって!」そう叫んで死んだように布団に倒れこんだ。苦しくなって迎え寝ゲロを二回した。息が出来なくて咳き込んだ。奴は之も計算に入れていたに違いない。俺に寝ゲロで窒息死させる魂胆だったんだ。策士だな。一年まえから挽かれてる布団に横になった。ぷんと異臭を放つ、寝ゲロよりも、一週間前のラーメンの食べかすが茶碗ごと布団の横に置いてあるのが原因だ。「そうだぁ、あの社長、殺そう」ガバッと立ち上がって、強く握ったゲンコツを2980円で買った照明の明かりに向けて振りかざした。「絶対にやってやる!」大声を上げた。「うるせぇ」と隣人から壁を小突かれた。
翌日から、かつてないぐらい勉強した。と云っても数学やら国語とかではない。大能見社長のことである。殺すことは決めたが方法が思いつかない。全く決められない。悩んだ結果、方法を思いついた時のために、あいつのことを勉強しないといけないと考えたからだ。俺は用意周到な方だ。まず大能見は、無類の酒好きであることが判った。そんなことは知っているだと、いや、無類だということだ。取引先にたかって酒を喰らうこと毎日の如しだ。更に、特筆すべき情報も手に入れた。奴は二社以上から声がかかった時は、高い確率で高額の居酒屋へ行った。更に追加情報も入手した。女性問題だ。居酒屋に女性の店員がいることを知るとかなりの高い確率でそちらを選ぶ。まぁ、両てんびんにかかる場合は二十回に一回ぐらいだ。利用価値は低いなどとは言うな、俺は用意周到なほうだ。驚くな、奴は女なら誰でもいい訳でもない。好みはすらっとした足の長い胸の大きい女性だ。これは使える。とにかく僕はアパートで、自分の足が利用できるか鏡で見たが、これは無理そうだった。奴を生かしておけない敵だと判明した。会計が50000円以上かかったにもかかわらず、部下を連れて割り勘だった。割り勘が何が悪いだと、奴は酒の半分は消費している。少なくとも半分は奴が払うべきだ。更に目撃した。お土産を包ませて割り勘という非情な攻撃だ。やはり、こいつは殺しておくべきだ。
それから、幾度か大能見からの仕事が回されなくなった。僕が前回の件で途中退場したせいなのだろうか。それではヤバイと僕の上司、雪駄居部長は思ったらしく、僕に敗者復活の志を与えようとした。それは構わない。こちらも願ったりだ。しかし、敗者復活戦だとすると、前回は僕は殺されそうになって僕の負け。今度負けたら確実に殺される。僕は戦いには勝たなければいけない。勝つためには今の酒力では無理だ。奴のように、僕を急性アルコール中毒で殺傷させる酒力など僕にはない。なら、僕はどうやって勝てばいいのだ。とりあえず、そんなことを考えていると眠れなくなり病院で睡眠薬を処方された。更にお腹が痛くなり腸炎というものになった。どうやら、不戦勝で奴の勝ちのようである。御陰様で死ぬことは無かった。替わりに上司の加藤部長が引き分けに持ち込んだようだ。さすが部長にもなると酒力がある。何戦かに一戦は引き分けに持ち込めるようだ。でも、このままでは駄目だ。部長も殺されるかもしれない。上官が死んだら、部下が仇を討たねば成らない。このままでは、無駄死にになる。ひとまず、酒力を上げる必要がある。別の方法で勝って殺すにしろ。途中までは酒を飲まずには居られない。よく飲んでも飲まれるなという。奴に飲まれないようにしろということだ。僕は、奴が行かない居酒屋を毎日確認して、違う居酒屋へ、何度もトレーニングに出掛けた。おかげで、チューハイ二杯までは我を失わずにいける酒力に進歩した。しかし、僕にはもっと凄い劇的なことが起こった。出会いである。その居酒屋で、戦友にめぐり合うことが出来たのだ。こんな具合だ。
「本当に駄目な上司っているよなぁ。部下に威張り散らすやつとかさぁ。それに奢りだとかいって、ドンドン酒を飲まして、金を払わずに帰る上司とかさぁ。やっぱり上司に恵まれないと駄目だなぁ」戦友は多いほうがいい。僕はすぐに、二杯目のチューハイを持って、そいつら二人の横に座り込んだ。「全くそうだ。部下を道具のように使う上司が多すぎる」
「お、お前、誰だい。でも話せるなぁ」戦友はビールを大ジョッキで三杯いける兵力だった。頼もしい。大したものだ。それから、何度か僕は戦友とトレーニングを同時に行う機会にめぐり合うことが出来た。僕は布団に横になって、いつも通り睡眠薬を飲んだ。医者は言っていた。この睡眠薬は酒と服用してはならないと戦線医が言っていた。僕は直に、睡眠薬を沸騰させ鍋に溶かして液体にした。奴にこれを食らわせてやろう。これで殺せる。
そして、神のめぐり合わせか、偶然の産物か、なんと戦友の戦友の戦友が(お互いは知らないと言っていたが)大能見社長の会社の社員であることを突き止めた。次ぎのトレーニングの金曜日の夜、我々は初めてブリーフィングを持った。作戦会議だ。今度こそ、社長を殺せる。戦友も「これは愚知だがな」と奴の悪事をばらし、復讐の誓いを交わした。戦友は僕がずっと練り上げてきた計画に大賛成してくれた。僕の作戦に感動したようだ。作戦は時節を見て行うことになった。詳細に作戦展開を考えた。二正面作戦。敵を二手に分かれて挟み撃つのだ。二倍の戦力で殲滅する。孫子の兵法も真っ青だ。勝ちは見えてきた。
機は熟した。雪駄居部長が再度、大能見社長に声を掛けられたのだ。トレーニングは欠かさなかった。成果は現れ、僕はチューハイを三杯まで酒力を上げた。戦友は生ビール五杯だ。強い見方だ。場所は、こちらで用意する。敵を我が陣地に引きずりこむのである。死地に赴かす。戦友にも参戦してもらうことで、作戦の成功率をあげることにも成功した。決戦の金曜日が待ち遠しかった。綺麗どころ店にいる。万が一両天秤になっても、大能見はこちらに来る。しかし、誤算が起きた!大能見は僕の言葉など気にせずに女と話しこんでいるのだ。戦友と目で合図を送って、二正面作戦にかかることにした。両側から生ビールをお酌する。しかし、何てことだ。敵は僕の作戦を見抜いているかのように、ミサイルのようにつぎ込むビールには手も触れずに女の注いだ焼酎を飲んでいる。ミサイル作戦は不発に及んだ。しかし、奴の好きなのは芋焼酎だ。芋を頼めば、こちらに軍配が上がる。僕は、中立を決め込んでいる居酒屋の亭主に芋焼酎を頼んだ。「すまねぇな。今切らしてるんだ」なんてことだ。大将、おまえは奴の手に落ちたのか、こうなれば、戦友の力を得るしかない。奴にも知恵を絞らせるのだ。反撃が来る前に手を打たねば取替えしガ吐かないことになる。僕のポケットに入っている睡眠薬を溶かした液体の出番さえあれば、奴を始末できる。しかし、その時、僕は奴の計略の緻密さを想定していなかったことに後悔した。なんと僕の戦友は、あろうことか僕に酒を注ぎ出したのだ。違う、お前が注ぐべき相手は僕ではない。女を交え、恐ろしい呪文が唱えられた。「さぁ、一気、一気」おれは、チューハイ四杯目でその場に倒れこんだ。そして、寝ゲロで喉を詰まらせた。苦しい。助けてくれ。奴の笑い声が響いた。