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精霊祭の舞台裏 Ⅲ

 トントンと、扉を叩く音が響いていた。

 うるさい。

 それだけ思って、頭から毛布を被り直す。最近の陽気は心地良い。これなら一日中だって寝ていられそうだった。

 だがしかし、先ほどからしつこく扉を叩く音が聞こえている。

 うるさい。

 思う。しかし思うだけでは音は鳴り止まない。

 トントン。トントン。トントントントンドンドンドンドンドンドンドンドン!

「~~っだあぁっ! もうっ! なんなのよ!」

 ついにユーリは毛布を払いのけ、扉へ向かう。すでに霊力は練り上げられていた。

「誰ッ!?」

 勢い良く扉を開ける。それと同時に風弾発射。

「ぎゃふっ!!」

 風弾を喰らった相手は廊下の壁に叩きつけられ失神した。

「あっ」

「あっ」

 失神してしまった人間を見下ろすユーリ。

 失神してしまった人間を唖然と見下ろす相馬。

 失神させられてしまったカナヴィナ。

「相変わらずだな。どうせ俺だと思ってたんだろ」

「ちょ、ちょっと、なんでこいつがここにいるのよ。むしろこいつで良かった気もするけど。思わぬところで敵を倒してしまったわ」

「ひでえ。お前がいつまで経っても起きてこないから部屋の前で待ってたんだけど、そしたらこの人が来てさ、ユーリを待ってるって言ったら……っておまっ!」

 ここで相馬はユーリに目を向けて驚愕した。さっきまで寝ていたユーリは肌着一枚の格好だったのだ。

「何よ、急に大声だして………………~~ッッ!!」

 ユーリは慌てて胸元を両手で隠す。羞恥、怒り、どちらでもよかった。

「け、結局は……ッ」

「こうなるのよ!」

「ぐびゅるるるッ!?」

 相馬に対しての制裁は、風をまとわせた右拳の一撃。鳩尾に受けた相馬は体を回転させながら壁に叩きつけられ、気絶した。

「……案外使えるかも。この技」

 ユーリは殴った拳の具合を確かめながら部屋に戻り、着替えた。

 それから顔を洗って髪をとかし、身なりを整えた。

「こんなものかな」

 最後に鏡の前で一回転。小さく呟いた。

「さて、と」

 扉を開ける。開けた先には、のびた相馬とカナヴィナが転がっていた。ユーリはとりあえず相馬の頬をはたき、起こす。

「ハッ」

「おはよう。ご機嫌いかが?」

「……最悪だ」

「そう、よかったわね。あんたがここに来たのって、例の特訓に付き合えってやつでしょ。ほら、さっさと行くわよ」

「ったくお前は……。おい、この人は?」

「ほっときなさい」

「いやでも……」

 ユーリが急かすのをよそに、相馬はカナヴィナの肩をゆすり起こそうとした。

「いいからほっときなさいよ。起きたら面倒なんだから」

「面倒なのはわかるけど、女の人をこんなとこに置き去りにはできないだろ」

「大丈夫よ。だってカナヴィナだから」

「意味がわからん」

 ユーリはごねる相馬の首根っこを掴み連れて行こうとする。相馬は相馬でカナヴィナの首根っこを掴んだまま離さなかった。

「やめなさいよ。起きちゃうでしょ」

「起こしてるんだよ!」

「う~ん……」

 起きた。

 ユーリは頭に手を当てて盛大に溜息をついた。それでも、強引に相馬を連れて行かなかったのは、自分がカナヴィナを気絶させてしまったからだ。多少なりとも負い目は感じている。

「ハッ、こ、ここはどこですの!?」

 カナヴィナはきょろきょろと周囲を見回し、ユーリと相馬の姿を見つけてしばし固まった。

「こ、これはみっともないところをお見せしてしまいましたわね」

 そしてカナヴィナはすくっと立ち上がり、桃色の髪をかき上げる。

「あんた、何しに来たの?」

 ユーリは忙しなく身なりを整え直すカナヴィナをじろじろと見ながら言った。

 カナヴィナはユーリに向かって指を差し、

「あなたがここに泊まっているとソフィアから聞いてやってきたのですわ!」

 言い放った。

「それで? 何しに来たのかって聞いてんのよ」

「え、えっと、それは……そ、そう! こんな時間までぐうたらと寝てるあなたのだらしない寝姿を見るためにやってきたのですわ!」

「それは残念だったわね。もう起きたわ。ほら相馬、行くわよ」

 ユーリはそれだけ言って背を向けて歩き出す。相馬は戸惑いながらもユーリを追った。

「お、お待ちなさいな!」

「なにー? あたしは忙しいのよ」

 ユーリは振り返りもせず、歩きながら答える。カナヴィナになんていちいち構っていられない。特に用事もないのに押しかけてきて、きっとまた馬鹿にしに来たに違いないと思っていた。

「今まで寝ていたくせに忙しいとはなんですの!?」

「あー、そういえばあんたは暇みたいね。ろくに仕事ももらえないのかしら」

「し、失礼な! 今は精霊祭の準備でわたくしがするような仕事はそれほどありませんのよ!」

「できる仕事がないの間違いじゃないの? あんた不器用そうだし、準備から追い出されたんでしょ」

「あうっ!」

 その場で崩れ去るカナヴィナがいた。その時ばかりはユーリも何事かと振り返る。

「あら、図星だった? 可哀想に」

 意地悪く笑うユーリを見て、相馬は頭を抱えていた。

「今日は気分がいいわ。行きましょう、相馬」

 


 二人が向かった先は住宅地の中にある空き地だった。精霊術の特訓をするとなればそれは屋外になる。普段は憩いの場となっているこの空き地も、今は精霊祭の飾りつけの真っ最中だった。場所を変えようかと思ったが、この火山帯に位置するシーレストでは都合のいい広い場所はあまりない。なるべく住民の邪魔にならないように特訓に勤しむことにした。

 そして、

「で? なんでついて来るのよ」

「べ、別に、わたくしもこの広場に来るつもりだったのですわ。装飾が滞りなく進んでいるのか確かめなくてはなりませんし」

 ここにはカナヴィナもいた。

「あんたがどこで何してようとどうでもいいけど、あたしたちの邪魔だけはやめなさい。今からこいつに精霊術を教えなきゃならないんだから」

 カナヴィナは相馬を見て、にこやかな笑顔を見せた。

「あら、そういうことでしたらわたくしも――」

「じゃ・ま・よ!」

「じゃ、邪魔とはなんですの! 精霊術を教わるのならより優れた者から教わる方が効率がいいに決まってますわ!」

「はあ!? それあたしがあんたより劣ってるって言いたいわけ!?」

「当然ですわ!」

「あんたねえ、たった一回こっきりの試合だけで優劣なんてつけられるわけないでしょ!」

「十分、十分ですわ! もはやあの試合であなたの底は見えたも同然!」

「こんの! じゃあ今ここではっきりさせてあげるわよ!」

「よろしくてよ。手加減して差し上げますわ!」

「ちょ、ちょっと待ったぁ!」

 今にも始めようとしていた二人だったが、相馬がカナヴィナからユーリを引き離した。

「ちょ、離しなさい! あいつはいっぺんこてんぱんにのしておかないといつまでもあのままなんだから!」

「落ち着け! 頼む! ほら、見てみろって!」

 ユーリは相馬が指差した先を見て、首を傾げた。

「何よ」

「いやほら、ここの人たちが祭りのために頑張って飾りつけとかしてるだろ? お前がここで戦ったりなんかしたらどうなると思う?」

「んん?」

 戦ったらどうなるか考えてみた。風弾を飛ばす。鉄の壁に弾かれる。風の刃を飛ばす。弾かれる。全力の竜巻を起こす。飾りつけが吹き飛ぶ。

「これは……恨まれそうね」

「だろ? そうだろ! もういいから、あの人も一緒にやろうぜ?」

「嫌よ。それだとあたしが決闘を避けたみたいで癪だわ」

「俺からあの、カナヴィナって人にお願いするから、なっ?」

「……仕方ないわね。正直あたしだって騒ぎは起こしたくはないし。でも、それならあんたも注意しなさいよね。あんたの先天属性が全属性だってことは一応秘密なんだから、使う属性は一つに決めときなさい」

「あ、そ、そうだな。じゃあ、風にしよう」

「いい選択よ。風ならあいつの苦手分野だから。あんたが何と言おうと風って言わせるけどね」

 つくづくカナヴィナを目の敵にするユーリだった。相馬にとっては教えてもらう相手がユーリだからというだけだったのだが。

 ユーリの立ち位置はそのままで、ここでは相馬だけがカナヴィナへ向かっていく。ユーリは厳しい眼差しでその様子を見送り、腕組みを決めた。

 相馬とカナヴィナの交渉が始まった。ここから見る限り、それは順調に進んでいるようだった。カナヴィナが優越感に浸っているのがユーリから見てよくわかった。今更だが、やはり気に食わない。しかしここは我慢することにした。精霊祭の飾りつけをめちゃくちゃにしたとあってはドグマキャリア学院に向かったアルルに申し訳が立たない。アドラス学院長の機嫌を損ねるわけにはいかないから。

 どうやら話しは済んだようで、相馬がカナヴィナに頭を下げて戻ってきた。

「な、なんとか」

「そう。あとはあんたがあたしの機嫌を損ねないようにしなさい」

 とは言っても教えるのは風属性。何も問題はない。

 相馬に続き、カナヴィナが歩み寄ってきた。

「こちらの方があなただけでは心配だとおっしゃったので、微力ながらお力添えさせていただきますわ」

「……は?」

 相馬を睨み付ける。相馬は必至に首を振って違うと訴えていた。

「いちいちめんどくさいわね、カナヴィナ。まあいいわ。不安ならそれを的中させてあげるわよ」

 ユーリは相馬を指差し、

「ソーマ。あんた、ちょっと飛んでみなさい」

 無茶を言った。

「い、いや待てよ! いきなり飛べって言われてもできるわけないだろ! まずはどうやったら飛べるか教えてもらわないと」

「簡単よ。ほら」

 ユーリはその場で浮いて見せた。最小限の風を起こし、横にいる二人にはそよ風が触れる程度の風しか感じさせていない。

「ほらって、どうやって」

「あんた自身が風を受ければいいのよ。風に運んでもらうって感じかしら」

 そう言って、ユーリは高く飛び上がりその場でゆっくりと旋回した。それから不規則に自由自在に空中を動き回り、相馬の目の前に降り立った。

「こんな感じ」

「わかるか!」

「察しなさいよ。これくらい」

「まったく見てられませんわ」

 ずいずいと、カナヴィナが割り込んでくる。

「ソーマさん、とおっしゃったですわね。これはユーリの意地悪ですわ。いくら風霊術師といえど、この子のように空を飛ぶのには相当熟練された技が必要。初めからできっこありませんのよ」

「えっ、おま、本当かよ!?」

「それをできるようになるのが今日の目標よ。っていうかできるようにしごいてあげるわ」

「強引すぎますわよ。まずは段階を踏んで教えてさしあげないと」

「土霊術師はすっこんでなさい」

「まあ。ソーマさん、わたくしめが飛ぶ鳥を落とす術を教えてさしあげましょうか」

「そうね、ソーマ、あたしが殻に閉じこもった野鼠を蒸し焼きにする方法を教えてあげるわ」

「野鼠ですって!?」

「あんたのことだなんて一言も言ってないんだけど。たしかそんな髪の色した気色悪い鼠がいたのよねー」

「ま、まあまあ二人とも! わかった! 飛べるようになるから! ユーリ、意地悪しないで教えてくれ!」

 たまらずに割って入る。すでに相馬は疲労困憊していた。主に精神面でだが。

「……いいわ。ソーマ、教える前に言っておくけれど、これはあんたのあの技に役立つ特訓なのよ。それを思って励みなさい」

 ユーリは何も考えていないわけではなかった。相馬から特訓の依頼を受けてから、どんなことを、何を教えればいいのか考えていたのだった。そこでまず思い浮かんだのが、アドルフとの戦闘で相馬が使った、編み出した技だった。あの時の相馬の怪我の原因は、火力を調整できなかったこと。つまり精霊術の制御ができていなかったからこそ、思わぬ威力の爆発が起きて腕を焼きちぎるような結果になってしまった。だから飛ぶことを教える。空を飛ぶためには、精霊術の制御が不可欠だから。

「あら、何か得意な術があるのですわね」

「あんたが受けたら死ぬわよ」

「わたくしの鉄壁の守りの前ではどんな攻撃も無意味!」

「アルルが早く来ないかしらねー」

「ひぃぃっ!」

 あたしだって、あれは避けられないわ。ユーリは怯えるカナヴィナの横で小さく呟いた。

 だからこそ、完成させて、安定させて使えるようになれば相馬にとってこの上ない武器になると、ユーリですら思っているのだった。

「ソーマ。あんた、アドルフが飛んでた時のこと覚えてる?」

「ああ。足の下に風を起こして飛んでたな」

「あれじゃダメよ」

「えっ、ダメなのか?」

「あれは飛んでるとは言えない。跳んでると言った方が正しいわね。風を足場にしてその風で跳躍していたのと同じ。アルルが足元を爆発させて加速させているのと同じ。アドルフのあれは制御できていない証拠なの。あの霊剣を言い訳にしてたけど、実際あいつは精霊術はそれほどうまく使えない。直線の動きで加速と減速、それだけしかできないのよ」

 それだけでもあいつなら十分なんだろうけどね、と付け加えた。

「あんたができるようにならなきゃならないのは、自分の思った通りに空中を動き回るようになること。それには全身で風を受けなきゃならないの。単純に浮くだけにしても、四方八方からの風を自分に向けて均等に発生させないと体勢が安定しない。わかる?」

「なんとなくだけど、想像はできるよ」

「なら、ものは試しよ。とりあえず、足元からの吹き上げる風を出して。あとの姿勢制御はあたしが手伝ってあげるから」

 ここからは、ユーリも集中力を高めていく。姿勢制御を手伝うと言ったものの、それには他人の精霊力を敏感に察知して相手の足りない部分を補わなければならないのだ。相馬がうまく足元から風を起こせたとすれば、あとは上から押さえる風、姿勢を保つために前後左右からの風を当ててやらなければならない。強すぎず、弱すぎず、繊細な霊術制御が必要不可欠なことだった。

「よし、やってみる」

 言うとすぐに、相馬は霊力を練り始める。

「初めはじわじわと風を起こしなさい。なるべく範囲をせばめて」

 頷いた相馬の周りにわずかな風が起こる。

「そのまま少しずつ強くしていって」

 相馬はまた頷き、風が強まっていく。ユーリもまた、相馬の霊力の高まりを感じ、霊力を練り始める。

 相馬の起こす風がさらに強くなり、そしてそれは相馬の体をほんの少しだけ浮き上がらせた。その時を逃さず、ユーリは相馬の体に向けて風を起こす。今の相馬の状態ならば飛び上がってしまうことはない。必要なのは姿勢を整えるだけの風だった。

「お、おおっ、浮いてる! 足ついてない! すげえ!」

「浮かれないの。しばらくその状態を保って、安定させて」

「あ、ああ。悪い」

 ユーリは小さく笑って一つ溜息をついた。

 仕方のない奴だ。これくらいのことではしゃいでしまって。でも、何か嬉しい。喜んでいる相馬を見て、何か嬉しい。特訓に付き合うと言ってよかったかもしれない。

「今からあたしの風を消すから。それでどうなるか確かめなさい」

 言ったそばから、相馬の体を支えていた風を消す。すると、相馬は足元の風に体をすくわれるような形で体勢を崩し、自分の起こした風の勢いそのままに一回転して地面に頭を打ち付けて倒れた。

「……~~って~~~~ッ!」

「ま、そうなるわよね」

 涙目で頭をさすりながら見上げる相馬を見下ろして、ユーリは溜息をまた一つ。実は少しだけ期待していたところがあった。もしかしたら即座に反応して姿勢を保てるかもしれない。いくらでも可能性を秘めているのが相馬なのだから。しかしやはりそんなこと、精霊術素人同然の相馬に期待しても無駄だった。

「どこから受ける風が強すぎても弱すぎてもそうなるわ。全身に均等に風を受けないといけないから、空中に静止するのが一番難しいのよ」

「ってて、でもアドルフは足元だけで浮いてたように見えたぞ?」

「あいつはあの身体能力があるからよ。あいつと同じことを求めたってダメ」

「ハァ、わかったよ。もう一回だな。えっと、風で体を支えるように……」

 相馬による空中浮遊、二度目の挑戦だ。

 さきほどと同じように、じわじわと吹き上げる風が強くなっていく。そして相馬の霊力の流れを感じ、ユーリもまた霊力を練る。

 しかし、今度は相馬から感じられる霊力の流れが違っていた。吹き上がる風を起こすのと同時に、前後左右からの風も起こそうとしていた。

「あら……」

 ユーリは多少なりとも驚いていた。

 相馬に最初に精霊術を教えてからそれほど時間は経っていない。あの時は火弾を打ち出すのがやっとだったはず。その次に相馬の精霊術を見たのはアドルフと対峙した時だった。そういえばその時にもアルルと一緒に少し教えただけであの合成精霊術をなんとかだけれど使えた。そして今は自分自身だけで姿勢制御をこなそうとしている。思えば、全く精霊術を知らなかった相馬がここまで精霊術を扱えるようになるのは不思議なことでもある。

 成長が早い。それだけではない気がした。相馬が全属性を均等に扱えることに何かがあるのかもしれないとユーリは思った。

 そして、相馬が宙に浮く。静止とまではいかないが、手足をばたつかせふらつきながらもなんとかその場にとどまっていた。ユーリは手を加えていない。

「あんた、随分と感覚をつかむのがうまくなったわね」

 相馬は余裕のない笑い声をあげる。

「へへっ、や、やっぱりそうか? アドルフが鍛えてくれた時に、む、無我夢中でさ。あ、あの時は、おっ、うん、ん……、し、死にそうだったから、な」

 無我夢中、ね。

 学院で講義を受け学ぶよりも実戦で経験を積んだ方が早く成長することはユーリ自身も自らの経験わかっていた。しかしそれはあくまでもある程度の術が使えるようになってからのこと。

 そうそう時間があるわけでもない。多少荒くなるかもしれないが、相馬には体で理解させていくのが手っ取り早いのかもしれない。無我夢中になれるように、一生懸命に、必死になれるようにしてやろう。

 思うが早いかユーリは風を起こし、相馬を宙高くまで浮かび上がらせた。

「な、何すんだー!!」

 上から相馬が叫ぶ。

 この時点でユーリは少しだけ躊躇いを見せた。荒療治はいいかもしれないが、この方法では相馬に恐怖を与えかねない。相馬には臆病なところがある。これが悪い方に向かわなければいいのだが。

「死なないように気をつけなさーい!!」

 叫んで、ユーリは風を消した。

 必然で、相馬は宙高くから落下する。

「うおああああああああああっ!!」

 もちろん、地面に叩きつけられる寸前では助けてやるつもりだが、危機の中に活路を見い出せるのならば、それを見せて欲しい。

「危ないですわ!」

 これまでアルルの影に怯えていたカナヴィナが相馬を見上げて声を荒げた。しかし、咄嗟にはどうしようもできないようであたふたしている。土霊術ではあの落下の勢いを殺すことは難しい。だがカナヴィナも土霊術の熟練者だ。すぐに閃きを発揮し、相馬の落下地点の土を盛り上げ、それに水霊術を加え、柔らかい粘土に変えた。

「余計なことすんじゃないわよ」

 それを見ていたユーリはすぐさま水霊術を用い、粘土を凍らせた。元々水分を含んでいる物体ならば、ナタリーほどの水霊術者でなくても凍らせるだけならば容易いことだった。

「な、なんてことなさいますの!?」

「あんたは黙って見てなさい。心配しなくてもいざとなれば助けるわよ」

 しかしこの二人の仕業で、相馬に残された時間が少なくなった。地面が盛り上がった分、叩きつけられるまでの時間も縮んでしまった。

「うおぁああああっ!」

 相馬は必死に風を生み出していた。浮き上がる風を生み出してはいるのだが、それがうまく全身に作用せずに体勢を崩し、空中から転げ落ちるように体を回しながら落ちていた。体を支える風を生み出せないでいたのだ。地面を向いている体のほんの一部にだけ風の圧力がかかり、それによって掬われている状態だった。

「も、もうっ! めんどくせーっ!!」

 相馬は両手足を大きく広げ、体の正面を地面に向ける。

 それまで祈るように見ていたカナヴィナが目を大きく見開き息を飲んだ。それと同時に、そろそろ助けようかと準備していたユーリも眉をひそめて相馬を見やる。

「あいつ……」

 相馬の霊力が高まるのを感じたのだ。

「カナヴィナ!」

「わかっていますわ!」

 二人とも同時に障壁を展開させる。

 その瞬間、辺り一帯に暴風が巻き起こった。

 今にも地面に叩きつけられそうだった相馬はその暴風によって再び宙に舞い上がる。辺りは砂塵にまみれていた。

 宙に舞った相馬を、今度はユーリの風が包む。相馬は空中で静止し、安堵の溜息を大きくついた。

「あの馬鹿、面倒くさいからってお構いなしにやったわね。失敗したわ。服が砂だらけよ」

「で、ですけど、あの方から感じられた霊力は……」

「……そうね。あいつ、底知れない霊力を潜在的に秘めてるみたいね」

「知らなかったんですの?」

「…………」

 ユーリは黙って相馬を見上げた。

 知っていた、のかもしれない。ビオムサルワとの戦いで、相馬は次々と精霊術を放っていた。ビオムサルワを圧倒するほどの力だった。だがあれは相馬であって相馬ではないような感覚だった。今の相馬を見てみると、いつも通りの様子だ。だから、知っていたのかもしれないし、今知ったのかもしれない。

 ユーリは風を操り、相馬を目の前に運び降ろした。

「ユーリ! お前無茶させやがって! 死ぬとこだっただろ!」

「うるさいわね、助かったんだからいいじゃない。でも正直に、驚いたわ、ソーマ」

 珍しいユーリの一言に、激しい剣幕だった相馬は戸惑い、恐る恐る尋ねた。

「……お、おう。ど、どうだった?」

「ダメよ。全然ダメ。目的は風の制御だったでしょ?」

 ユーリは溜息をひとつ付け加えて答えた。

「あ、あれでも必死だったんだよ……。一応、飛べたし」

「またあれで飛び上がるつもり? ぴょんぴょん飛び回るだけであたしがいなきゃ一生地面に降りられなくなるわよ?」

「ぐっ……」

「でも、それも面白いかもしれないわね。風の強さを制御できるようにならないと降りられない特訓か……」

「お願いだからそれはやめてくれ!」

「あらいいじゃない。あたしが寝て起きるまでずっと繰り返してないと落ちるっていうのはどう? 持久力もつくわよ?」

「それで死んだらお前の枕元に立ってやるからな」

「あんただったら怖くないわ」

「くっそ。いつか絶対泣かせてやる!」

 微妙に目的が変わっていた。

「あんたじゃ無理無理。あははっ」

 ユーリは笑っていた。

 楽しかったのだ。

「あれっ?」

 楽しいなんて、もう随分と久しぶりのような気がする。シャムセイルを発ってからまだそれほど経っていないはずなのに。最近は気が張りつめていたせいなのかもしれない。

 ソーマ相手にこういうのも、たまには悪くない。

 そんな空気に水を差す人物がいた。人々がいた。

「あ、あのぅ、お二人とも。楽しそうなところ申し訳ありませんが……」

「だ、誰が楽しそうにしてるってのよ!」

「いえ、あの、ユーリ? よーくご覧になってくださらない?」

 よくよく見れば、カナヴィナは笑顔なものの冷や汗をかいているようだった。

「な、何よ、そんなに小さい声で……って……………………あっ…………………………」

 カナヴィナの視線を追って見た先には、人々の鋭い眼差しがあった。

 この広場の飾りつけをしていた人々である。

 ここに集まった人々が精を尽くした飾りつけが、相馬が起こした風のせいで無残にも飛び散っていたのだ。

「こ、こいつのせいです!!」

「ええっ!?」

 無論、ユーリは相馬を差し出した。

「も、もとはと言えばお前があんな無茶したからだろ!」

「あたしはちゃんと助けるつもりだったもの! 原因はあんたの風なんだからあんたのせいよ!」

「それならそうと初めから言っててくれればこんなことにはならなかったんだよ!」

「それじゃあ特訓にならないじゃない! とにかくなんでもあんたのせいよ!」

「いーや! 俺はもっと静かにやるべきだと最初に――」

「黙らんかぁ!!」

 その場に響く一喝。声の主は大衆の中心にいる老人だった。どうやらこの場を仕切っている人物のようだった。

「お前さんもお前さんも、責任持って修復せい!」

「は、はい!」「はい!」

 こうして、二人の特訓はここで終了した。

「そ、それではわたくしは仕事があるので失礼したしますわね」

 その場を去ろうとするカナヴィナの肩を老人が掴む。

「カナヴィナさん、あんたもじゃ」

「えっ、いや、わたくしはこの二人とは何の関係もありませんのよ」

 無理矢理に、老人はカナヴィナを引きずっていく。

「精霊祭の準備も士官として立派な仕事じゃ」

「わ、わたくしはその、飾りつけという仕事はいささか苦手な分野でして……そ、そうですわ! 現場監督ということでしたらぜひお力になりたく――」

「監督はわしで、お前さんはきびきび働くんじゃよ」

「わ、わたくしはただ見ていただけですのにー!」

「連帯責任じゃ」

「ううぅ、ひどいですわぁ……」

 現場監督のもと、三人は夕暮れまで準備を手伝うことになった。



「あれれ? みんな何してるの?」

 ドグマキャリア学院から戻ってきて事情を聞いたアルルは、楽しそうに準備を手伝った。

 結局、大衆から重宝されたのは人懐っこいアルルだった。

 原因を作った三人は相手にされず、アルルの活躍を黙って見ているだけだった。

 その夜、相馬がナタリーの世話になったのは言うまでもない。  




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