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【完結】夜空の琥珀  作者: はーこ
一章【新緑と陽だまりの編入生】
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5―ヒダマリ―

 

 これで円満解決……と思いきや、なんだか微笑ましい視線を感じるような?




「私の顔、ゴミでもついてる?」



「ううん、違うんだ。ちょっとね」



「ちょっとって、なに?」



「それは秘密」



「えーっ!」




 秘密にされると知りたくなる人のサガをご存じですか?


 ジーッと見ても、若葉くんは満面の笑みを返してくるだけ。


 受け流されたみたいで悔しくなったけど、まじまじと見つめたことで、あることに気がついた。




「ねぇ、若葉くんってさ……実は」



「うん?」



「結構、カッコいいよね」



「………………うん??」



「ごめんね、ちょっといいかな」



「え!?」




 前髪を少しだけ掻き上げてみると、幾房かがサラサラと額に落ちてきた。


 長いまつげは瞬きを忘れている。


 白い肌と艶のある黒髪は、女の私から見ても羨ましくなるほど。




「思った通りかも。背も高いよね。私から見て高いって、相当なことだよ?」




 苦笑話だけど、母の血のおかげで、私は色んなものが日本人より突出している。


 髪の色しかり、身長に至っては、確か170cm近くあったような気がする。


 ちなみに現在も成長中。これ以上目立ちたくない私泣かせの事態である。


 ……それはともあれ、今の状態だけでも若葉くんの眉目秀麗さがひしひしと感じられる。


 だからすごく頭をよぎっていることは、眼鏡を取ったらどうなるんだろう、という月並みな考えだった。


 気になる……すごく気になる。けどそれじゃあ、表面でしか若葉くんを判断していないって気もする。




「若葉くんは、外見以上に内面がステキだと思うな。地味だなんてこと、全然関係な、」



「紅林さん!」




 語尾と重ねて、若葉くんが声を上げた。




「チャイムが鳴ったけどいいの?」



「えっ、いつ?」




 気づかなかった。周りを見渡しても時計なんてシャレたものはこの部屋にはない。


 腕時計はしてないし、携帯は教室。




「11時35分。予鈴だね」




 そう言う若葉くんも腕時計はしていない。かといって、携帯を開いているわけでもない。


 窓際の若葉くんに歩み寄り、彼の視線を辿る。するとある教室の壁に掛けられた時計が見えた。でも、それだけ。




「若葉くんの眼鏡って高性能だねえ」



「え、どうして?」



「私には何時かなんて見えないもん」




 これでも一応人並みの視力はあるはずなんだけど、針がどこを指しているのかまでは、よく見えない。




「ああ……カンだよ。かけたら普通の視力は出るから。ボヤけて見えるくらいで大体何時かなーって当てるんだ。


 それより、急いだほうがいいよ!」



「…………」




 なんか、おかしい。


 今まで落ち着いていた若葉くんが、急に取り乱し始めた。




「行こう!」




 手首をガシッと掴まれ驚いた私を、若葉くんは半ば引きずるようにして歩き出す。



「若葉くん! 次の授業化学だよ! 化学室の場所、わかる!?」



「あ……」




 若葉くんが急に立ち止まった。


 自分の力で歩いているわけではなかった私は、操縦を失い静止し損ね……そのまま慣性の法則に従って、前へと倒れ込む。




「わっ!」



「紅林さんっ!」




 ……何が起きたのかわからなかった。


 大きく揺らいだ身体をなにかが包み込み、一瞬だけ、ふわりと浮いたような感覚。


 けれども落下は止まらず、どんどん床が迫ってくる。




(ぶつかる……!)




 衝撃を覚悟した直後、何かが打ちつけられる鈍い音を聞いた。金属のようなものが飛び跳ね、止まった音もした。


 予想していた衝撃は、いつまで経ってもやってこない。


 恐る恐る目を開いてみると……違う意味で衝撃を受ける。


 私の下に若葉くんがいた。じゃあ、さっきの音は……!




「若葉くんっ、大丈夫!?」




 急いで上から退き、真っ青になりながら呼びかける。


 若葉くんは苦痛に顔を歪ませていた。当然だ。堅い床に、あれほど思いっきり頭を打ち付けたのだから。




「ごめんなさい、私……っ!」



「……だいじょうぶ、だよ。平気」




 頭を押さえながらも起き上がる若葉くん。幸い言葉がハッキリしていたから、ホッと胸を撫で下ろし……そのまま固まった。


 私が座り込んでいるすぐ傍に、眼鏡が落ちていたからだ。


 反射的に顔を上げると、やはり彼は眼鏡をしていなかった。


 が、そんなことは些末なほど、衝撃の新事実が明かされることになる。



 若葉くんの瞳がゆっくりと開かれる。



 長いまつげから覗いた瞳が最初に床を見、やがて目の前の私へと視線を移す。



 言葉を失ってしまった。



 じっと見つめてくる双眸が今までの黒目ではなく、新緑の森を髣髴とさせるような、深い緑色をしていたのだ。




「――っ!」




 若葉くんは弾かれたように辺りを見回し、眼鏡を見つけると急いで手を伸ばす。




「え……」




 一瞬のことだった。


 定位置に収まったレンズ越しに見た瞳は、元の黒目だ。




「ごめん、驚かせて。……変な色、だったよね」




 自嘲気味に若葉くんは笑う。


 ……外国では、青や灰色なんていうのはあるけど、あんなに深い緑色なんて聞いたことがない。


 ビックリはした、けれど。




「そうかな」



「え?」



「青々とした葉っぱみたいで、若葉くんにとっても似合うと思う。隠してるのが勿体ないくらい」




 とか何とか1人でうなずいてると、若葉くんが目を丸くしていた。




「あっ! また私1人で盛り上がっちゃったね。ごめんっ」



「いや……ビックリしただけ。そんな風に言われたことないから」




 少しの間ためらっていた若葉くんは、意を決したように口を開く。




「生まれつきの特異体質なんだ。


 僕の目、光の反射角度で色が変わるらしいんだけど、普段はわからないようにこの眼鏡をかけてる。


 反射角度を一定にして、いつも黒に見せてくれるから」



「その眼鏡に、そんな重大な役割があるとは……じゃあ、視力は?」



「実は普通の人よりいいんだ。これも伊達だし」



「さっきの時計はそれで……そっか。大丈夫! 言いふらしたりしないから、安心して!」




 生まれつきの体質。形は違うけれど私の髪と同じ。


 あからさまな好奇の視線を向けられるのは好きじゃない。若葉くんもたくさん嫌な思いをしてきたのだろう。


 その気持ち、私にもわかるよ。わかるからこそ、不快にさせるようなことはしたくないって思ったんだ。




「そだ、授業始まっちゃうね。急ごっか若葉くん!」




 今度は私が若葉くんの手首を取る。


 ちょっと驚いたみたいだったけど、若葉くんは笑ってくれた。




「紅林さん、ありがとう」



「いいよ。だってお互いさまでしょ?」



「……うん」




 そのときの笑顔といったら、蕾がほころんだみたいに温かかった。


 これも、窓から射し込む陽だまりのせいだったのかな?

 

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