3―ソウクン―
それは、私がずっと小さかった頃のこと。
昔はとても活発な子だったと、お母さんが今でも目を細める。
その頃、私はよく外で遊んでいた。1人ではなく2人で、だ。
今まで生きてきた中で唯一仲良くしてもらった同年代の男の子。私は彼のことを、ソウくんと呼んでいた。
彼は毎日のように遊んでくれて、いつものようにまた遊ぶ約束をした次の日、突然いなくなってしまった。
指切りをしたときの笑顔が頭のどこかに残っていて、思い出す度、言いようのない悲しさが込み上げる。
彼と過ごした日々は今もこうして思い出せるのに、どうして私は……。
「忘れてても仕方ないよ。僕は君に、とてもひどいことをしたんだから。
一緒に遊ぶ約束をしたのに、何も言わずにいなくなった。忘れたくなるのは当然だ。
君は自分のせいで僕が離れて行ったと思っていたようだけど、それは僕の都合で、君のせいじゃない」
「……どうして私が引け目を感じてたこと、知ってるの」
「さっき寝言で呟いてた。おまけに泣いてた。僕は罪悪感で押し潰されそうでした」
……自分のせいだって思うことで、全部解決してきた。
それで崩れることのない堅固な要塞をつくり上げていたっていうのに、「君のせいじゃない」なんて言われると、最後の砦まで破壊されてしまう。
「……悪いと思ってるなら、いなくなるときにひと言くらい言ってくれればよかったじゃない」
むき出しになるのは、置き去りにされて寂しいと泣く、弱い私。
弱いがゆえに、支えになってくれる人を求め続けている。
「ホントひどい奴でしょ。なじってくれてもいいし、何なら一発くれても構わないよ」
「本気で言ってる?」
「これで冗談だったら、自分で自分を殴ってる」
「わかった。それじゃ、遠慮なく」
簡潔に返答すると、私も椅子から立ち上がって若葉くんの正面に立つ。
真っ直ぐに見つめてくる新緑の瞳から、彼の真剣さが伝わってくる。
こっちも中途半端な気持ちじゃ、失礼だよね。
ざわめく気持ちを落ち着かせ、心を決める。
深呼吸をし、足の裏に力を込める。そして――
若葉くんに向かって、真正面ダイブ!
「え……っ !?」
完全な不意打ちに、若葉くんは大きくよろける。それでも何とか後ろに倒れ込むのは避けることができた。
そんな彼にしがみついたまま、背中へ回した両腕にぎゅうっと力を込める。
「これは……新手の拷問?」
戸惑う若葉くんの声に、してやったりと笑みを浮かべる私。
思い出したの。彼が編入してきた朝のことと、満月の夜のこと。
私が触れたり、抱きついたりすると、彼は少し焦っていたみたいだったから。
理由はよくわからないけど、彼を困らせることができるなら、やるべき価値はおおいにあったんだ。
だって、触れられて、優しい言葉をかけられて、私だけドキドキしてるなんて、不公平だもの。
「………………」
あまりに沈黙が続くものだから、不思議に思って見上げると、若葉くんに無理やり引っぺがされてしまった。
「自由にさせるとろくなことしないんだから」
「そんなこと言ったって、若葉くんが……っ!」
言い募ろうとしたそのときだ。ぐいっと、強い力に身体をさらわれたのは。
若葉くんの顔がえらい近くにあるなぁと思った次の瞬間、唇を押し当てられる。
あ、と意味を持たない声が口からこぼれ、頭の中が真っ白になる。
熱い。やわらかいものが触れた場所――額が。
「……今さらこれくらいで終わるのが、甘いんだけどね」
呆然と見上げると、どこか熱っぽい若葉くんの視線とかち合った。
にこりと笑いかけられたとたん、恥ずかしさがじわじわと込み上げ、額を押さえながら、口をぱくつかせる。
「い、いまっ、今……っ!」
「はい、余計なこと考えない! ……そんなに動揺されちゃ、先が思いやられるよ」
「え?」
「何でもない。だけど……これだけは言わせて」
身体を離した若葉くんが、神妙な眼差しで私を見つめる。
「もう、独りにはさせない」
そう告げる彼の表情が、いつかの笑顔と重なる。
伸びた背、広くなった肩、大きくなった手、強くなった眼差し。
男の子にしては華奢な彼も、もう立派な男性だった。
「ずっと一緒にいる。安心して、僕を頼って。今まで辛かった分もちゃんと受け止めるって、約束する」
「若葉くん……」
「だから……君の気持ちも、今ここで聞かせてほしい。僕と同じなんだって確かめたいから。ね?」
そうやって人懐っこく笑う顔も、よく知っている表情だった。幼い顔が、大人びただけ。
「私……私は」
……まずい。急に恥ずかしくなった。
あんなに覚悟を決めたのに、いざとなると尻すぼむのは小心者のサガです。
……なんて開き直れるわけもなく。
(ああもう、こうなりゃなるようになれ!)
グッと顔を上げる。そして――
「セラちゃーんっ!」




