2―エガオ―
(…………空耳?)
右を向いて、次は左。
誰もいない。首を傾げ、うなずく。
そうよ、誰もいないはずだったもの。
それを踏まえた上で叫んだんだから、誰かに見られたなんてバカな話……。
「あの」
……今、脳内をある可能性がよぎった。
(……まさか、後ろ?)
そろり、と振り返り、硬直。
そこには、1人の青年が立っておられました。
「きゃぁああああ――――っ!!」
バサバサバサッ!!
近くの小枝で羽休めをしていたハトさんたちもビックリの悲鳴を上げてしまった。
「見たっ、今の!」
「え?」
すぐに返答はなかったけど、大きく見開かれた瞳が、「見てしまった」ことを如実に物語っていた。
(ウソでしょ!?)
失礼を承知で青年をガン見する。
どちらかといえば細身。黒い前髪が少し目にかかるけど清潔感のある髪型。
それにシンプルな黒フレームの眼鏡と来て、どこにでもいそうなごく普通の生徒だ。いいな、私もそんな風に言われてみたい……じゃなくて!
「すみません少しお時間くださいな!」
有無も言わせず詰め寄る。ヤンキー口調でないあたり、もうすでに諦めの境地に入っている。
こうなれば、すべきことはただひとつ!
「ウチの制服着てるから、ウチの学校の人でいいんですよね!」
まずは身元の特定を……おっといけない、そんなおっかない表現をしなくても。
青年はあぜんとしている。
驚かせすぎちゃった。ここは穏便に済ませなくちゃ!
「コ、コホン。ごめんなさい。私ったらビックリさせてしまって。おほほほ」
即席の笑みでごまかそうとしてみた。
けど、見られてる。超見られてる。
そんなに見つめられたら、恥ずかしくなっちゃいます……。
「ふふっ」
「……は?」
青年が口元に手を当て、こらえきれないように肩を震わせている。
まず自分の目と耳と状況処理能力を疑った。
笑った? なんで? 笑いの要素なんてどこにありました?
「すみません。ぶしつけに笑ってしまって」
「いえいえ……それより、私のこと怖くないんですか?」
戸惑いながら口にして、後悔した。
そんなことを訊くのは野暮だ。私本人を目の前にして、答えなんて返って来るはずないんだから。
……それなのに。
「怖くなんかないですよ。面白いなぁとは思いましたけど」
……笑われてるなんてどうでもいい。
続く言葉は奇跡だ。信じられない。私を怖がらない人が、校内に存在するなんて。
ふと、彼が着ている制服に目が行く。
「襟の色が同じってことは……もしかして、私と同じ2年生?」
ライトグレーのズボン・スカートは全学年共通だけど、我が光涼高校では学年ごとに制服の色がところどころ違う。
私と青年が着ているシャツの襟は青。今年の2年生の指定色だ。ちなみにリボンとネクタイも同じ色で、白と黒の混じったストライプ柄。
「敬語は使わないでくれるかな? 堅苦しいじゃない」
青年はしばらく目をぱちくりさせていたけど、やがてふんわりと笑顔を浮かべた。
「うん、ありがとう」
こんな反応は初めてのことだった。
なぜそこでお礼を言うのか。そして笑うのか。
「えっと、見ない顔だけど……何組?」
「A組だよ」
「えっ?」
2年A組。それは、私のクラス。