4―ヤクソク―
やって来たのは教室棟の一番端にある資料室。人影は少ないものの、日当たりはいい。まあそれはともかく。
「さてと……若葉くん、大丈夫だった? すごい悪口言われてたけど自覚してる?」
「うん」
ホントに!? 悪口を言ってきた相手と一緒に笑ってたと思うんだけど!
と、すぐそこまで出しかけていた言葉を、真面目な若葉くんの表情を前にして、飲み込んでしまう。
「平気。ちゃんとわかってるよ。あの人たちの悪意も、自分がどれだけバカにされていたのかも。
挑発に乗りたくなかったからああやって返したけど、まさか、紅林さんが間に入ってくるなんて思わなくて」
「……!」
若葉くんは、自分の置かれている状況がちゃんとわかってた。その上で、どう乗り越えるべきか考えていた。
ということは、私のしたことって、余計なお世話……。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの」
「だって、勝手に割り込んで騒いじゃったから」
早とちりで困らせてしまった。これじゃあ、ただのおせっかいの押し売りじゃない。
「そんなことないよ。紅林さんが来てくれて嬉しかった。僕、地味なのは変わりないから。
紅林さんみたいに仲良くしてくれる人がいると、こんな僕でもいいんだって思えるんだ」
「ううんっ! 若葉くんは全然地味なんかじゃなくて……」
「……ありがとう」
まただ。どうして若葉くんは、私に笑顔でお礼を言うのだろう。
「私はね、若葉くんが思ってるほどいい人じゃないよ。
さっき割り込んだのも、話があってたまたま居合わせたからやっちゃったようなものだし」
「僕に、話?」
「私のこと……黙っててもらおうと思って。
最初に会ったときも、さっきも、私の口調を聞いたでしょ?
私、この学校では不良で通ってるの。こんな髪の色だし、怖いからさ。素の部分だけは、誰にも見られたくないの」
入学してから、もう1年以上経ってしまった。今さら「違う」と言っても信じてくれる保証はない。
みんなにとっては、あの姿が〝紅林瀬良〟
これから平穏に暮らすためにも、素顔を知られないことが必須条件なのだ。
「金髪はイギリス人のお母さん譲りなの。
だけど顔はお父さんに似ちゃったから、目は茶色いし、鼻は低いし……ハーフに見えないし」
きっかけは本当にささいなこと。
だけどウワサはウワサを呼び、結果として怖がられるようになった。
周りと合わせていかなければ、私は生活できない。
「だから、黙っててもらおうと思って探してたの。あんなことになったけどね」
「紅林さん……」
「なんか、頭にきちゃって。あれだけ好き勝手言って、『あなたたちは若葉くんの何を知ってるの?』ってね。
まあ……私も朝が初対面だし、人のこと言えないんだけど、若葉くんがいい人だっていうのは知ってたから、ついね」
「怖くない」と言ってくれたことが、どんなに嬉しかったことか。
それだけは、揺るがない事実だから。
「大丈夫。誰にも言わないよ」
「ホント?」
「もちろん。断る理由がないから」
「ありがとう!」
胸を撫で下ろす。
……嬉しい。でもこの気持ちは秘密が守られる安心からじゃない。
怖がったりしないで普通に接してくれることが、ただ純粋に嬉しかったから。
彼なら、私がずっと待ち望んでいたもの――友達に、なってくれるかもしれない。
「あ、あの、改めて、これからよろしくね」
ちょっとぎこちない私に返ってきたのは、まぶしいくらいの笑顔。
「こちらこそ」
希望の光が、見えた気がした。