6―テキタイシン―
全国屈指の高校生剣道大会「青龍旗」を間近に控えているこの時期。
4限まで無事終えると若葉くんに別れを告げ、即化学室を後にする。
途中部室に寄り、竹刀片手に体育館横の剣道場へと向かうと、すでに数名の人影が。2年の男子部員だ。
何の変哲もない光景。彼らが不自然な円を描いて、一か所にたむろしてなければ、の話だけど。
「ご、ごめんなさい……」
円の中心には怯えた少女。ただごとではない雰囲気だ。
ざっと見れば相手は4人。少ないほうだ。
「新しい遊びだな。私も混ぜてくれるか?」
間に割って入れば、ちょうど正面にいた男が顔をしかめる。
「何だお前」
「金髪……おい、こいつ紅林だ」
「紅林、だと?」
男の背後にいる3人の仲間は口々に肯定する。一目で私だとわからないなんて、とよくよく顔を見れば、思い出した。
目の前にいるのは、剣道部内で有名な乱暴者。城ヶ崎隼斗といったか。
部活に顔を出さないことのほうが多い、根っからの不良だ。私の顔を覚えていないのもうなずける。
「お前が校内で向かうところで敵なしっていう、あの紅林か?」
いぶかしげに頭のてっぺんから爪先まで見下ろされた末、
「ただの女じゃねえか」
と一刀両断。
「やめとけって城ヶ崎。見た目に騙されると命はねぇぞ!」
だから違います! 私そんなに怖くないし強くないです!
でもそんなことは言えないから、平静を装って質問する。
「お前たち、ここで何をしていた?」
「あぁ? 俺たちはただ、そこの女に指導をしていただけだ」
「指導?」
振り返ると、少女がビクンと身じろいだ。
小刻みに震える小さな肩は、ひどく頼りない。彼女は制服姿で、まして剣道部員ではない。練習でのトラブルとは思えない。
「備品の取り扱いが悪かったのか」
「そっちじゃねえ。コイツが余計モンを運び込んでやがるから、ジャマでしょうがねぇんだよ」
城ヶ崎は不満を並べ立てながら、隅に置いてある段ボールの山を指差す。
話を聞き、ああそうかと納得。
「――ふざけたこと言ってんじゃねぇ」
「……は」
私の剣幕に、城ヶ崎が口をつぐむ。
「もう帰っていいぞ」
「あ、あの……」
「気にすんな。あとは任せとけ」
「テメェ、何のつもりだ!」
戸惑う少女の背を押し、小さなそれが見えなくなったのを見届けた後、声を荒げる城ヶ崎と対峙をする。
「来週の頭から体育館を改修する関係で、用具の一部はこっちで保管することになったと、部活中に言われたからな」
「なっ……!」
困惑の表情を見せるその一瞬の隙を逃さず、城ヶ崎を見据える。
「人に指図するのは、ちゃんと部活に顔を出してからだ。今日だって気まぐれに思い立っただけだろう。
真っ当な剣道部員を語るつもりなら、もっと人間完成させてから出直してきな」
「黙ってりゃ好き放題言いやがって!」
元々頭に血が上りやすいタチなのか、私に掴みかかろうとしたところを、仲間たちに羽交い絞めにされる。
「やめろって城ヶ崎!」
「離せっ!」
「アイツだけはやめとけ! 相手が悪すぎる!」
抵抗するが、大勢の前では非力なもの。なす術もなく、取り押さえられてしまう。
「もう行こうぜ」
仲間に諭され、引きずられるように剣道場を出て行こうとする城ヶ崎が、ギン、とものすごい目力で睨みつけてきた。
「真っ当だと? それじゃあお前は真っ当なのかよ」
「――!」
……そう、私は不良。
本当は違っても、周りから見ればそうなんだ。
でも……それでも私は。
「私は、信念を持っている。
信念を持たない者は暴力に溺れ、暴力によって破滅する者たちだ。
真っ当な人間になれと言っているわけじゃない。何を言われたとしても、揺るがない信念を貫き通せと言っているんだ」
我ながら綺麗事を言ったと思う。
でもこれだけは言っておきたかった。
乱暴に振る舞うのだって、理由があるはず。
それに世の中、善人顔で悪いことをする人はたくさんいる。
だから彼らを否定したくはない。
私はそれを伝えたかっただけ。
城ヶ崎がじっと私を見据えている。
やがて、クシャッと髪を掻き回し背を向ける。
「……勝手に言ってろ」
彼が振り返ることはもうなかった。
誰もいなくなった剣道場で、私は1人息を吐く。
まだまだ弱い私はこんな言葉でしか伝えられないけど、この気持ち、伝わってるといいな。
「さてと! 今何時かな……って」
備え付けの時計を確認し、驚愕する。
思わず二度見してしまった。
「もう授業始まってる!?」