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精霊祭の舞台裏 Ⅱ

 アルルを見送ったナタリーは、寝室に置いてあった香味茶をすすり、出かける支度を始めた。相馬の精霊術特訓に付き合うと言っていたユーリは、相馬が起きるまで待つと言ってまた寝台に潜り込んだ。

「これはお昼まで起きませんね」

 寝台に潜ったユーリはもうすでに気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 やれやれと一つ小さな溜息をつき、ユーリ充ての書き置きを残し、ナタリーは宿部屋をあとにする。

 行き先は資料館だ。

 何度か足を運んだことがあるが、いつも何かのついでだったのでゆっくりと資料漁りをしたことはなかった。今回は少なくとも精霊祭が終わるまでは時間がある。探究心に掻き立てられて夕べはあまり眠れていない。今日は心行くまで資料館を探索するつもりだった。

 ナタリーの今日の召し物は白いローブだ。黒い方は数日着てきたので宿主に頼み洗濯に回した。船旅でも狭い馬車の中でも同じものを着ていたので、さすがに匂ってきていたのだ。

「食べこぼしもありましたしね」

 何か言い訳のようなことを呟いて、まっすぐに資料館へ向かう。

 途中の露店でパミの実を一つ買い、かぶりつきながら歩く。ユーリとアルルがいれば行儀が悪いと窘められそうだったが今は気にしない。普段ならばきっちり朝食をとるのだが、今向かっている先は魅力的な資料がふんだんに詰まっている資料館だ。精霊信仰が深く歴史的価値のあるユン・ドグマの資料館ならば食事をとる間も惜しく感じられる。

「あっ」

 だがその惜しんだ時間が災いした。パミの実からこぼれ出た果汁がローブにかかってしまったのだ。

「…………」

 パミの実は赤い。そしてその果汁もまた赤い。よりによって今日は白いローブを着ているので、そのシミが目立って仕方がなかった。

 一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ着替えに戻ろうか迷ったが、ナタリーはそのまま足を止めなかった。

 人に会うわけでもないのだから。

 相手は本や展示物だ。何を気にすることがあるだろうか。

 そうして歩いているうちに、資料館へ着いた。

 資料館の正式名称は『ユン・ドグマ歴史民俗資料館』だ。

 その名の通りに扱っている資料や書物はユン・ドグマに関してのものばかりではあるが、そもそもこのユン・ドグマは精霊信仰が深い国なので、精霊に関しての資料も、古くからの歴史的な資料も豊富だ。

 そして、資料館は、まだ開館していなかった。

「……う、迂闊でした」

 がっくりとうなだれる。

 気合を入れて朝早くから出てきたのに、開館時間を調べていなかったなんて。

 書いてある開館時間を見ると、開館までまだ随分と時間がある。宿に戻ってもう一眠りできそうでもあった。

 しかしナタリーはその場に座り込み、開館時間を待つことにした。

 理由は面倒だったからだ。朝食も一応だったが済ませた。宿に戻るのも面倒だし、もしユーリに赤いシミがついたローブを見られてしまうと着替えろとうるさいかもしれない。

 だからおとなしく待つことにした。それにここにいれば開館と同時に中に入れる。

「一石二鳥とはこのことです」

 無理矢理だった。

 この辺りは朝からは人通りも少なく、人目を気にする必要もなさそうだった。ナタリーは資料館の外壁に背中を預け、膝に顔をうずめる。

 しばらくそうやって時間が過ぎるのを待っていると、睡魔が襲ってきた。どれくらい時間が経ったのかはわからなかったが、ナタリーは睡魔に身を任せることにした。

 またしばらく時間が経ち、ナタリーは何か体を揺さぶられているような気がして目を覚ました。

「……み!」

「ふぁ……?」

「ちょっとキミ! 大丈夫かい!?」

 誰かに肩を揺さぶられていた。どうやら男のようだった。

「ああ……」

 ようやく開館時間か。思ったよりも深い眠りだったようでまだ意識がはっきりしない。

 顔を上げて、その男を見る。

 男は眼鏡をかけた長髪の男で、何やら血相を変えてこちらを見ていた。あ、よだれが垂れた。さすがにこれは少しみっともない。

「うわっ、怪我してるじゃないか!」

「へっ?」

 男はナタリーの服のシミを見て驚いていた。ナタリーはすぐに意味を理解できず、目の前の男がどこか怪我しているのではないかと相手の体中を見まわしてみた。

 四色羽の刺繍が入った白いローブを着ていた。少なくとも神官クラスの男だった。

「ちょっと待ってて! すぐに開けるから!」

 早く開けてもらえるのは助かるけれど、そんなに急ぐことはないのに。そんなことを思い、まだ状況の理解が追いつかないナタリーだった。

「よし、すぐに見てみよう。僕だって少しくらい水霊術は使えるからね」

「ひゃっ! えっ!? えぇっ!?」

 ナタリーは男に抱え上げられ、資料館の中へと連れていかれた。そのまま勢いよく一つ扉を開け、部屋の奥へと連れていかれる。

「な、なんなんですかいきなり!」

「叫ばないで! 血が出てるんだから!」

「ち、血?」

 血が出てる? それならすぐに精霊術を。いや、どこから? 男は走ってて元気そうだし、運ばれているのは自分の方で、でも怪我した記憶も、体の痛みも何もないし……?

 わけがわからない。

 しかもナタリーは男に抱え上げられたことなんて生まれてこの方一度だってなかった。そのこともあってか頭の中が混乱している。普段ならば男から抱きかかえられることがあれば精霊術で一蹴してやるのだが、目の前の男があまりにも必死なのでされるがままになっていた。

 男はナタリーを抱えたまま部屋の奥に置かれてあった机に駆け寄り、机の上に乱雑に置かれていた紙の束や本を乱暴に飛ばしのかした。そして空いた机の上にナタリーは寝かされてしまった。

「うぇっ!? な、何するんですか!?」

 そのまま男はナタリーのローブをまくり上げようとする。その時ばかりはナタリーも瞬時に抵抗してその手を押さえつけた。

「何って、怪我の治療しないと! さあ手を放して!」

「や、やぁっ! やめてください!」

「こ、こら暴れないで! 怪我が悪化しちゃうだろ!」

「け、怪我なんてしてません! これは血なんかじゃありません!」

「怪我の理由なんて黙っておいてあげるから! ほらほら!」

「…………ッ!!」

 ついには、ローブをめくられてしまった。咄嗟のことで精霊術で抵抗しようとも考えられず、腕力だけで男の手を押さえていたのだが、純粋な腕力はやはり女では男に敵わなかったのだ。

「……えっ?」

 男は目を丸くする。

 ナタリーの真っ白い裸体が男の目にさらされた。ローブの中身は下着のみ。それも上の方はつけていなかった。膨らみだってきちんとある。

 そして、綺麗な肌だった。もちろん傷跡なんて何もない。あるとするならば、男につけられた心の傷だけだった。

 ナタリーは顔を両手で覆い隠し、しくしくと泣いていた。

「あっ、ご、ごめん! 僕、てっきりキミのこと男の子だと思ってたから。あ、あの、悪気はなかったんだよ。僕だって怪我を治してあげようと必死で……」

 慌てて弁解を受けてももう遅い。こちらは辱めを受けてしまった。

 そして、まただ。

「……いい加減、このネタにはうんざりですよ。でも、言わないと気が済みません」

「あ、あの……」

 ナタリーはローブを直し、ゆっくりと起き上った。

「どうしてこの世の男は私のことを男だの坊やだの……。よく聞きなさい。私はれっきとした女の子です。乙女です。あのくされ傭兵くずれにも三度言われましたが、あなたは、私の裸を、女の子の裸を……無理矢理に……ッ!」

 ナタリーの横に光魔法の聖拳が浮かび上がる。

 男はまた驚愕した。

「そ、それ……ッ!」

 相手がこの資料館の関係の人間だろうと一般人だろうと迷うことはなかった。

 誰にでも等しく制裁は与えなければならない。

「くらいなさい! そして忘れろ!」

 聖拳突き。

 制裁は行われた。聖拳を受けた男は吹き飛び、部屋の壁際にあった本棚に激突した。その勢いで本が崩れ落ち、男は本の中に埋もれてしまった。

「むっ、ここは……」

 ナタリーは本が崩れ落ちたことで少し冷静になり、自分がいる場所を見渡した。

「どこでしょうか」

 この資料館には何度か来たことがあるがこの部屋模様には記憶がない。本棚の配置換えでもしたのだろうか。いや、そもそも部屋の形が違う。

 資料館の内部は本棚が均等に配置されてあり、机が並んでいたはずだった。しかしここは部屋の形が丸く、その壁に沿うように本棚が設置されている。そしてそれは壁全体にあり、階段を使わなければ上の本は取れない。そして何より、狭い部屋だった。

 この狭い空間にあるのは机が一つとソファーが一つ。

 ナタリーは考えるよりも先に吹き飛ばした男の元へ向かった。本の山をかき分けて男を探すと、男は中で目を回して倒れていた。一応聖拳突きは手加減したのだ。本気でやればこんなものじゃ済んでいない。怒りの中にも慈悲の心ありだ。単に死なせてしまってはまずいと思っただけだったが。

 男の胸倉を掴み、癒しの精霊術を施す。

「んっ……んん……」

 男が目を覚ましそうになったところで、ナタリーは男の頬に平手打ちをかました。結構本気でやってやった。

「痛い!」

 もう一度やってやった。

「痛い痛い!」

 そのまま男を睨み付け、問い質す。

「ここはどこですか?」

「そ、その前に放してくれないかな? 苦しくて」

 無言で睨み付けた。

「……こ、古文書保管庫、です」

 放してやった。

 ナタリーは立ち上がり、目を輝かせて辺りを見回す。

「こ、ここが!」

 ナタリーにとって、ここは以前から入りたくても入れなかった部屋だった。ここには特に貴重な資料が保管されている。一般には公開されていない資料が眠る部屋だった。ナタリーにとっての宝の山が目の前に広がっていたのだ。

「あ、あの、キミ……」

 ナタリーは男の手を引き立ち上がらせ、満面の笑みを向けて言った。ついでに手を差し出した。

「申し遅れました。私はナタリー・カルドールと申します」

「ははっ……」

 男は引きつった笑みを浮かべ、ナタリーと握手を交わす。

「僕はロロ。ロロ・メリン。この資料館の館長を任されているよ」

「館長さんでしたか。お会いできて光栄です、メリン館長。先ほどの失礼をお詫びします」

「い、いや、あれは僕が悪かったからね」

「いえ、そんなお気になさらないでください」

 まだナタリーはメリンの手を離さない。満面の笑みも浮かべたままだ。

「ところでメリン館長、一つお聞きしたいことがあるのですが」

 ここの資料は見せてもらえるのか。まあ、断られたらさっきのことで脅してやればいい。こんなところの館長が無理矢理に乙女の服をひん剥いたなどと知れ渡れば、この男もさぞ困ることだろう。

「僕の方こそ聞きたいことがあるんだ。さっきの光る拳ってもしかして、光魔法じゃないのかな?」

 ナタリーは警戒した。たしかに怒りに任せて聖拳で制裁してしまったが、あれを一度見ただけで光魔法と言えるなど、普通ならありえない。そもそも魔法という言葉自体、そうそう出てくるものでもないのだ。例え資料館の館長とてそれは同じこと。ここの資料にどれだけ魔法に関しての書物があるのかわからないが、実際に光魔法を見たことがないとその言葉が出てくるはずがない。ましてやこの館長はまだ若い。近しい人間ではアドルフと同じくらいか。当然、境界線戦争は体験していない年齢だ。

「魔法? 何のことでしょう?」

 とりあえずはとぼける。魔法の存在を知っていようと知るまいと、その力が今こうして振るわれたことに気付かれるのはいろいろとまずい。特に相手がユン・ドグマの人間ならなおさらだ。館長ならば、アドラス学院長とも近いに違いない。また機嫌を損ねられてしまう。アルルが頑張っているのに自分がこんなところで足を引っ張るわけにはいかない。

「昨夜、ローブを着た子が訪ねて来るかもしれないと言われてね。できるだけ協力してやって欲しいと頼まれたんだ」

「協力? 誰にですか?」

「アドルフだよ。わかるかな? 僕はあいつと幼馴染でね。でも、聞いていたのは黒いローブだったんだけど」

 アドルフが口添えをしていた……? 聞いた今でも信じられなかった。

 ナタリーは手を放し、メリンをまっすぐに見つめた。

「そのアドルフというのは、アドルフ・ベスターのことですか?」

「そうだよ。昨夜偶然会ってね、キミたちの用心棒をすることになったと聞いたんだ。そして、キミたちの旅のことも聞いた」

「あのクサレ傭兵もどき……」

 何て口が軽い男だ。やはりあの男の処遇については考え直す必要があるのかもしれない。

「ま、まあまあ。キミたちのことを聞いたときは驚いたけど、正直今も驚いてるけど、必要なら、ここの書物を自由に閲覧してもらって構わないよ」

「えっ」

 聞き間違いだろうか。

「いいんですか?」

「館長権限ってやつだね」

「それは、ありがとうございます」

 いささか拍子抜けだが、ありがたいことには違いなかった。

「でもその前に、少し僕と話しをしよう。意見交換と言ってもいい。アドルフから、キミと僕はきっと話が合うと聞かされているんだ。僕はここの書物にはあらかた目は通しているし、キミの手間もある程度省けると思うんだけど」

 少し迷ったが、ナタリーはその申し出を受け入れた。あちらとしては魔法のことを聞き出したいのかもしれないが、こちらも時間は限られている。とてもではないがすべての書物に目を通す時間はない。特に決まって知りたいことがあるわけでもないが、これもまた一興だろう。 

 メリンは机の周りに散らかった書類はそのままで机に座り、ナタリーはソファへ腰を落ち着かせた。

「えーっと、それじゃあ……」

 メリンは話題を探っているようだった。魔法のこと以外でも聞きたいことがあるのだろうか。

 しかしながら、魔法についての知識としてはナタリー自身も乏しい。使えるようになって、なんとなく精霊術とは違うものだという認識しかない。使い方を説明しろと言われても難しい。血が、体が覚えたのだから。

「キミは、精霊っていると思うかい?」

「精霊が、ですか」

 思ってもみなかった質問に、一瞬だけ頭が真っ白になる。すぐに思考を巡らせて、自分の意見を述べる。

「さあ。私もいくつかの古文書を見ましたけれど、その中から得られたことで言えば、精霊は存在します。ですが、私自身は見たことのないものを、存在するとは断定できません」

「精霊はいるよ」

 メリンはあっさりと言ってのけた。

「……なぜ、そう言いきれるのですか?」

「この世界は精霊が存在しているからこそ、存在しているんだよ」

「それではまるで、精霊がこの世界を創り上げたと言っているように聞こえますが」

「その通りだよ。このジーナに精霊が生まれたわけじゃない。精霊がジーナを生み出したんだ」

「……そうだとして、それはどうやって証明できるのですか?」

「証明はできない。ただ、ここにある書物には、かつての人々が精霊と交わした言葉が綴られているんだ。はるか昔、精霊はその姿形を成して、人間と関わりを持っていたんだよ」

「ですが、私は今までそのようなことを見聞きしたことがありません。これでも私は、さまざまな書物に目を通しています。精霊の存在をほのめかす史実はいくつか知っていますが」

「砂漠を森に変え、恵みの雨を降らし、風が種を運び、火は温もりを与えた。そういったことかい?」

「ええそうです。人間が困難に陥った時、精霊が現れて救ったと。そして、自らの力を世界に残した。それが世界に満ち溢れる精霊力だと」

「まあその認識でおおむね正しいと思うよ」

 メリンはそこで一度席を立ち、香味茶を二杯注いでひとつをナタリーへ差し出した。

「正確には、精霊がこの世界を創ったから精霊力がある。そういうことだよ」

「そういうことなら、そういうことなのでしょうね」

 聞いていて面白い話ではあった。ただ、やはり実感があるものではなかった。自分自身が精霊の存在を肯定できるとするならば、精霊を目の当たりにするしかない。

「精霊にはどうやったら会えるのでしょうか」

 ナタリーの問いかけに、メリンは面白そうに顔を歪ませた。

「残念だけど、彼らは眠っている。もう何千年も前からね。だから会うことはできないよ」

「それではやはり、存在していないものと同じことです」

「そうだね。でも、もしかしたら近いうちに会えるかもしれないよ。キミたちならね」

「それは…………精霊と魔法は、何か関係があるのですね」

「うん、やっぱりキミは素晴らしいね。これだけで気付いてくれるんだから」

「魔法とは……」

「おそらくは、キミと僕は魔法に対しての知識としては大差ないと思う。でも実際、キミは魔法を使えるんだから、感覚的なことに関して言えば、キミの方が知っていることになるよね。なにせここにある書物は精霊と歴史に関してばかりだからねえ」

「魔法は精霊力を必要としません。自分の霊力に様々な術式を加えて力とするものです。詳しく説明しろと言われても、難しいのですが」

「いいよ、それくらいはわかってるさ。それで、キミは魔法っていつから存在していると思う?」

「いつからと言われても、かつての英雄らが編み出した術なのでは?」

「それは違うよ。魔法はもっと古くから存在する。五十年前の境界線戦争で三人の英雄が使っていたのは間違いないけれど、彼らが最初じゃない。古文書には、数千年前にも魔法が存在していたことが明らかにされているよ」

「なかなか話しが見えませんね。それが精霊と魔法に関係あるのですか?」

「精霊が眠りについた時代と、魔法が初めて使われたとされる時代が一致しているんだよ」

「……それはつまり?」

「ここからは機密事項だ。我が国、ユン・ドグマがユン・ドグマとして成り立っている事実に反してしまうかもしれないからね」

「ここまで言っておいて機密事項ですか。しかし、聞かせてもらえるのでしょう?」

「ふふ、そうだね。キミには自由にここの書物を閲覧してもらっていいと言った。隠すことはないよ。ただ、やっぱり機密事項だからね。ここで管理されるだけの理由があるんだよ。わかってくれるよね」

「口外はしませんよ。それが重要なことであればあるほど」

 メリンはにこりと笑う。

「これはここにある一部の書物に記されていたことなんだけど、精霊が眠りについた理由、それには魔法が関係している。まあ一言で言ってしまうとね……」

 メリンは今一度微笑んだ。ナタリーは余計な間は入れずにさっさと言えと言いたかった。

「かつてあったんだよ。精霊と魔法使いの戦いがね」

 精霊と、魔法使いの戦い。

「それは、精霊と人間の戦いということですか? そういうことなら、この国がひた隠しにする理由もわかります。精霊信仰の国ですからね」

「その通り。言っておくけれど、先に仕掛けたのは精霊の方だよ。あと言い直さなくてもいい。それは精霊と魔法の戦いだったんだ」

「魔法が精霊にとって脅威だったとでも?」

「そうなんじゃないかなあ。それまで自分たちを頼って、自分たちの力を使って生きていた人間が独自の力を得てしまったんだから」

「しかし所詮人間の力なんてたかが知れているものなのでは」

「大昔の魔法の力はそれほどすごかったんじゃないのかな。今のキミがそう思うのなら、きっと今の魔法の力はそれほどでもないんじゃないかい? だって、世界を創った精霊と戦う気なんて起きないだろう?」

「それは当然です。私の力だけでは悪魔にも勝てませんでしたし」

「ああ、悪魔ね。奴らだって精霊みたいなものだからね」

「悪魔について知っていることがあるのなら聞かせてもらいたいですね」

 精霊の歴史うんぬんよりもこちらの方がよほど重要だ。

「ジーナを創ったのが精霊。魔界を創ったのが悪魔。その違いだよ」

「そ、それだけですか?」

「元をたどれば精霊も悪魔も同じだよ。キミたちはそんな奴らを相手にしようとしているんだ。こう言えば、とてつもない話しだよね」

 そう言われてしまえば、悪魔の強大な力にも納得がいった。

「どうして奴らが五十年前に乗り込んできたのか、その目的はしらないけれど、また同じようなことがあれば、頼りにしてるよ」

「……近いうちに、また悪魔が現れるかもしれません」

「キミが得た魔法の力を読み解くんだ。きっとキミはまだ本質まで理解できていない。それにそうすれば、精霊にも会えるかもしれないよ」

「その時は全面戦争ですか。精霊はやはり、存在しないと思っておきますよ」

「ははっ、嫌でも向こうから起きてくるさ。僕はぜひ会ってみたいけどね。ああっと、少し長話しし過ぎてしまったかもしれない。僕は仕事があるから、続きはまたあとで。言った通り、ここの書物は自由に閲覧してもらっていいから」

「ええ。ありがとうございました」

 ふぅ、ナタリーは小さく溜息をつく。面白い対談だったと思う。知識人と話すのは楽しい。新しい知識が増えるのは嬉しい。メリン館長が戻ってきたらもう少し話をしてみたいと思った。そして少なからずとも、巡り会わせてくれたアドルフに感謝した。

「あの、メリン館長」

「ん? なんだい?」

 散らかった書類を片付けていたメリンに問いかける。

 一つ、どうしようもなく気になっていたことがあった。ナタリーにとっては魔法のことよりも、悪魔のことよりも気になることだった。メリンの意見も聞いておきたい。

「基本的に人は先天属性以外の精霊術は不得意ですけど、すべての属性を均等に使えることのできる人間がいるとしたら、それはどういった要因が考えられるのでしょうか」

 相馬のことである。

 全ての属性を使えて、自由に合成させることのできる相馬には一体どんな秘密があるのだろう。謎である。

「面白いことを言うね。そうだね、もしそんな人間がいるのなら、それは人間じゃないのかもしれないね」

 薄く笑って、メリンは言った。

 それこそ、キミたちに対抗して起きてきた精霊かもしれない。

 続けてそう言った。

「あれくらいなら返り討ちです」

 鼻で笑うナタリーを見て、メリンは首を傾げるばかりだった。



  

 


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