3―トナリ―
朝のホームルームでは普段どよんとしたオーラのクラスメイトも、今日ばかりはそわそわ。
チョークが置かれ、前の教卓で先生と並ぶ人物と、黒板に鎮座する白文字を、みんなが物珍しい目で交互に見やる。
「京都から越してきました、若葉聡士といいます。これからよろしくお願いします」
食い入らんばかりに凝視していたクラスメイトたち。
ぺこりとお辞儀されたのを合図に、先生の目を盗んで小声なりアイコンタクトなりで会話する。主に女子が。
「ねえ、どう思う?」
「そうねー、悪くないけど地味すぎ」
「ありふれた感じだよね。50点」
「名前からして草食系って感じだし、つまんなーい」
……言いたい放題ですね、お嬢様方。
私がふつふつと込み上げてしょうがない感情を抑えるのに必死なときも、編入生の紹介は続く。
「はい、そういうことだから仲良くするように。若葉の席は……お、あったあった」
先生が教室を見回すと、最後尾の窓際に座る私へと視線を寄越す。
「……へ?」
まさかと思い右側を見れば、おあつらえ向きの空席がひとつ。
「じゃ、あそこ。紅林の横な」
何でしょう、このベタな展開は。
「紅林さんの横だって。かわいそう」
……すみません、聞こえてます。
でも、クラス中の哀れみの視線を受けていることに、若葉くんは気づいてない。
「隣だなんて偶然だね。よろしく、紅林さん」
生きて帰れないな、あの編入生、と十字を切るクラスメイト。
それに全然気づかないで、にこにこ笑っている若葉くん。
彼らの狭間で、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
☆ ★ ☆ ★
「あ――っ!」
朝はうっかり若葉くんのほのぼのペースに巻き込まれてしまい、大事なことをすっかり忘れていた。
そんなことを、お手洗いの帰りに思い出す。
「私のこと、口止めしなきゃ」
授業後すぐだし、見つけるには時間もかからなかったんだけど、目に飛び込んできた光景に、あんぐりと口を開ける。
「ねぇ、影薄いって言われたことない?」
先客がいた。さっき若葉くんを査定していた女子たちだ。
クスクス笑っている辺り、面白がっているとしか考えられない……んだけど。
「あはは。よく言われるんですよねー」
本人も笑ってますけど。そんなサラリと返答していいの!?
女子たちが眉をひそめる。舌打ちでも聞こえてきそうなあれは「面白くない」って顔だ。ヤバイ。
「若葉!」
気づいたら足を踏み出していて、女子たちに聞こえるくらいの大声を上げていた。
「ちょっとツラ貸しな」
人前なので、ヤンキー口調で通す。
これくらいの牽制はしないと、何をされるかわかったもんじゃない。
突然のことで、理解が追い付いていない若葉くんの腕をぐいっと引っ張った。
「……いきなりごめん。だけど、今は私についてきて」
そっと耳打ちして相手の様子を窺う。獲物を奪われたような視線が痛い。
でも、負けるもんか。若葉くんはあなたたちのオモチャじゃないわ。
「紅林さん……」
うなずいてくれたことで、私と若葉くんは連れ立って教室を後にした。