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日常と崩壊 Ⅱ

 相馬は体のサイズをハゲルによって手探りで計られ、何かを消失した感覚に陥り制服の仕上がりを待っていた。

 今現在、ハゲルは制服の制作を従者に任せ、相馬とテーブルを囲んで茶をすすっていた。相馬の前にも茶が置かれているのだが、なんとかく気まずくてまだ手をつけていない。

 工房の中には衣服を作るための大きな機械が三つ並べられてあり、いろいろな工具が壁や床に散りばめられていた。巨大なミシンのような機械ではあるが少し勝手が違うもので、霊力が込められたシリンダーがいくつか取りつけられてあり、縫い目がほとんどわからないように作ることを可能にしてあった。オイゲンでは最先端の、霊力と工業機械を一体化させたものだ。ユーリのお気に入りの店もこの工房から服を卸している。

 従者は流れるような作業で衣服の制作に勤しんでいた。ハゲル以外は全員女性である。

「お前さん、わけありなんだって?」

「ええ、まあ……」

 ハゲルは相馬のことを訝しんでいた。

 その理由は、シャムセイル学院に入院するためには年に一度の霊術試験を通過しなければならないというのが通例だったからだ。年に一度、領土全土に通達を送り、入院希望者を集める。今はその時期ではなかったのだ。

「どこの出身なんだ?」

 まるで尋問だった。いや、実際にそうなのである。相馬のことはユーリたちがたまたま受け入れてくれたのであって、異世界から来た相馬はやはり纏う空気が違う。この世界の人間にとって招かれざる客と扱われても不思議ではないのだ。

「田舎の方ですよ。多分、あんまり知られていない」

 相馬は当たり障りのないように答えた。が、それがかえってハゲルに不信感を与えることになった。

「へー、どこだい?」

「……東京です」

「トーキョー? たしかにそいつぁ聞いたことねえな。で、その田舎から何しに出て来たんでぇ? 今の時期に学院に入るなんざそりゃ相当の使い手なんだろうよ」

 ハゲルは〝境界線戦争〟を経験している人物だった。そして国同士の争いがあることも無視できない問題だと思っている。他国からやってきた諜報員なのかもしれない。相馬の出現はハゲルにそんな懸念を思わせていた。

「いや、その、精霊術? の使い方なんて知らないんですよ。ただ学院に保護されたって形で」

「精霊術が使えないって? そんな簡単にばれちまう嘘なんてつく必要あるめぇ。精霊術使えねえ奴がどうして霊術学院に入んだよ」

「使い方を知らないんです。ユーリたちが言うには俺がそれ使ったらしいんですけど、その時のことは全く覚えてなくて。保護じゃなくて監視されてるのかな。ははっ……」

「あーん?」

 ますます怪しい男だ。シャムセイル学院は今や名門。精霊術の使い方を知らないとか、そんな知識が全くない奴が入れるようなところじゃない。あいつめ、何を考えているのだ。ユーリたちが付き添っているのなら安心して良いのかもしれないが。まあとりあえず、自分は自分の仕事をするだけだ。

「ま、いいや。で、さっきの質問だけどよ、あの三人の中で誰が好みなんだい?」

 ハゲルは頭を切り替えるように笑って尋ねた。

 先程から相馬はハゲルに対して怯えるように話していた。ユーリの紹介ならば、歓迎らしいこともしてやらねばなるまい。



 しばらく街で買い物を楽しんでいたユーリたち三人は相馬を迎えに工房を訪れていた。

 工房の中からは同じようにハゲルが顔を覗かせる。

「仕上がってんぜ」

 ハゲルは三人を工房に招き入れ、さっそく自分の工房で仕上がった制服を自慢するように相馬を三人の前に連れ出してきた。

 白いコート、そして赤茶色のズボン。ハゲルの計らいでブーツまで新調してもらった。周りから見ると立派なシャムセイル学院生だ。誰も疑うことはないだろう。

「どうだい? アルルちゃん」

 ハゲルは三人の顔を眺めたあと、にやりと笑って言った。

 相馬は現れてから照れ臭そうにうつむいていたが、ハゲルの言葉に体をぴくりと反応させた。

「え? うん! ソーマくん、似合ってるよ!」

 アルルは豪快に親指を立てて褒め称えた。

「へっへ。だとよ、坊主」

 相馬はハゲルを睨むように一瞥して、

「あ、ありがとう。アルル」

 頬を掻きながら、アルルに向けて礼を言った。

 なんだろう、気に入らない。

 そう思うのはユーリだった。制服は似合っている。薄汚れていた変な服よりも全然男前に見える。何も問題はないはずなのに。似合ってると一言かけてやりたいのに、素直にそう言えない。

「ソーマさんもやればできるじゃないですか」

 ナタリーは何度か頷きながら気のない拍手を送っていた。下半身はもちろんズボンだ。スカートは返してきた。

「ど、どうだ?」

 相馬はユーリの鋭い視線に気が付き、感想を求めた。

「けっこうよ。お似合いだと思うわ。でも、毅然としなさい。あんたはこれで学院の生徒として見られるんだから、それ相応の態度を見せることね」

 トゲのある口調だった。

 ハゲルはそのユーリの様子を見てアルルに視線を送ると、アルルはそれに苦笑で返した。ハゲルも苦笑を浮かべて、バツの悪い顔を見せる。

「ハゲルさん、お代は?」

「お、おお、あとでシャムセイルの野郎に請求しとくからこの場はいいぜ」

「そう。それじゃあ行きましょうみんな。用は済んだわ」

 ユーリは踵を返してそそくさと出て行ってしまった。

 残された三人は、

「か、帰ろうか」

 ハゲルに礼をしてユーリを追いかけた。



 ハゲルの工房にて、ユーリらが帰り半刻ほど経った時。

「こりゃ珍しい客じゃねえか」

「邪魔するぞ。久しいな、ハゲル」

「おう。さっきユーリちゃんたちが来たぞ。坊主の制服を作りにな。まだ請求書は作ってないんだが」

「後日、学院に請求書を送ってくれ」

 工房を訪れたのは銀髪を輝かせるシャムセイルだった。ハゲルとシャムセイルは共に〝境界線戦争〟を戦い抜いた戦友である。

「どういった用件だ? 直接話すようなことなんだろうな、お前さんがここに来るなんてよ」

「まあ、な。とりあえず、茶をくれないか?」

 ハゲルは従者に茶を淹れるように伝え、シャムセイルと共にテーブルについた。ハゲルはまずは先制にと、片眉を吊り上げ、シャムセイルに問い質す。

「おう、それにしてもお前さん、あの坊主は何だ。精霊術が使えないなんてほざいてたが、どうしてんな奴を学院に招き入れた?」

「今日はそのこともある。それともう一つ」

「あんまりおもしろくなさそうな話しみてえだなオイ」

 シャムセイルは鼻で小さく笑い溜息をつき、椅子の背もたれに背を預けた。

「あの少年はソーマという。たしかに自分の意思で精霊術は使えないようだ。そして彼は地球という星がある世界からやってきたらしい。記憶を探ったので間違いない」

 ハゲルは眉をひそめ、身を乗り出した。

「異世界だぁ? つーと、あれか、魔界のようなもんかぁ?」

「そのように捉えてもらって構わないだろう」

「それで、それが話したいことだったのかよ?」

「いや、お前は覚えているか? 五十年前の戦の中、どちらに加担するわけでもなく己に降りかかる火の粉だけを払っていった人物のことだ」

 ああ、ハゲルは軽く返事をして椅子に深く腰を沈めた。

「人かどうかわかんねえけどな。無類の強さだった。まあ、悪魔どもが執拗に追っかけてたからこちら側としちゃ助かったがな」

「その力だ」

「あん?」

「あの少年はそいつと同じ力を持っている」

 ハゲルはより眉間のしわを寄せる。

「んな馬鹿な。そんなすげえ奴には見えなかったぞ」

「彼はアンチマジックの合成をやったらしい。彼の奥底に眠る記憶にもそれが確認された。本人は気付いていないがな」

「……そいつが本当の話しなら、学院に置いておくのにも納得がいきやがるな。その坊主のことはどうするつもりでぃ?」

「しかるべき処置は決めていない。以前と同じならばこちらから危害を加えようとしない限り、危険な存在ではないと私は推測している」

「大丈夫なんかね、本当に。おらぁ幽閉くらいしておいた方がいいと思うけどなぁ」

「いや、万が一の時は有力な戦力になるかもしれない。味方につけたいというのも事実だ」

「万が一だぁ? 帝国となら停戦協定が置かれてっし、小国には遅れはとるめぇ?」

 シャムセイルはテーブルに両肘をつき、鋭い眼差しをハゲルに向け、小声で話し出した。

「〝境界線戦争〟の再来だ」

 ハゲルはそのキーワードに目を大きく見開き今にも怒鳴りそうな勢いだったが、シャムセイルの放つ空気を察して声を殺した。

「ば、馬鹿いうもんじゃねぇ。あれは三人が命を賭してかけた封印じゃねえか。たかが五十年やそこらで破れるもんじゃねえだろうがよ」

「もちろんそのはずだ。だが先日、紅竜が現れたらしい。ユーリたちが遭遇した。意味がわかるな?」

「んだと!?」

 ハゲルは声を荒げる。こればかりは黙っていられない。そんな馬鹿なことがあるはずがない。

 相馬のことにはそれほど驚かなかった。シャムセイルも同様である。それは相馬が五十年前の戦で見た者と同じ力を持っていたとしても、現実味がないからだ。〝境界線戦争〟では遠目から見ただけである。自分たちはそいつとは戦っていない。むしろ味方のようにも思っていた。うわついた精霊か妖精のような存在だった。

 しかし紅竜の話しは別だ。紅竜自体はさほど問題ではなかった。問題はそれを使役している者の存在だった。紅竜が現れたということは、その者がジーナにいるということだった。いるはずのない、いてはいけない者が存在している。

「ハゲル、覚られるなよ」

「す、すまねぇ」

〝境界線戦争〟を知らぬ者はいないと言っても過言ではない程、それはジーナに生きる人々の胸に刻まれている。世代を渡り親から子へと語り継がれる、決して繰り返してはいけない歴史だ。〝終末の戦〟と呼ばれるほどの戦争だった。それゆえに〝境界線戦争〟がまた訪れるかもしれないことが知れ渡れば騒動が起こりかねない。

 シャムセイルが言ったことはあくまでも可能性ではあるが、それだけでも世界を混乱に陥れるほど重要な事柄なのだ。

「〝境界線戦争〟が起こるかどうかはわからないが、奴がこのジーナにいることは間違いなさそうなのだ。それで、今日は頼みがあって来た」

「言いてえこたぁわかる。任せておけ。自衛団には俺から通達しておいてやらぁ。騒ぎがないよう、警戒を怠るな、と」

「助かる。もし奴の襲撃があったとしてもくれぐれも戦わぬようにな。市民の避難を最優先で考えるんだ。こちらからも生徒を何人か手配する。だがまだ発展途上だ。戦力としては使えない。いいか、逃げることだけを考えろ」

「言われなくてもんなこたぁわかってんよ。あんな奴と向き合うなんざごめんだね。今は五十年前とは違う。無駄に命を投げ出す時代じゃねえさ」

 シャムセイルはようやく強張っていた表情を崩した。

「安心した。お前が死んだら制服のデザインを考え直す必要があるからな。また頭を悩ませることになる」

「お互いに歳を取った。技術うんぬんは若いもんに教えてあるさ」

「フッ、それもそうだな」

「しっかし、霊術使いってのは不思議だねぇ。お前さんも歳相応の格好をしやがれってんだ」

「歳相応だろう?」

「どこが!」

 シャムセイルとハゲルは豪快に笑い飛ばした。



 相馬たち四人は道中、特に際立った会話もないままシャムセイル学院に戻って来た。

 ユーリは何となく不機嫌だ。それに訳がわからない相馬。それに本人よりも気が付いているアルル。全く気に留めていないナタリー。言いようのない重苦しい空気が漂っていた。

 何とかしなくてはならない。誰よりもアルルがそう思っていた。

 ユーリもまたどうにかせねばならないと思っていた。しかしこの感情がわからない。何に対してイラついているのか、はたまたもどかしいのかさっぱりだった。しかし原因がわからないのだから仕方がない。考えれば考えるほど余計にイラついてくる。

 アルルはさっきから脳みそをフル回転させていた。さて、どうしたものか。ユーリとソーマくんには仲良くしてもらいたい。考えた末にアルルはついに強行手段に出た。頭を使うのは苦手なのだ。

「あ、わたし買い忘れたものあった! ナタリー、ちょっと付き合ってくれない?」

「私は構いませんけど……」

「それならあたしも……」

「ユーリはいいよ! ソーマくんに精霊術教えないとでしょ! 買ったらすぐ帰ってくるから! ねっ!」

「そ、そう? あんまり遅くならないようにね」

「わかったぁ! じゃ、行こうナタリー!」

 アルルはナタリーを引き連れて乗って来た馬車便にそのまま乗り込んで行ってしまった。

 しばらくは帰って来ないだろうと、ユーリはやれやれと溜息をつきつつ学院の扉に手を当て、それを開けた。

 相馬は無言でユーリに続き、二人は入ってすぐの中庭で足を止めた。中庭では何人かの生徒が精霊術の練習をしたり友人同士で談笑している姿が目に止まった。今朝ナタリーが言っていた徴兵待ちの生徒たちである。

 ユーリは振り返り、相馬をきつく睨んだ。

「ソーマ、まずはあんたの先天属性を調べるわ」

「せ、せんてん属性?」

 初めて聞く言葉がまた飛び出してきた。何のことかはわからないがユーリはとりあえず精霊術の講義をしてくれるようだ。相馬は少しの安心感と少しの緊張感を覚えた。

 ユーリの口調にまだ刺々しさは感じるものの、まずはやるべきことをやろうとしている。相馬もそれならば先程のことには触れまいと講義に頭を向けた。

「人が持って生まれた、一番強く精霊力を感じる元素のことよ。大きく四つ、火、水、風、土よ。あたしの先天属性は風。あたしには大気中の風の囁きが聞こえるの。アルルは火。ナタリーは水よ。そして属性はそれぞれ反発する力と共鳴する力があるわ。火と水、風と土は反発して、反する属性でない限りは共鳴し合うのよ」

 ユーリは矢継ぎ早に説明するが、相馬は首を傾げるばかりであった。

「そんなに難しい顔しないの。すぐに理解できるわ。これを持ちなさい」

 そう言ってユーリは制服のポケットから小さな鉱石を取り出した。それは半透明で淡い優しい光を放っているように見えた。相馬は鉱石を受け取り、日にかざして眺めてみた。

「その魔鉱石を持ったまま霊力を込めてみなさい。そうすればその属性の色に輝くわ。火なら赤、風なら緑、水なら青、土なら黄よ。わかった?」

「ちょ、ちょ、ちょ、その霊力ってどうやって込めるんだよ」

「ハァ……あんたって、本当に何にも知らないのね」

 だから昨日からそう言っているではないか。嘆息するユーリに対して口に出すこともできず、相馬はころころと魔鉱石を手の中で転がした。

「霊力は体の中に流れる力のことよ。自分の中にある力を手に集中させるようなイメージでやってみなさい。そのうち自在に掴み取れるようになるわ」

「ふーん……」

 わかんねえよ。相馬はそう言いたげに魔鉱石をぽーんと上に投げて遊ぶ。そんな相馬を見て黙ってられるユーリではなかった。

「真面目にやんなさいよ!」

「わ、わかったよ。怒鳴るなって」

 背中に汗をかきながら相馬は魔鉱石を持つ右手に力を入れた。

「んん……!」

「それじゃただ力いっぱい握り締めてるだけよ。力を抜いて、イメージで霊力を集中させなさい」

 相馬は訝しげに魔鉱石を見つめながら、言われた通りにイメージしてみることにした。

 右手に力が集まるように、昔やってて馬鹿らしくなった、気というものを集めるイメージだ。漫画を見ながらよくやった。当然その時は何も起きなかった。

 しかし今は昔と違う。世界が違う。相馬に握られた魔鉱石はようやくといった様子で光を強め始めた。

「いい感じよ! そのまま続けて!」

 ユーリは初めておもちゃを手にした子供のように心を躍らせて相馬の様子を見ていた。シャムセイル学院の主席なれど、人に精霊術を教えることは初めての経験だった。相馬を自分の生徒のように見立て、その生徒が少し成長しようとしている。高揚感が抑えられない。

 相馬の持つ魔鉱石はそのまま光を強め、やがて赤い光を放ち始めた。

「火、なのか?」

「まだよ!」

 魔鉱石は赤い光を放ち終えたあと、緑に、そして青、次は黄色に輝きを変えていった。一巡したあとはまた赤い光を放ち始める。光が躍っているようだった。

「やっぱり。予想はしていたけれど、この目で見た今も信じられないわ」

「えっと、どういうこと?」

「あんたは、全ての元素が先天属性ってことよ。前代未聞よ。ありえないわ」

 ありえてしまった。ユーリは見てしまったのだ。言葉とは裏腹に現実を見ている。ただ、受け入れ難い現実だった。どうやったら全てが先天属性などありえるのか。しかしだからこそ、あのような精霊術を使えるかもしれないが。

「一つって限らないのか?」

「普通はそうよ。ただ、先天属性が一つってだけで全ての属性の精霊術が使えないかと言えば、そうじゃない。一番力を発揮できるのが先天属性の精霊術であって、使おうと思えば全ての属性の精霊術を使うことができるわ」

 相馬は頭の中を整理しつつ、ユーリの言葉に耳を傾ける。

「あたしもそうよ。一応全ての属性の精霊術が使えるわ。ただし、あたしの先天属性である風に反する土の精霊術においては、微々たる精霊術しか使えない」

 ユーリはおもむろに片手を天に向け、そこから巨大な竜巻を作り出した。空に浮かぶ雲はその竜巻にかき消され、竜巻が収まると同時に青い空が広がった。次にそこらに転がっていた土のかけらを取り、手の平に置いた。そして霊力を込めるとそれが石ころに姿を変える。しかしそれはすぐに元の土へと戻ってしまった。そして次は手の平の上に火の玉を作り出した。きのう相馬が見た、アルルがウェアウルフに放った火の玉と同等の火の玉だ。今度はそれを消し、水の玉を浮かび上がらせた。それを中庭の隅にある花壇の上まで移動させ、空いている片方の手から風を放ち水の玉を弾けさせた。それは綺麗な虹を作り花壇へ恵の雨を降らせた。

「こういうことよ」

「……えっ?」

 黙ってその様子を眺めていた相馬だったがこういうことと言われてもどういうことか。精霊術の学芸会でも見たような気分である。

「今の精霊術、一つ一つの使った霊力は同じなの。微量の霊力よ。それでもあたしはあの風を起こせる。でも土霊術は無理。土を鉄には変えられないわ。体が自然に霊術を打ち消してしまうもの。火も水もあの程度。あたしが風以外の精霊術を使おうとすればより多くの霊力を必要とするのよ。アルルならあたしの何倍もの火弾を作り出せる。ナタリーは雨をも降らせることができる。でも彼女たちもあたしと同じなの。アルルが水霊術を使おうとすれば水がちょろちょろと出せる程度だし、ナタリーが火霊術を使おうとすればせいぜい物に熱を込めれる程度よ」

 相馬は頷きながらその説明を聞いていた。そこまで話し終えたユーリは鋭い眼差しを相馬に向ける。

「でもあんたは違うわ。おそらく全ての精霊術を均等に使うことができる。ほら、試しに何かやってみなさい」

 唐突だ。

「お前なぁ、使い方わからないんだからまずそこから教えてくれよ」

「お前って言うな! あんたまだあたしの名前一度も呼んでないでしょ! あたしはあんたの先生よ。敬意を込めて名前で呼びなさい!」

 また怒った。相馬はユーリの怒りの沸点がわからなかった。不思議だ。相馬はとりあえず『ユーリ先生』と呼び直した。

「さっき魔鉱石に霊力を込められたから霊力の流れはわかったでしょ。わかったわよね? それを今度は体の外に出すのよ。この世界は大気中に精霊力が満ち溢れているの。その力を借りて精霊術は形を成すのよ。精霊術はイメージよ。決まったものはないわ。火の精霊術を使いたかったら大気中の火の精霊力を感じてイメージを放出するのよ。火弾を出したいのなら火の玉をイメージして、それを大気中の精霊力と自分の霊力を合わせて具現化するのよ。わかった?」

 わかったと言えばわかった。言うのは簡単だが実行に移すのは難しい。

 自分の中にあるものと外にあるものを合わせるなど、息じゃあるまいし、そう易々とイメージできるものではない。目に見えないものなのだから。

「大気中の精霊力の捉え方は人によってそれぞれ違うわ。あたしは言った通り、囁きが聞こえるのよ」

 やるしかあるまい。ユーリは鋭い目で相馬を睨みつけている。また怒鳴られるかもしれない。

 相馬の思っている懸念とは違い、ユーリは単純に興味を抱いているだけだった。

 もしも相馬が自在に精霊力を使えるようになればそれはすごいことになる。どんな場面にも対応できる。かつて誰も見たことがない精霊術だってもっと使えるかもしれない。

 それは興味でもあり、少しの恐れでもあった。

 相馬はすぅっと大きく息を吸い込んで意気込み、右手を前にかざした。その前にはユーリが腕組みをして立っており、神妙な面持ちで精霊術が具現化されるのを待っている。

 相馬は頭の中で唱えた。

(火だ、火の玉だ。それを手から外に飛ばすイメージ。イメージだ)

 目を閉じて、繰り返し繰り返し唱えていた。

「もう少しよ。霊力が集まってきてるわ。感じて、精霊力を。霊力の流れがわかるなら掴めるはず」

 精霊力を……。

 相馬は、目を開けた。

 そして虹を見た。

 それは四色の虹だった。

 目の前に広がる、不思議な光景だった。ゆらゆらと、虹が揺れていた。今にも消えてしまいそうなほど弱い光の帯だった。

 その中の赤い光を手繰り寄せるようにイメージした。

 刹那、右手が燃えるように熱くなるのを感じた。

「来たっ!」

 ユーリがそう叫んだのと同時だった。

「くらえッ! ファイヤー!」

 相馬のかざした右手から拳大の火弾が放たれた。

 腕組みしていたユーリに向かって……。

 ユーリは咄嗟に霊力障壁を張り、直撃を防いだ。当たったところで大したダメージはないが服が焦げる。精霊術の練習をしていて制服を焦がしたなんて、初心者並みの言い訳は恥ずかしくて面目丸つぶれものだ。

「で、できたーっ!!」

 飛び跳ねたくなるほどの喜びに打ち震える相馬だったが、危うく一撃喰らいそうになったユーリは心中穏やかではない。

「あ、あんた! わざとね! わざとやったわね!」

「えっ! ちょ、ちょっと待って! 違うよ!」

「嘘言うな! くらえって叫んでたじゃないの!」

「ちがっ! あれは、こ、言葉のアヤだ! イメージしたんだよ! 飛ばすイメージを!」

「言い訳無用! 同じものをお見舞いしてあげるわ!」

 ユーリは同じく火弾を作り出した。それは相馬が放ったものよりもひとまわりふたまわりも大きいものだった。

「おまっ、それ全然大きさ違う!」

「お前って言うな! 覚悟しなさい!」



以下場面が飛んで続きます。

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