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ドグマキャリア学院 Ⅰ

 五人は再び馬車に揺られ、ドグマキャリアを目指していた。もう半刻ほどで辿り着くところまではやってきている。

 馬車内では五人に会話はなく、重苦しい空気が漂っていた。これはもうすぐ目的地に到着するから緊張しているというわけではない。こうなった発端は昨夜の相馬とアドルフの特訓だった。馬車の隅では、アルルが頬を膨らませて不機嫌そうに座っていた。

 昨夜、相馬はアドルフに肩を支えられ、足を引きずりながら宿に戻った。それからアドルフがナタリーの元へ相馬の治療を要請しに向かったのだが、相馬の状態を見て真っ先に怒声を飛ばしたのはアルルだったのだ。結局、相馬の怪我はナタリーに治療してもらったのだが、一晩中アルルとアドルフは言い合いをし、現在に至っている。アルルの言い分としては特訓で大怪我を負わせるなとのことだった。アドルフの言い分としては特訓に怪我は付き物だということだ。度が過ぎる。大したことはない。お互いの言い分はその繰り返しだった。ナタリーは早々に二人を部屋から追い出し眠りに落ち、ユーリは初め二人をなだめていたものの途中で諦めて寝台に潜り、相馬に至っては明け方まで二人に付き合わされた。

 アルルとアドルフは顔を合わせようとはせず、ナタリーは我関せずといった顔で、ユーリはちらちらと二人の様子を窺っている。相馬はひどい眠気で馬車に揺られながらも船を漕いでいた。

 そんなまとまりがない五人のことはお構いなく、馬車はついに目的地へと到着した。

「ソーマくん、着いたよ」

「ソーマ、着いたぜ」

 アルルとアドルフが同時に相馬へ声をかける。が、顔を見合わせた二人は拍子にそっぽを向いてしまった。

「……ハァ」

 それに深い溜息をついたのがユーリである。ナタリーは一人でさっさと馬車を降りてしまい、アルルとアドルフはお互いに相馬の傍から離れようとしなかった。

 ――それほど教えがいがあるようには思えないけれど。

 ユーリは心の中で呟いて、ソーマの肩を揺する。

「ほらソーマ、着いたわよ。起きなさい」

「ん……んあ……?」

 おっくうそうに目を開けた相馬は、動いていない馬車と横の二人を見て、さっそく状況を飲み込んだようだった。ユーリに急かされるままに馬車を降りる。続いてアルルとアドルフが不服そうな顔をしながら馬車から降りた。

「うおぉ……」

 馬車から降りてすぐ、相馬が目の前の町を見上げて(・・・・)驚きの声を上げた。

 目的地に着いたと言っても、ここはまだその玄関に過ぎない。

 ドグマ大陸はそれで一つのユン・ドグマという国だ。そして五人を迎えたのは、そのユン・ドグマで最大の街、『聖都シーレスト』。ユン・ドグマの首都である。

 シーレストは大陸内部の中でも特に標高の高い火山帯に位置している。活動休止になっている火山の麓からおよそ中腹辺りまでに石造りの建物がところ狭しと建てられていた。まるで山全体が街のようだ。相馬が町を見上げたというのはこういう理由からだ。今まで通って来たのは森。その森が抜けると突然、街が現れる。建物と建物の間を見ればどこもかしこも坂道と階段だらけだった。それも建物が均等に並んでいるわけではないので、街全体が迷路のように入り組んで見えた。一番上の建物まではどれだけ歩けば辿り着くかわからない。そこまで歩くとすれば、ちょっとした登山にもなりえる。

 火山の中腹辺りの切り立った岩壁の手前、そこにひときわ目立つ建物がある。宮殿だ。そここそユン・ドグマの中枢。シーレスト王宮である。

「なんつーとこに街があるんだ」

 相馬は街を目の前に立ち呆けてしまう。ユーリは後ろから続くアルルとアドルフを一瞥し、相馬を先導しようと相馬の隣に立った。

「古い街よ。大昔からここにあったみたいね。あの一番上に見えるのが王宮よ。で、その少し下に大きな建物があるでしょ」

 ユーリは指差しながら街のことを説明し始める。相馬は耳を傾けてただ頷いていた。ユーリがまず指差した先にはシーレスト王宮。そして指先をその下へ移動させる。

「あれがドグマキャリア学院。これから向かう先よ。やっと着いたわ」

 ようやく、ようやく旅の最初の目的地へと着いた。すんなりとアンバーを渡してもらえればいいのだけれど。

「ほら、いつまでも突っ立ってないで、行くわよ」

 相馬を促し、歩き始める。後ろの二人をもう一度一瞥して、ユーリは小さく溜息をついた。あの二人があんな様子だと、相馬の面倒を見るのは自分になるだろう。みんな世話の焼ける。こういうことで気を遣ってくれるのはいつもだとアルルの役割なのに。本人がああだと仕方がない。アドルフは本当に余計なことをしてくれたものだ。

 街に入りしばらく歩くと、平坦だった道のりがだんだんと傾斜に変わっていった。それに伴い、建物も傾斜に合わせて建てられているものが目立ってくる。住人はみながみな、ドグマ大陸の民族衣装に身を包んでいて、こちらの服が目立って仕方がなかった。いつもながらこの気恥かしさは慣れない。

 相変わらず修道服のナタリーを先頭に、ワンピースからシャツとズボンに着替えたユーリ、同じような格好の相馬、動きやすそうな七分のズボンとベストのアルル、仕立てのいいジャケットを着ているアドルフ。先頭を行くのが修道服だというのが余計に目立っていた。

 ナタリーは何も気に留める様子もないまま、せこせこと目的地に向かって歩いていた。もとよりナタリーは服には興味がない。ただ女性らしい格好というのが苦手なだけだ。

 ユーリがそうして周りの目を気にしている中、相馬が情けない声を上げた。

「な、なあ、あそこまで歩くのか?」

 街の入り口からしばらく歩いたが、まだまだ山の傾斜は緩やかだ。ドグマキャリアはまだまだ上方。直線距離だとそうでもないが、山を登るのでどうしても迂回しなければならない分、時間がかかる。

「んもう、いいから黙って着いて来なさい」

 簡単に山を登る方法はある。ただそれをいちいち説明するのがユーリは面倒だった。ナタリーは説明好きだとしても、アルルはどうして優しく教えてやれるのか不思議でならない。

 またしばらく街の奥へ進むと、火山の中へ続く洞窟のような穴が見えてきた。その洞窟の入り口は綺麗に舗装され、羽の装飾が施されていた。

 ナタリーを先頭に、五人はその洞窟の中へ進む。洞窟の壁や天井には魔鉱石が設置されてあり、それが淡い光を放ち照明の役割を果たしていた。奥には、何か装置のようなものが置かれてあった。そしてさらにその先には上斜めに伸びた穴。先は見えず、どこまで続いているのかわからない。その足元には人ひとり分の幅のベルトが敷かれていた。

「ソーマ、ここに乗りなさい」

 先にベルトに乗っていたユーリは手招きをして、相馬を呼ぶ。相馬は戸惑いながらもユーリの隣に立った。

「ひょっとしてこれって、エスカレーターみたいなやつか?」

「えすかれーたー? 何それ?」

「あ……いや、これと似たようなものが俺の世界にもあったんだよ」

「ふーん。あんたも山の生まれなの?」

「あー……山の中にもあるだろうけど、ほとんどは建物の中にあるんだ。俺は街中で生まれ育ったよ」

「建物の中に? あんたの住んでたところって、変なところね。今度詳しく聞かせなさいよ。興味があるわ」

「……うん、時間があれば。…………面倒だ」

「何か言った?」

「な、何も!」

 ユーリはそんな相馬を訝しく一瞥し、五人全員がベルトに乗ったことを確認して、壁にある装置に手を触れた。すると、足元のベルトがゆっくりと動き出した。

「こ、これも精霊術なのか?」

「そうよ。さっきあたしが触った霊力盤に霊力を込めると動く仕組み」

 霊力盤とは、霊力を一時蓄えることのできる特殊な道具だ。基本原理は主に電灯として使われている魔鉱石と変わらない。霊力を明かりとして発する魔鉱石と違い、霊力盤は霊力を動力として変換することが出来る。

「へぇーっ、こいつは便利だ!」

 最後尾にいたアドルフが感嘆の声を上げた。アルルは当然のように無視をして、相馬は「お前も初めてなのか?」と問いかけた。ここで説明好きのナタリーが参加した。

「この道が使えるようになったのはほんの数年前です。入口にあった霊力盤は元々、私たちの国のオイゲンで発明された技術なのです。我がシエル公国とユン・ドグマはあまり交流はなかったのですが、その技術提供がきっかけで貿易が盛んになりました。昔は今ほど大陸を行き来する商人も多くはありませんでしたし。その点で言えば、シエル公国とユン・ドグマの関係は概ね良好ですね」

「変わったねぇ、この国も」

「世界は常に少しずつ変化していますよ」

「ははっ、さすがナタリー嬢は言う事が違うねえ」

 そうこう話しているうちに、ベルトの終点が見えてきた。それに伴い、横の壁に終点まで続く手すりが現れてきた。

 ユーリはその手すりに手を触れる。すると今度はベルトの速度が落ちてきて、終点間際のところで完全に止まった。相馬がまた尋ねると、ユーリは面倒そうに「同じ仕組みよ」とだけ答えた。

 降り立った場所には外へ続く道と、また別に上に伸びている縦穴とベルト。

 五人はあと三つベルト使って山中を登り、ようやく洞窟の中から顔を出すことになった。

 外に出ると、先ほどとは真逆で街を見下ろす景色になる。そして、見渡せるのは街の周辺の森。街を見下ろし、森を見下ろし、同じ目線には連なる火山。壮大な景色だった。

 横道の坂を上ると、目の前にはもう大きな建物が姿を見せる。

 目的地、ドグマキャリア学院である。

 山の斜面に沿って建てられてある、石造りの、学院よりも宮殿と呼んだ方がふさわしいようにも思える建造物だ。建物の下部にはそれを支えるための太い支柱がいくつも並んでいた。その上部は山肌から浮かび上がるようにして建っている。そこから眼下を眺めるとなれば、まさに空中都市にいるような気分になるだろう。

 五人が山肌を登るように支柱の間を抜け進むと、やがてドグマキャリア学院の内部を通るように作られた上層に繋がる階段が現れた。そこを登ると、まず目の前に広がったのは山を切り崩して作られた校庭だ。階段を登り切って振り返ると、いよいよ、ドグマキャリア学院の正門である。

 ここで先頭に立つのはユーリだ。ついに辿り着いたドグマキャリア学院を見据え、大きく息を吐いた。

 懸念されていたことが改めて頭に浮かんでくる。すんなりと『幻のアンバー』を渡してもらえるのかどうか。ただ、今さら臆したところでどうしようもない。どうあっても必ず手に入れなければならないのだ。

「みんな、行くわよ!」

 しかしユーリの意気込みは、早々に崩れ去ってしまうことになる。

 ドグマキャリア学院の正門はシャムセイル学院の正門と類似したもので、重厚な巨大な扉が構えていた。この学院の生徒及び関係者ならば霊力を込めることによって門を開けることができる。しかし部外者には無理だ。学院に用事がある者は正門の上部に設置されてある鐘を鳴らすことによって、中の人間を呼び出すのだ。

 ユーリは正門の脇に下げられてある綱を引き、鐘を鳴らした。

 少しの間待ち、正門から響くように声が聞こえた。女性の声だった。

『はい、こちらはドグマキャリア学院です。どちら様でしょうか?』

「突然お尋ねして申し訳ありません。わたくしはシャムセイル学院からやってまいりましたユーリ・スタンフォーリアと申します。以下、シャムセイル学院生徒三名。それと、えーと、講師一名です。アドラス学院長にお願いしたいことがあり参上いたしました」

『シャムセイル学院から、ですか? 訪問する話しはお伺いしていませんけれど?』

 どうやら警戒されているようだった。そもそも、各学院同士では頻繁に交流があるわけではない。

「シャムセイル学院長から親書を預かってきています。直接アドラス学院長に渡すように命じられていますので、お目通り願えますか?」

『わかりました。確認いたしますので、そのまましばらくお待ちくだ――あっ、こら、ちょっ――』

 突然、向こう側からの声が途絶えた。しかし通信は繋がったままらしく、何やら言い争うような声が聞こえてくる。

 ユーリは戸惑いの表情を浮かべ、同じように話しを聞いていた四人へ振り返った。

「な、何かあったのかしら?」

 後ろの四人は首を傾げるばかりだった。中の状況なんてこちらからわかるものではないので仕方がない。

 しばらく立ち呆けていると、中の会話が途切れながらも聞こえてくる。

『……ユーリ……いいから開け……』

『……ダメだっ…………確認し…………』

『だいじょ…………あのユー…………』

『……ちょっ…………ダメ……』

 そして、ガタゴトと物音が激しくなったと思うと、突然、

『ユーリーーーーーーーッ!!』

 叫ぶ声が聞こえた。これも女の声だった。外にいた全員がビクッと肩を強張らせた。

 その声に対して露骨に嫌な顔を見せたのが呼ばれた本人であるユーリだ。

「ま、まさか……」

 ユーリは助けを乞うようにナタリーとアルルへ目を向ける。二人とも「あはは……」と愛想笑いで誤魔化した。相馬とアドルフはわけもわからず立ち呆けたままだ。

 そして、ドグマキャリア学院の正門がゆっくりと開いた。

 そこには五人、いや、ユーリを待ち受けるように立っている人物がいた。

 長く巻かれた桃色の髪。真っ白い肌。整った目鼻立ちで、少し切れ長の目が爛々とユーリを見つめていた。スラリとした体形で、身に付けた士官服はユン・ドグマ伝統の四色羽の刺繍が施してある。立ち振る舞いはどこか気品があった。歳の位はユーリと同じか。

「ユーリ! 待っていましたわ!」

 鋭くユーリを指差し、高々と笑う。

「カナヴィナ……。あんた、何でここにいるのよ。卒業したって聞いたのに」

「ええそうですわ。わたくし、今は王宮務めですの。今日はお暇をいただいて顔を見せにやってきていたのですわ。そういうあなたはまだ学院にいらっしゃるの? シャムセイル学院長も苦労なさっていますのね」

「ぐくっ……」

 ユーリは苛立ちでわなわなと震えながら桃色の髪の少女、カナヴィナを睨みつける。

 苦手な奴が出てきた。もういないと思っていたのに。この高飛車な性格は会う度に腹が立つ。何でいるんだ。本当に、何でいるんだ。

 カナヴィナはユーリにとってちょっとした因縁の相手なのだ。

 この二人の様子を見て、相馬がナタリーへ小声で尋ねる。それに答えるナタリーも小声だった。

「あの二人、何かあったのか?」

「ええ、まあ。あったという程でもないのですが。一年以上前になりますけど、シャムセイル学院とドグマキャリア学院で生徒交流の学院対抗戦が行われたのです。各学院で三人で一つの組を作り、それぞれの学院で四つの組を選抜して行われました。もちろん、その時にも私たちは三人で組みました」

「最強だな」

「まあ、結果だけを言えば私たちが優勝したんですけど、その時の対戦方式が組内で順番を決めての勝ち抜き戦だったのです。それで先鋒にユーリが出て、決勝までユーリひとりで勝ち進みました」

「す、すごいな」

「ええ。見ているだけかと思ってましたよ。思ってましたけど、そのユーリに唯一黒星をつけたのが、そこにいるカナヴィナだったのです」

「えっ、あの人、そんなに強いのか」

「いえ、相性の問題です。ユーリは『空舞う踊り子』なんて呼ばれてますけど、あのカナヴィナは『不落の城』という二つ名がありまして。これもアルルがつけたんですけど」

「不落の城……」

「その名の通りです。彼女の先天属性は土。土霊術の特徴としては錬金ももちろんなのですけど、硬さが挙げられます。彼女の得意とする戦法は鉄壁の守りからのカウンターです。カナヴィナは土で体の周囲を覆い、それを錬金で鋼鉄に変えて鉄壁の守りを見せるのです。ユーリの風でも彼女の壁は壊せなかった。ユーリは何とか破ろうとしてましたけど、隙を突かれて負けてしまいました。会場はもうひどかったですよ。ユーリの風で大荒れです。観客の何人か吹き飛ばされてましたし」

「想像つくのが怖い。でも、勝ったんだろ?」

「はい。鋼鉄の殻に閉じ籠っていたカナヴィナに対して、アルルがお構いなく高火力を浴びせ続けてですね。カナヴィナの精霊術が解けたとき、彼女は汗だくで目を回して倒れていました。火傷と脱水症状で死にかけてましたから。私の出番なんてカナヴィナの治療だけでしたからね」

「何というか、アルルらしいな」

「アルルにはあっさり負けましたけど、最強と謳われたユーリを倒したものだから、カナヴィナはあれなんですよ。もう一度戦えばユーリも火霊術を使うでしょうけど、アルルほどの火力は出せないですし、残念ながらユーリは負け越したままカナヴィナは卒業しましたからね」

「ははっ、なるほど」

 そういうわけである。

 その時から、ユーリはカナヴィナから上から物を言われ、顔を合わせる度に当時のことをぶり返されつっかかってこられるのだ。故に苦手だった。負けたことは事実なのだ。

「まったく、いつまで学院に居座るおつもりなのかしら。あっ、そうだ。あの時のことがまだ尾を引いていらっしゃいますのね? このわたくしに完膚無きまでに敗北しましたものね。まだまだ腕を磨きたいというお気持ちもわかりますわ」

「こ、この……! そ、そういうあんたはまだ過去の栄光にすがってるの? 相当あたしに勝ったことが嬉しかったのね。可哀想に。それまで全然勝てなかったんでしょうね」

「なっ……! か、勘違いなさって欲しくありませんわね。あなたごときへの勝利など、わたくしにとってはどうでもいいことですのよ。ただわたくしとは違ってあの時から何も変わらないあなたを哀れんでおりますの。わたくしは王宮警護の任に就いておりますのよ? 王宮を任されるなど、とても重大な役目ですわ。あなたには到底務まりませんわね」

「あ、あたしが学院にいるのにはちゃんと理由があるんだから!」

「何? おっしゃってみて?」

「そ、それは……」

「うふっ、言い訳の一つでも考えておいて欲しいものですわ」

「ぐっ……くぅっ……!」

 ユーリの顔は今にも爆発しそうなほど真っ赤になっていた。しかしまだ理性が勝っている。魔法のこともアンバーのことも話すわけにはいかない。それにこちらは願い事があって来たのだ。下手に手を出せば追い返されかねない。しかし、そうそういつまでも我慢できるものでもない。

 ユーリの金髪は先程からゆらゆらと揺れていた。風は風で揺れているのだがユーリが抑えきれずに起こっている風だった。もはや爆発寸前だ。

 それを見かねてか、ついにユーリの親友が動き出した。

 ナタリーがアルルの元に歩み寄り、耳打ちする。

「アルル。そろそろ助けてあげましょう」

「そうだね」

 二人が同時に盛大に溜息をつき、アルルはカナヴィナに近寄って行った。

「こんにちは。カナヴィナさん」

 カナヴィナはそこでようやくユーリ以外の人物がいたことに気付き、目を丸くした。特に、アルルがいたからだ。

「あ、あらアルルさん。ナタリーさんもいらっしゃってましたのね。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」

 アルルはにこーっと満面の笑みを浮かべながら言う。

「うん、いいよ。ところでカナヴィナさん。わたしたち、アドラス学院長に会いたいんだよね」

「あ、そ、そうでしたわね。それでは、確認を取ってまいりますので」

「カナヴィナさんがいるから入れてもらっていいんじゃないかな? わたしたちのこと知ってるよね? いいよね? 入っても。大事な用なんだ。急いでるんだ。待ってられないんだ」

「え、ええ、ええ、は、はい。ですから、確認を……」

 しどろもどろになりながら答えるカナヴィナは顔面蒼白になっていた。先程までの威勢はアルルの炎で燃やされてしまったかのようだ。

「い・い・よ・ね?」

 にこー。

「ひいぃっ! ど、どうぞ! お通り下さいまし!」

 カナヴィナはサササッと道を譲る。その後は正門に力無くしがみついてうなだれてしまった。

 ユーリにとってカナヴィナがそうであるように、カナヴィナにとってはアルルが天敵なのだ。アルルに負けたカナヴィナは当時、再び鉄の壁を作り上げることを怖がるほどトラウマを植え付けられていたのだ。蒸し焼きにされる記憶が甦る。カナヴィナはアルルに恐怖を感じていた。

 前が開けた正門をアルルは胸を張って通る。続いてナタリーが。その次に相馬とアドルフが通って行った。

 最後にユーリが。すれ違い際、うなだれているカナヴィナの背中に向けて呟いた。

「ど、同情するわ」

 干からびていたカナヴィナを思い出した。

 





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