霊剣士 Ⅲ
「でも、そうも言ってられないのよね」
ナタリーの戦いを見守りながらユーリは難しい顔をして言う。
「おそらくだけど、光魔法の消費霊力はすさまじいものだと思うわ。そもそも、霊力を源にしているのかもわからない。昨日だってあの悪魔の攻撃を防ぐために使ってた絶対障壁っていうの、ナタリー相当苦しそうだったから。ナタリーだって長く持たないと思っているのよ。だからあたしたちにどうにかして欲しいなんて。今はいいけど、アドルフが攻勢に出たらまずいわ」
ユーリはアルル、相馬と一瞥する。残った三人の力を使ってアドルフをどうにか無力化しなければならない。
「じゃ、じゃあわたしたちもナタリーに加勢しようよ」
「あの中に飛び込めると思う?」
ユーリが指差した先には今も八本の聖拳がアドルフを捕まえようと飛び交っている。不用意に近付けば巻き添えを喰らうのは誰の目にも明らかだった。
「うっ……む、無理!」
「でしょ。見てよあのナタリー。きっとあいつが何か言ったんだわ。大体想像つくけど、ナタリーを怒らせるなんて怖いもの知らずね」
「俺も、肝に銘じておかなくちゃな」
そんな相馬に対し、ユーリは冷ややかな目を向け嘆息した。
「あんたも少しは役に立ちなさいよ」
「役に立てるならとっくにそうしてるよ。でも俺はナイフだって使ったことないし、精霊術だってうまくできないし。できることがあるなら、教えて欲しい」
相馬はこれまで完全に蚊帳の外だった。ナイフで特攻してはユーリの怒りを買い、アルルに心配をさせ、ナタリーには窘められた。三人が来てからは本当に見ているだけしかできなかった。
「甘えないで」
ユーリは相馬の言葉を一蹴する。
「ちょっと、ユーリってば」
アルルは困った顔で相馬に目を向けた。相馬は僅かに苦笑を浮かべ「いいんだ」とアルルを手の平で制した。
「あたしたちが困ったら守ってくれるんじゃなかったの?」
アルルが高速でユーリの方を振り向いた。ものすごく意外そうで、それでいてものすごく嬉しそうな顔をして。
「な、何よ」
腕組みをして、そっぽを向く。頬がほんのりと赤かったのをアルルは見逃さなかった。
「と、とにかくソーマ!」
「お、おう?」
「あんたは自分から旅について来るって言ったんだから何でもあたしたちを頼っちゃダメなのよ! あんたはあんたしか持っていない力があるんだからそれで何とかしなさい! 精霊術はイメージよ! 昨日も言ったでしょ!」
「お、おうっ!」
「にししし」
「そこ! 笑うな!」
ようやくいつもの調子に戻り穏やかな空気が流れる。そしてユーリは場を仕切り直すことにした。
「ソーマ、あんたも考えなさい。あいつの一番厄介なのはあの霊剣クルスよ。あの剣さえ封じてしまえばどうにかなるわ。精霊術師としての力はあたしたちの方が上なはずだから」
「でも、やっぱり接近戦は泥棒さんの方に分があるから、近付かないようにあの剣をどうにかしないといけないね」
「そうね。そこが問題よ。あたしの風でも反応されてしまうし、おまけにあっちも風霊術師。風を超える速さの攻撃を仕掛けることができれば……。でも、ダメね。そんなことできっこないわ」
「うーん……」
やはり、ユーリとアルルには有効な手段が浮かばない。全力の精霊術も無効化され、二人がかりの接近戦でもあしらわれてしまったのだから。しかも遠距離攻撃といえば精霊術しかないのだ。
「なあ……」
そこで、相馬に一つの考えが浮かぶ。ユーリとアルルの二人は気のない顔で相馬に目を向けた。全く期待していないような顔だ。
「要は、遠くからの物理的な攻撃だったらいいわけだろ?」
それを聞いたユーリはやれやれと溜息をついた。
「あんたね、石ころでも投げるつもり? あいつはきっと弓矢だって見切るわ」
「精霊術ってさ、イメージなんだよな?」
「……何が言いたいのよ。精霊術はどうやっても防がれるわ」
「いや、うまく言えないんだけど……」
そして、相馬は一つの考えを話した。おそらくは、この世界で暮らしている人々では思いつかなかったであろう一案だった。相馬だからこそ思い浮かぶ、そして相馬しかできないことかもしれない。
相馬の話しを聞いたユーリとアルルは一度目を見開いて、すぐに訝しい顔を見せた。
「……それが本当に可能だったとして、今のあんたにできるの? かなり難しいことよ」
「時間がかかるかもしれない。でも、やってみる価値はあると思う。俺ならそれができるんだろ?」
「ソーマくん……。うん、いけるかもしれない」
相馬の提案に二人が合意した。そしてそれから作戦を練るのがユーリだ。
しばしの時間、三人で相談をして作戦が決まった。
「下手するとあんたが自滅するかもしれないわよ?」
「そうならないように頑張ってみるよ」
「ソーマくんなら大丈夫! 絶対大丈夫だよ!」
相馬はアルルの励ましに苦笑で返して、霊力を集中し始める。
見える、四色の帯。
「一つ一つ、ゆっくり確実にやりなさい」
相馬は足元の小石を取り上げ、意識を集中させる。黄色の帯を手繰り寄せる。使う精霊術は土霊術、錬金だ。精霊術のコツについてはさっきユーリとアルルから聞いた。あとは自分次第。
物質の構造を一時的に創り変える。よほど強力な錬金術でない限りはその効果はすぐに失われてしまう。ただ今回は、少しの間だけ持ってくれればいい。相馬は頭の中でイメージする。小石はそこにあってそこにない。今、手の中にあるものは、小さな鉛玉。そして相馬の手の中にあった小石は小さな鉛玉に姿を変えた。
「まずは一つ、ね」
ユーリは一つ小さく溜息をつく。第一段階は成功した。しかし相馬には安心していられる余裕はない。気を抜くと鉛玉の状態を維持できないように思えてならなかった。
相馬はそれを右手の人差指と中指で摘まみ、前方に向けた。そしてイメージし易いように親指を立てる。これは、指で作る銃の形だ。
相馬が思い浮かべたのは、拳銃だった。風より速く、弓矢より速く、そして物理的な攻撃。相馬がジーナへ来て見た、文明というものは地球の方が遥に進んでいた。機械や道具より人々に浸透しきっている精霊術。戦場においても精霊術がはびこっているならば銃のような武器が発明されていないことも想像がついた。思っていた通り、ユーリとアルルも銃のことを知らなかった。ジーナの精霊術を越えられるものは、別の世界から来た相馬の精霊術なのだ。
相馬が次に展開するは風霊術。これでイメージするのは銃身。鉛玉を収める外郭だ。これで照準も定める。相馬は風で右手を覆い、指先から細長く風の道を作り上げた。
「す、すごい! ソーマくん! これだけでもすごいよ!」
相反する風霊術と土霊術。この二つを同時に展開できるのは相馬だけだ。ジーナで一般的に知られている精霊術は、相反する属性の精霊術を使おうとすれば精霊術師自身が術を打ち消してしまう。
しかしまだ、これだけでは足りない。
次に展開するのは水霊術だ。これは発射の衝撃から己を守る防御壁として使う。相馬の全面、そして右腕全体を水の膜が覆う。
「ぐっ……くっ……」
しかしこれが安定しなかった。水の膜を張ろうとすれば、風の銃身が揺らぐ。
「も、もうちょっとなのに……。頑張って、ソーマくん」
アルルが不安そうに見つめる。そこで先の戦闘にも変化が起きた。
「ナタリー!」
夜空に飛び交っていた聖拳が突如一斉に消え去った。空中ではアドルフが肩で息をしている姿が見え、地上ではナタリーが膝をついて息を荒げていた。ナタリーに限界が来たのだ。アドルフは空中から直滑降し、そのままの勢いでナタリーに切りかかる。ナタリーはそれを絶対障壁で防ぎ、一振りの聖拳でアドルフとの距離を取った。
「ぐっ……くそっ」
「あんたは集中してなさい! アルル! 行くわよ!」
「りょーかい! ソーマくん、信じてるからね!」
ユーリとアルルはナタリーの元へ加勢に飛び出して行った。二人は遠距離から次々と精霊術を放ち、アドルフをその場に足止めしようとする。しかしアドルフに精霊術をかき消されながら攻勢に出られ、お互いにサポートしながらアドルフの攻撃を防いでいた。
「くそっ、早く、早く……ッ!」
焦りが相馬を襲う。焦れば焦るほどに集中力は乱れ、鉛玉すら姿を歪めようとしていた。
「だあぁっ! めんどくせえ!」
やはり無理だった。四つの精霊術を同時展開させるなど器用なことはできなかった。しかし二つはできている。これに、あと一つくらいならどうにかなる。その一つは一瞬だけでいいのだ。
相馬はもう水の膜を張ることを諦めた。あとのことは知らない。どうにでもなれだ。
鉛玉の姿を安定させ、風の銃身も安定させた。その右手をアドルフに向ける。
「アドルフーーーー!!」
全力で叫ぶ。
アドルフはおろか、仲間の三人もこちらを振り向いた。
そして相馬の最後の仕上げだった。右手の中で展開させる火霊術。イメージは容易い。その場で起こす爆発だ。相馬は右手のひらで爆発を引き起こした。その爆発は風で作り出した銃身の中で暴れ、逃げ場を求めるように鉛玉を弾き飛ばす。鉛玉は風の細道を通り、照準通りに高速でアドルフに向かって飛んだ。
しかし、アドルフはそれにすら反応した。ただ、反応したのはアドルフの左手、霊剣クルスだ。アドルフが見誤ったことは、相馬からの攻撃が精霊術だと思ったこと。考える前にそう体が反応してしまったことだ。なぜならばそれが相馬が起こした爆発から飛び出して来たものだったから。
アドルフの正確な太刀筋は鉛玉を捉えた。そこで鉛玉は土霊術の効力を失い小石に戻る。
「がっ!?」
しかし小石自体は精霊術ではない。ただの小石。ただ、風をも超える速度で飛翔してきた小石だ。その一瞬とも言える速度でアドルフの元に辿り着いた小石は、アドルフの霊剣クルスを弾き飛ばした。
「今!」
ユーリはその好機を逃すことなく、アドルフの周囲を風で覆い尽くした。
「アルル!」
「あいやーい!」
アルルはその風のカーテンに火を放つ。風はたちまちに火を飲み込み、アドルフを炎の壁が取り囲む。
「チッ」
アドルフが逃れられる場所は上空だけだった。霊剣クルスを失ったアドルフは全身に風を纏い、宙に飛び上がる。しかしそこに待ち受けていたのは同じく風を纏うユーリだった。
「……まいったね」
アドルフは諦めたかのように自嘲気味に笑った。
「お仕置きの時間よ。便利屋さん」
ユーリは風を放つ。アドルフの纏う風すらも吹き飛ばす豪風だ。アドルフはその風を受け、そのまま地面へ叩きつけられた。
「がぁっ!」
ユーリは下降しながらもう一度風を放ち、周囲の炎を吹き飛ばす。そして水霊術でツララを作り出し、アドルフの服に狙いを定めて放ち、アドルフを地面に磔にした。
その磔になったアドルフの胸元にちょんと何かが触れる。
「にへへ。ちぇっくめいとだね。泥棒さん」
アルルが笑顔で脇に立ち、その手には霊剣クルスが握られていた。そしてそれをアドルフに押し当てている。アドルフの動きも精霊術も封じ、これで勝敗は決した。
ふわりと風が舞い、ユーリが降り立つ。
「風でクッションを敷いてあげたから、意識はあるはずよね?」
ユーリはアドルフを見下ろして、様子を窺う。アドルフはしばし地面に叩きつけられた苦痛で顔を歪めていたが、磔になっている体とそれに押し付けられている霊剣クルスを見て深く溜息をついた。
「まいったよ、降参だ」
そこでユーリはようやく安心したように表情を緩めた。
「まったく、霊剣士と呼ばれただけはありましたね」
ユーリの影からひょこりとナタリーが顔を覗かせる。
「それで、手紙はどこにあるのですか?」
「さてね。好きに調べな」
その言葉に三人が三人とも顔をしかめた。調べることは簡単だ。身包み剥いでしまえばいい。しかし相手は男だ。その体をまさぐるなど、気が進まない。
「わ、わかったわよ。アルル、お願い」
「ええっ!? わ、わたしはいいよぅ。ナタリー?」
「死体ならまだしも、生きている男性の体を調べるのは私も……。この役目はユーリにお譲りします」
「ア、アルル」
「ナ、ナタリーどうぞ」
「そもそもユーリが財布を盗まれたのがこうなった原因でしょう」
「うっ……」
アルルとナタリーの視線がユーリへ向けられる。押し付け合いは多数決で決した。
「もうっ、わかったわよ! なんだってあたしがこんな……」
ユーリは仰向けになったアドルフの体を見据え、生唾を一つ飲み込んだ。男に対して免疫がないユーリにとってこの行為は敷居が高い。二人が嫌がったことで余計に気が引けている。殴る蹴るの行為ならば何も遠慮することはないのに。
「そ、そうだ!」
ユーリの表情が輝いた。良い考えが浮かんだ。
「ソーマにやらせましょう! あいつなら問題なしよ!」
男同士なら何も気にすることはあるまい。それがユーリの出した答えだった。正当な理由だと自分に言い聞かせる。
ユーリはさっそく相馬を連れて来ようと周囲を見渡す。しかしその姿が見当たらない。宵闇のせいもあるだろうが、探さねばならないほどこの場所は広くない。
「どこ行ったのよ、あいつ」
さらに目を凝らして注意深く探してみる。相馬が最後に精霊術を使った場所、そこにも人影は見当たらなかった。
「あれ……?」
しかしその場所で何かを見つけた。相馬ではない、人ではない、小さな何かが落ちている。周りの建物は傷つけていないから瓦礫ではないようだ。ユーリは探るようにゆっくりと宵闇を進み、その落ちていたものが何かを認識して、顔を青くした。
「う……で……?」
そこに落ちていたものは人間の腕。焼け焦げた赤黒い肉が異臭を放っている。そしてその先に、横たわる人影を見つけた。
「ソー……マ……?」
恐る恐る、近付く。そこに横たわっていたのは紛れもなく相馬だった。その相馬の、右腕がない。先がなくなった肩口からは血が止めどなく溢れ出ている。体のいたるところにも裂傷があった。
相馬が展開した精霊術は傍目から見ると成功していた。ただやはり、相馬自身においては失敗だった。爆発の威力を調整できなかったのだ。鉛玉を飛ばしたあと、風の銃身はその場で破裂し、それは風撃といくつもの風の刃を生んだ。そして殻を破った爆発は相馬の体を吹き飛ばし、右腕を焼き千切り、焦がした。そのうえ相馬自身は風の刃をその身体に受けてしまっていたのだ。
「ソーマ!!」
ユーリはすぐに駆け寄り、右腕のない相馬の身体を抱き起こした。お気に入りの服に血がつくことも厭わず、必死で呼びかける。
「ソーマ! ねえしっかり! ソーマ! 聞こえる!? ああなんてこと……! ナタリーーーーッ!!」
ユーリはすぐに応急処置として癒しの水霊術を相馬の右肩に施す。しかし回復は専門外だ。ある程度はできるとしてもナタリーの力が必要だった。相馬は意識がなく、呼吸はしているものの今にも途絶えそうなほどに弱々しい。
「何事です!? ――ソーマさん!?」
駆けつけたナタリーはすぐに状況を理解して相馬の右腕を拾い上げた。その右腕を相馬の肩口に当て、光魔法を使う。
「治恵の手」
この光魔法は傷を瞬く間に治してしまう最上級の回復術だ。ただし、欠点が一つある。治す対象の痛みを使用者がある程度肩代わりしなければならないのだ。
「あうっ……!」
相馬の右腕は繋がり、火傷の痕も消えた。その次の瞬間にナタリーは右肩を押さえ苦痛に顔を歪める。額には脂汗が流れ、ふらつく足を抑えるのに必死だった。ユーリはその様子を見て困惑の表情を浮かべた。
「ナタリー、まさか昨日のあたしの傷も……?」
ユーリは昨日の戦いでビオムサルワの熱線を抜ける際に足を焼かれた。その傷もナタリーの光魔法によって完治した。
「痛みは、じきに消えますから」
やわらかく笑うナタリーを見て小さく驚いたユーリは微笑みを返した。
「やっぱり、ナタリーは光魔法を使うべくして『慈愛のアンバー』を手に入れたのよ」
光魔法の記憶が詰まった『慈愛のアンバー』に秘められた本質は愛情。もはや疑うことはない。ナタリーだからこそ光魔法が使えるのだ。
光魔法で腕を繋ぎ、あとは水霊術によって傷を治していく。
「傷は癒えました。あとはそっと寝かせておいてあげましょう。相当、無理をさせてしまったようですね」
「そうね。よくやってくれたわ。ナタリーも、ね」
「私はそれほどでも。しかし、それをソーマさんに聞かせてあげたいですねぇ」
「な、なによそれ」
「まあいいでしょう。それではユーリ、アドルフ・ベスターの身体検査をお願いします。ソーマさんはこんな状態ですから」
「……目覚めの光魔法ってないの?」
ユーリは嘆息しながら相馬をそっと寝かせ、アドルフの元に戻る。そこにはアルルがそわそわした様子で待っていた。霊剣クルスをアドルフに押し当てているので駆けつけたくても行けなかったのだ。
ユーリは服に染みついた血を見て驚くアルルに相馬の容態を説明して、手紙探しを開始した。戸惑いながらアドルフの懐をまさぐり、何の苦労もなく手紙を発見した。拍子抜けしたが今日一番安心できた瞬間でもあった。
「さて、と」
ユーリは手紙をポケットにしまい、今一度アドルフを見下ろした。
「どうしようかしら、こいつ」
「ねぇ。どうしちゃおっか」
「妥当な提案としては口封じですが……」
アドルフに手紙を読まれてしまい、旅の目的もシャムセイル学院で起きた惨劇のことも知られてしまった。悪魔や〝境界線戦争〟のことは絶対に漏らすことができない情報だ。このままアドルフを野放しにするわけにはいかなかった。
「ドグマキャリアまで連れて行ってそこで監禁でもしてもらおうかしら」
そこでここまで黙り込んでいたアドルフが口を開く。
「おいおい勘弁してくれ」
三人は顔を見合わせ、同時に溜息をついた。
「あんたが手紙を読んでなくったってどのみち衛兵には突き出すつもりだったんだから」
「泥棒はいけないことだからねー」
「落ちぶれたものですね、霊剣士」
やれやれと首を振る。困ったことだ。
「まあそう言うなって。一つ俺に考えがあるんだが、どうだろう、お三方」
「あんたが意見できる立場にあると思ってるの?」
ユーリは鼻で笑い、一瞥するだけだった。
「ならいいぜ。衛兵にでも突き出しちまえば、俺はおたくらのことやその他もろもろ洗いざらい喋っちまうがな」
「やはり今すぐ口封じしてしまうべきでは? 火葬はアルルに任せるとして」
「や、やだよぅそんなの」
「ハハッ、光魔法ってありがたい力使う割には物騒な坊やだな」
ナタリーの動きは素早かった。瞬時にアルルの持つ霊剣クルスを奪い、アドルフの腹に向けて振り下ろした。
「おふっ!?」
「私はれっきとした女です。乙女です。レディーです。その軽い口に毒薬でも流し込んで二度と喋れなくしてあげましょうか? 味は保証します。オリジナルブレンドです」
「あ、ありがたいが、遠慮しとくよ、じょ、嬢ちゃん」
ユーリとアルルは悟った。愛情と慈悲は別物だ。二人はすでにナタリーから一歩距離を置いていた。
「こ、こほん。言ってみなさい、アドルフ・ベスター」
ユーリは咳払いを一つ、ナタリーをなだめるようにして、アドルフの提案を聞くことにした。どのみちこのままでは収集がつかない。
「俺を用心棒として雇うってのはどうだい? そうすりゃ俺はおたくらのそばにいるわけだし、俺の腕の方はわかってるだろ? 役には立つと思うぜ」
ユーリは呆れたように溜息をついた。
「あんた、あたしからお金盗っておいてよくそんなこと言えるわね。第一、あんたのことはこれっぽっちも信用できないわ。いつ裏切るかわからないもの」
「絶対に裏切らないものってわかるかい?」
「仲間よ。あたしの仲間。大切な仲間」
ユーリは問いに迷うことなく答えた。それをアドルフは馬鹿にするように笑う。
「ハッハハハッ! まだまだガキだねぇ」
「なんですって!?」
「絶対に裏切らないもんってのは金だよ、金。んなこと大人になりゃ誰だってわかるもんだ。ってなわけで、俺と仕事の契約しなよ。何だってするぜ? こっちは大陸中を転々としてたんでな、世間っつーのもおたくらよりは知ってっし。感じるところ、おたくらは旅するには危なっかし過ぎる。世の中にゃ悪い奴ってのは腐るほどいるんだ」
「あんたのような奴がね」
「ハハッ、違いねえ。だけど金次第じゃ良い奴にも悪い奴にもなる。要は雇い主次第ってわけさ」
ユーリは苦い顔をして、アルルとナタリーに目を向ける。アルルは苦笑を浮かべ、ナタリーは一つ考え込んだあと、頷きを返した。
「わかったわ。あんたと契約する。その代わり、霊剣クルスはこっちで預からせてもらうから」
「ああ、それで構わねえよ」
そしてアルルがアドルフの動きを封じていたツララを溶かし、アドルフは体の具合を確かめるようにゆっくりと立ち上がった。
「いつつっ。何よりも腹が痛え」
「それで、いくら必要なの?」
「ああ、金な。もう頂いてる」
にやりと不敵に笑ったアドルフはズボンのポケットからユーリの財布を取り出し見せた。
「あっ! それあたしの!」
「ほらよ」
アドルフは財布の中身を根こそぎ抜き去り、空になった財布をユーリに投げ返した。
「ちょっと! まさかそれ全部ってわけ!?」
「ったりめーだろ。契約はおたくらの目的が達成されるまで。安心しな。俺の旅費とメシ代込みで頂いてるからよ」
「こっ、こいつ……ッ!」
「それによ、今までの雇い主に迷惑料ってのも払っとかねーとな。明日の分の稼ぎくらいは置いて行ってやらねーと」
アルルとナタリーは今日何度目になるかわからない深い溜息をついた。
「お金は裏切らないってことだね」
「食えない男ですね」
「誠意だよ誠意ー。大人の付き合いをわかっちゃいないなキミたち」
こうして、旅の初日にして新しい仲間が加わることになった。
霊剣士アドルフ・ベスター。
かつて帝国でその名を轟かせた剣士である。
考えようによっては頼もしい用心棒である。霊剣クルスを扱うアドルフに対して今までの三人だけでは太刀打ちできなかった。
戦況を覆したのは相馬の閃きと精霊術によるものだった。三人は改めて相馬の持つ力の潜在能力の高さと相馬の可能性を見たのだ。
その相馬の体を優しい風が包む。
「せめて宿のベッドまでは、あたしが面倒見てあげるわ」
ユーリは相馬の右腕をそっと撫でる。
そして今一度、相馬が眠っているかどうかを確かめた。
「あんまり心配させないでよね」
その呟きを隠すように、爽やかな夜風が吹いた。