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霊剣士 Ⅱ

「精霊術師殺し……」

「そうさ。おたくらみたいな奴ばっか相手してたらそんな名がついちまった」

 アドルフは一振り二振り、霊剣クルスをその場で振るう。見た目では何の変哲もない木剣だ。しかしそれに秘められた力は本物だった。ユーリが放った精霊術はたしかに霊剣クルスによってかき消されたのだ。

「……悪趣味な名前ね」

 ユーリは小さく呟いて、不意に風の刃を放つ。アドルフはすぐに反応してそれを霊剣クルスによって消し去った。

「無駄だよ。そっちが精霊術師だってんなら、おたくらに勝ち目はない」

 アドルフの方から仕掛けて来る様子は見受けられなかった。あまり目立ちたくないのかもしれない。アドルフの仕事上、なるべく素性は知られない方がいいに違いないのだから。

「確かめただけよ」

 ユーリは薄く笑ってみせる。

 やはり精霊術は霊剣クルスによって消されてしまった。

 問題は、どの程度までの精霊術に霊剣クルスが耐えられるかだ。

「ユーリ。どうしよう……」

 アルルが心配そうにユーリのもとへ寄って来た。これまで困難な状況を打開してきたのはユーリの出す指示のおかげだったから。二人ならどうにかなるかもしれない。

「……そうね。アルル、一つお願いがあるの」

 アドルフに聞こえないように小声で言う。

「全力の攻撃術をあいつにぶつけてちょうだい。それまで通用しないようだと、普通にやりあっても無駄ってことだから」

「じ、実験台!?」

「精霊術の威力ならアルルが一番だもの。頼りにしてるの。やってみて」

「うう~、大丈夫かなぁ? 下手するとあの人死んじゃうかもよ? いくら悪い人でもそれはやだなぁ」

「いいからやっちゃって。あたしの術だって最初はかわしてたんだし、危ないと思えば避けるわよ…………きっと」

「無茶苦茶だぁ」

 そう言いつつも、アルルは渋々アドルフに向き直る。

「あの、泥棒さん。危ないと思ったらよけてね?」

 そしてアルルは巨大な物体を抱えるように両手を大きく横に広げる。アルルが唸るように声を上げると、その広げた両手に抱えられるように、家一軒は飲み込んでしまいそうなほど巨大な火球が出現した。

 それを見た相馬とアドルフが揃えて声に出した。

『おいおい、マジかよ……』

 相馬とアドルフは火球を見上げる。辺りを明るく照らす、目の前に太陽が降りてきたのかと思わせるような火球。相馬とアドルフの違いは、その夜の太陽が味方か敵かということだ。

 相馬とアドルフの目が合う。相馬は口だけを動かして呟いた。

 さようなら。

「これがっ、わたしのぉっ、全力っ――」

 アルルは火球を持ち上げるようにして、叫ぶ。

 その様子を見ていたユーリはハッと気が付いたように呟いた。

「アルル、もしあいつがよけたら、後ろの宿屋は全焼よ」

「――だぁぁぁっ!? って投げちゃった! 投げちゃったじゃんユーリ!? もっと早く言ってよ! 受け止めて泥棒さん!」  

 火球はアルルの頭上から放たれ、緩やかな放物線を描くようにゆっくりとアドルフに迫る。これは威力を重視した精霊術だ。速度までは考慮していない。が、それがかえって恐怖心を煽る。

「やれやれ。随分と情熱的だなお嬢ちゃん。愛の告白ならもちろん受け止めてやるんだが――」

 アドルフは霊剣クルスを一閃。巨大な火球は跡形もなく消え去り、辺りにはまた宵闇が訪れた。

「生憎とこいつは消し去ることしかできなくてね」

 唖然。

 アルルと相馬は口をあんぐりと立ち尽くしていた。一瞬だった。一瞬で小さな太陽が消し去られてしまったのだ。

「なるほどね」

 そして面白くなさそうに口にするユーリだった。

「だから無駄だって。確かに今のやつにはビビっちまったけど、どんな精霊術だろうがこいつは触れただけでそいつを消しさっちまうのさ。いやー、それにしてもあんたら、相当の使い手だな。初めて見たぜあんなでっかいもん。だがな、それもオレには通用しねえ。精霊術じゃ、な」

 アドルフは意味深に笑う。

「あんたに通用しないわけじゃないわ。その剣に通用しないだけよ」

 アドルフは少しだけ目を丸くさせる。そしてその意味を理解したアドルフはすぐに楽しそうに笑った。

「二人がかりなんて悔しいけど、アルル、こうなったら肉弾戦よ。あいつの懐に潜り込んでゼロ距離から精霊術を放つのよ」

「肉弾戦かぁ。最近精霊術に頼りっぱなしだったからどうだろう」

 ユーリは風を纏い、アドルフに向かって飛ぶ。アルルは足元を爆発させてそれを瞬発力として突っ込む。

「ククッ。お次はそれかよ。もしかしてどっちも違うのかい? ま、いいや。楽しくなってきた」

 アドルフは無邪気な笑みを浮かべて身構える。霊剣クルスを左手で前へ、右手の剣を高く構える。精霊術を霊剣クルスで払い、右手の剣で向かって来る相手を切る。精霊術師相手に隙のない構えだった。

 ユーリももはや実力を隠すことはしなかった。しかし攻撃術を放っても通用はしない。霊力を集中させるのは纏う風。アドルフの周囲を縦横無尽に飛び回る。目で追うのがやっとの速さだ。

 アルルは地上を駆ける。足元の爆発を加速力とした直線的な動き。読まれやすい動きではあるがその場に留まらないために、よほどの反応速度がなければその動きには反応できないだろう。下半身はおろか全身への負担がすさまじいがアルルは駆けた。

 しかし、それはどちらも常人にならば通用する話しだった。

「結局、最後にはそうなるんだよなぁ。けれど、オレは矢だってとらえられるんだぜ?」

 アドルフはアルルの動きを先回りし、足をかけた。

「ふにゃあっ!?」

 結果、アルルは派手にこけた。

「アルル!」

 そのアルルを拾い起こそうと飛んできたユーリにアドルフは霊剣クルスを軽く当てた。

「きゃああっ!」

 結果、ユーリの纏う風は消え去り派手に墜落した。と言っても低空だったので派手にこけた程度だったが。

 アルルに向かっていたユーリはアルルも巻き込みごろごろと絡み合いながら転がる。体を起こした二人はどちらも目を回しており、四つん這いになりながらその場を彷徨うようにぐるぐると回る。

「はっはは! ケッサクだ! このままそのダンスを見ていたいところだが、どうやらあんたらは違うみたいだからな。少し寝ててもらおうか」

 ようやく目眩が治まってきた二人をアドルフの霊剣クルスが襲う。強力な精霊術師相手には並みの武器は通用しない。普通の剣ならば炎で溶かされ、風でいなされる。しかし霊剣クルスならば精霊術による防御術をも消し去りながら攻撃できる。まさに霊剣クルスは『精霊術師殺し』なのだ。

 しかしアドルフが振り下ろした霊剣クルスはユーリたちに届くことはなかった。

 鈍器で金属を打ち付けたような音が辺りにこだました。

「こいつは……ッ!」

 アドルフは小さく驚愕の声を上げる。

 ユーリとアルルを、光り輝く障壁が覆っていた。ありとあらゆるものを弾く、絶対障壁。

「遅くなりました。宿に戻ってもいなかったので探しましたよ」

 光魔法の使い手、ナタリー。黒いローブを揺らし、街の中からゆっくりと姿を現した。

「ナタリー!」

 ユーリとアルルが歓喜の声を上げると同時、ナタリーは氷の刃をアドルフに向かって飛ばす。アドルフはそれを軽く打ち払った。その隙にユーリはアルルを抱えて飛ぶ。

 三人が合流する。ここにシャムセイル学院最強パーティが終結した。

「お二人とも、砂埃と擦り傷がひどいですね」

 さっそくといったようにナタリーは二人に癒しの術を施す。ユーリとアルルは手足を確認するように動かし、頭を数回振ってその場で飛び跳ねた。うん、真っすぐ立てる。

 そこに傍観者となっていた相馬も加わった。

「ナタリー、俺も殴られたり壁にぶつかったりしたんだけど……」

「二人が危ないところをただ見ていたソーマさんには精霊術はかけてあげません」

 どうやらナタリーはご立腹のようだった。それに対して相馬は何も言えず、ただ肩を落とすばかりだった。

 実際に、相馬は二人が飛び回り、駆け回っている間はただ見ているだけしかできなかった。二人がやられそうになったときも目を瞑ってしまった。相馬は思う。情けない。みんなのことを守ると言っておきながらまたこれだ。体を張ってでも盾になるくらいはできた。ナタリーに窘められたことも仕方がない。

「ですが、相手が相手です。無事だったことだけ褒めてあげます」

 ナタリーは小さく笑って相馬に精霊術を施す。意外そうな顔をしたのは相馬だけではなかった。

「あいつ、気をつけて。あたしたちの精霊術が全部消されちゃうのよ」

「ええ、わかっています」

 ユーリは怪訝そうな顔をして相馬、アルルと顔を見合わせた。

「聞きこみをしていて思い出したのです。私たちの天敵――」

 ナタリーはアドルフに鋭い視線を向ける。

「〝霊剣士アドルフ・ベスター〟」

 その言葉に真っ先に反応したのがアルルだった。

「霊剣士? あの人は精霊術師殺しだって言ってたよ」

「精霊術師殺し……?」

 不意に、アドルフが自嘲気味な笑い声を上げる。

「ククッ、その名で呼ばれるのも懐かしいねぇ。そう呼ばれていたのは、多分おたくらがガキの時だったと思うんだけどな」

「今は〝精霊術師殺し〟ですか。随分と物騒な名で呼ばれているのですね」

「さてね、剣士なんて呼ばれるよりかはよっぽど性に合ってる。今やしがない便利屋さ。気楽でいいぜ?」

「それでも窃盗まで行うとは。落ちぶれたものですね、元『帝国軍特務執行隊隊長』さん」

「帝国軍!?」

 ユーリは驚愕の声を上げ鋭い眼差しをアドルフに向ける。アドルフは薄い笑みを浮かべ、目を細めた。ナタリーの言葉に顕著な反応を見せる。それは意外そうな顔にも、愉快そうな顔にも見えた。

「へぇ。どこで特務執行隊の名を聞いたんだい? そっちは表沙汰にはならないようにしてたんだがなぁ」

「私は情報通なんですよ。十二年前のニコディア戦争で暗躍しつつも名が知れ渡った剣士。調べていけばおのずと特務執行隊へ辿り着きました。それはいいのです。そんなことよりも、〝しがない便利屋〟のアドルフさん。ご相談があります」

「相談? 悪いが仕事の依頼以外は受け付けてねえんだ」

「……では、お願いです。あなたが盗んだお金は差し上げます。私たちもこれ以上あなたを追い回しません。その代わりです。あなたが盗んだ財布の中に手紙が入っていたんですよ。それだけは返してください」

「ちょ、ちょっとナタリー!」

 ユーリが身を乗り出して戸惑いの声を上げる。普段何を考えているのかよくわからないナタリーだが、ユーリにとって今の言葉の意味は全く理解不能といった様子だ。アルルも同様で疑問符をいくつも浮かべている。相馬もまた理解が追いつかない。

「た、たしかにあの手紙さえ戻ってくればいいけど、お金盗んだ奴が目の前にいるのにみすみす見逃すなんて……!」

「ユーリ、勘違いしてはいけません。見逃してもらうのは私たちの方なんですよ」

「そ、そんなの……」

 ナタリーの言葉は間違っていなかった。遠距離からの精霊術はアドルフに通用しない。かといって近づけばさきほどのようにあっさりとあしらわれてしまう。精霊術師のユーリたちには手の出しようがないのだ。

 ユーリはきつく歯噛みする。アドルフに対しての有効な攻撃としては霊剣クルスに触れないようにしてゼロ距離からの精霊術しかない。しかしそれはアドルフの脅威的な反応速度によって防がれてしまう。しかし、だからと言ってこのままやられっぱなしは癪に障る。

「相手は……悪魔でも何でもないのよっ!」

 ユーリは再び風を纏いアドルフに向かう。風弾で牽制しつつ、隙を窺う。

「ユーリ! ダメです! アドルフ・ベスターは――」

 ナタリーの声はすでにユーリには届かなかった。

 ユーリはアドルフの周りを飛び回りながら何度も何度も精霊術を放つ。風弾と風の刃を織り交ぜ、おまけに竜巻を発生させて軌道を予測不可能なものにする。しかしそれが精霊術ならば霊剣クルスに触れただけで消滅してしまう。アドルフはただ、その場で剣を振るっているだけでそれを防いでしまった。

「あーもう! うざったいわね!」

 そして最後には己自身による特攻しかなくなってしまうのだ。

 アドルフは迫るユーリを見据え、右手に持っていた剣を収めた。そして霊剣クルスを突きつけ、笑う。

「オレが霊剣士って呼ばれてたのはこのクルスがあるからじゃねんだぜ?」

 そう呟いて、アドルフの姿が――消えた。

 否、消えたように見えた。ユーリも目を疑ってしまった、高速の移動だ。ユーリが再びアドルフの姿を捉えたのは自分の後方だった。

「なっ!?」

「ほいっと」

 トンッと、肩を叩くように霊剣クルスをユーリに当てる。アドルフが後ろに現れたことで急制動したこたが幸いし、今度は足を痺れさせながらだが着地することができた。

「精霊術師……!」

「そうだよ。あんたと同じで風霊術師さ」

 地に降りたユーリを見下ろすアドルフ。その足元には風がせめぎ合うように吹き荒れていた。見ようでは風に乗っているとも言える。

「もっとも、あんたみたいに強力な精霊術は使えないけどな。あんたのように自在に飛び回れりゃいいんだが、どうもそこまで調整できなくてね。オレにはどうやら精霊術の才能ってやつがなかったみたいでな」

「その剣……それ持ってるのにどうして」

「あ? よく見てみろ」

 ユーリは目を凝らす。だが、どう見ても見た目はただの木剣だ。

「ここだよここ」

 アドルフは霊剣クルスの柄の底を二度三度右手で触った。

「えっ、まさか……」

「こいつは精霊術に直接干渉しないとその力は発揮できねえ。だからほら、オレは足の下にしか術は展開できねえんだよ。これがこいつの欠点であり、そしてそれが、オレにとって最強の武器になる」

 ただでさえ動きを捉えきれないアドルフに、さらに風霊術による速さが加わる。巧みな体捌きと剣術を兼ね備えた精霊術師。そして霊剣クルスによる精霊術の無効化。これが霊剣士と、精霊術師殺しと呼ばれる所以である。

「でさ、お嬢ちゃん」

 ユーリは呼びかけに答えなかった。唇を震わせ、きつく拳を握り締めている。

 これは、先日の再現なのだ。学院一の実力者のプライドをズタズタに切り裂かれる。悪魔ではない。人間の、同じ風霊術師相手に歯が立たない。悔しさで、怒りで、情けなくて、やり場のない気持ちを必死に抑える。みじめな姿を仲間に見られたくなかった。

 アドルフはそんなユーリに容赦なく追い打ちする。

「おたく、お呼びじゃないんだよ」

 反応を見せないユーリに風弾を叩き込む。

 無防備だったユーリはまともに風弾を受け、地面を転がりアルルたちのもとまで吹き飛ばされた。

「ユーリ!」

 すぐにナタリーが癒しの精霊術を施す。ユーリはゆっくりと身体を起こして、そのままうつむいてしまう。傷は回復した。しかし心に負ったダメージは大きい。旅の初めに立ちはだかった壁はあまりにも大きかった。

「ひっ、卑怯よ! ずるいわ! 自分だけ!」

 だけどそれでも気丈に振る舞う。ユーリはスッと立ち上がり、勢い良くアドルフを指差した。それに安心した顔を見せるのはアルルとナタリーだ。ユーリのリーダーとしてのプライドが僅かに心を踏みとどまらせていた。

「おい、あとから来た赤毛」

 アドルフはもはやユーリに興味を示そうとはせず、ナタリーに向けて言う。

「なんですかしがない便利屋さん」

「さっきのが光魔法ってやつかい?」

 全員が目を見開いて一斉に振り向いた。

「……読んだのですか」

「半信半疑だったが、どうしてどうして。受け止めやがったな、こいつの一撃。どうやら三人っていうのもおたくららしい。そっちの見習いは何者か知らねえが」

 四人の頭の中に手紙の内容が想像される。どうやら相馬の持つ力については伏せられているようだ。もともと相馬が旅に出るかわからなかったからそれは納得がいった。アンバーや〝境界線戦争〟のことも当然書かれてあるはずだ。その辺りは旅の前から予想できていたこと。

「過去の英雄の力、ねぇ」

 にやり、口元を歪めるアドルフ。

「みんな、あいつ黙らせるわよ」

 目的が微妙に変わった。手紙を取り返すことが最重要だったがその内容を知ってしまった人物が現れた。情報を漏らさないためにも逃がすわけにはいかなくなった。

「う、うん。でも……どうやって」

 アルルは不安そうにユーリを見つめる。黙らせるにもその方法が見当たらないのだから。

「どうにかするのよ」

「私が彼の相手をします。どうやらあの剣の効果は精霊術にしか通用しないようですからね」

「あ、そっか。あのビオムなんとかに使った光魔法でやっちゃえばいいんだね」

「残念ながら、あれは対悪魔用の光魔法なのです。人間相手にはダメージがありません。他にもいくつか攻撃魔法はありますが、おそらくはかわされて終わりしょう。ですから、私が相手している間に彼をどうにかする方法を考えてください。いいですか? ユーリ、アルル」

「わかったわ」

「ええっ!? あっ、う、うん!」

 それからナタリーは相馬を一瞥する。

「ソーマさんも、自分の持つ力を宝の持ち腐れにしないことです」

「あ、ああ……うん……」

 そして三人はナタリーを見送った。



 ナタリーはゆっくりと歩き、アドルフと対峙する。

「あなたの目的はなんですか? 逃げようと思えば三人を倒してでも逃げられたでしょう」

「あの坊やに見つかった時はそうしようと思ったんだがよ。あの金髪の、ユーリってお嬢ちゃんが来て気が変わった。もしかしたらおたくらの中の誰かかと思ったんでな。光魔法、知らねえ力だ」

「失われた力です」

「はっ、甦った力だろ」

「甦らない方がよかった。手紙を読んだあなたならわかるでしょう」

「興味ないね」

「そうですか。ですが私たちには世界を守るという使命があります。あなたが盗んだ手紙はそのために必要なものです。そして、内容を漏らさないように約束してもらいます」

「そうしてほしけりゃ力でねじ伏せな。御託は結構。相手してもらうぜ。光魔法の坊や」

 ナタリーの顔色が変わる。

「……今、何と?」

「あ? 来いっつったんだよ。坊や」

「…………い、一度ならず二度までも。制裁! 制裁制裁!」

 最初から全力全開のナタリーだった。自身の精霊力を限りなく高め、練り上げる。それは夜空に局地的な雲を生み出し、ツララの雨を降らせた。ナタリー渾身の怒りの水霊術だ。

「おわわわ……ッ!」

 アドルフはたまらずに右手にも鉄剣を構え、霊剣クルスと両方の剣で遅い来るツララを払っていく。しかしそれでは追いつかないと踏んだのか、アドルフは足元に風を発生させツララを払いながら精霊術圏外へ脱出した。そのまま宙に飛び上がり、ナタリーが生み出した雲を霊剣クルスで一閃。完全に消し去った。その隙を突き、ナタリーが次の手を仕掛ける。

「聖拳突き」

 巨大な光る拳。巨人の腕が現れたかのように思える太い腕。絶大な破壊力を持つ光魔法だ。それで地面を殴ろうものなら局地地震でも起きてしまうだろう。家など一振りで破壊できる。しかし、これは聖拳だ。破壊の拳ではなく、聖なる光る拳だ。正直、ナタリーはこの光魔法の記憶が脳裏に浮かんだ時、かつての英雄シリア・バンキルの趣向を疑ったが、なるほど、こういう時に使うのだ。憎き悪者を成敗するために。だから、こいつでアドルフを殴る。

 聖拳を霊剣クルスで受けるわけにはいかないアドルフは迷うことなく聖拳突きをかわした。

「チッ。ちょろちょろしやがるなです」

 顔を歪ませて舌打ちしたナタリーはアドルフに向けて何度も何度も聖拳を振るう。ブンブン、などと風を切る音は聞こえないが、一振り一振りが暴風を巻き起こしているように感じられるほど激しい攻撃だった。しかし風霊術の速さをも軽く見切るアドルフは楽々とその連撃をかわしてみせた。

「も一本追加です」

 聖拳二本目。まだまだアドルフは余裕だ。

「も一本」

 三本目。

「も一本」

 四本目。

「も一本」

 五本目。

「も一本」

 六本目。

「も一本」

 七本目。

「も一本。……オロチ。……ふふっ、完成です。伝説の大蛇が由来です」

 何とも禍々しいナタリー考案の新光魔法が完成した瞬間だった。もはや八本の聖拳は聖拳ではなく、全てがその拳を広げアドルフを捕まえようと縦横無尽に夜空を駆け巡っていた。

「ふふふ……。とっ捕まえて握り潰してやります」



「ね、ねえ、あれってナタリーに任せて大丈夫なんじゃない?」

「そ、そうかもしれないわね」

「怖ろしい奴だ、ナタリー」







  

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