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【完結】夜空の琥珀  作者: はーこ
七章【極彩色の約束をしよう】
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2―ヒサシブリダネ―

 

 風に髪を撫でられた気がして、目を覚ます。


 しばらく寝ぼけ眼でぼんやりしていたけど、ハッとする。風なんかじゃないって。だってここは教室だから。




「目が覚めた? おはよ」




 穏やかな声のしたほうへ顔を向ける。


 隣の席に、微笑みながら頬杖をつく若葉くんの姿があった。




「やだっ、私また寝てた!?」



「うん。すやすや眠ってたねー」




 仮にも年頃の女子が、ところ構わず眠りこけるとは、なんてこと……!




「ずいぶん疲れてるみたい。昨日もあの3人に捕まったんでしょ?」



「あっ、うん」




 若葉くんが言っているのは、朝桐くん、日野くん、和久井くんのことだ。


 満月の夜の翌日、私は彼らの謝罪を受けた。その際、城ヶ崎と仲違いした理由も語ってくれた。


 何でも、最近は私と話す機会が多かったから、城ヶ崎からのけものにされた気がして不安になったのだとか。


 なぜか一緒にいた城ヶ崎に「バカか」と連呼され、しまいにはシュンとうなだれて帰って行った3人が気の毒になったけど、反面うらやましくなった。


 キツイ態度も城ヶ崎なりの優しさだ。あれもきっと付き添いのつもりだったんだろう。


 不器用の中に思いやりが垣間見えるから、3人も彼のことを信頼していたのだと思う。



 誰かが誰かを思いやる。それは大人数であればあるほど、ステキなこと。友達っていいなって改めて思った……のはいいんだけど。


 予想以上に朝桐くんたちの罪悪感が大きかったらしく、顔を合わせれば平謝り。だから毎日逃れるのに苦労している。



 唯一ゆっくりできるのは、今みたいに誰もいない、朝早い時間くらいかな。



 若葉くんは歳のわりに大人びてるから、話も私のペースに合わせてくれる。それが結構ありがたかったり。



 ……でも、彼の秘密をすべて知ってしまった身としては、時々心配になる。



 特異体質である分、何かあったとき身体に返ってくる反動が大きいんじゃないか、って。




「あの……身体がキツイとかない?」



「どうして?」



「私のことで気を遣わせちゃってるから……」




 満月の夜から、今日で1週間。


 あの大きな出来事を境にしても、やはり私たちを取り巻く環境は変わらない。私は不良と誤解されたまま。若葉くんは気に留められないまま。


 凝り固まった観念を一変させられると思うほど私も舞い上がっちゃいない。少しずつ少しずつ、変えていくことが大事。


 でも、こうも変化がないともどかしくなる。私が重荷になってるんじゃないか、って。




「私のことはいいけど、若葉くんは本当にいい人なんだもの。そのことを知ってもらえないのは、悔しいなって思うの」 




 若葉くんが、真顔になって押し黙る。


 やがて静かに腕を伸ばしてくると――むにっと、思いっきり私の頬をつねった。




「いたっ!」



「バカ。またそんなこと言って」



「なっ、私はバカじゃないもん!」



「それじゃあ、どうして自分のことはいいとか言うわけ?」



「自画自賛しないでしょ普通! 若葉くんは私を買いかぶりすぎだよ!」



「君は自分を卑下しすぎ」




 あっさり言い返され、口ごもってしまう。


 勝敗が決すると、手を離した若葉くんがやれやれと肩をすくめる。




(落胆したいのは、むしろ負けた私のほうなんですけど!)




 無言で訴えてみると、若葉くんはつーんとそっぽを向いた。




(悪気が全っ然感じられないわ。いきなりつねってくるなんて信じられない。鬼だね、あの手は!)




 そう思ってはたと気づく。そうだ、手……。




「ねぇ若葉くん、聞いてもいい?」



「なに」



「もしかしてさっき、頭、撫でてくれてた?」




 そっぽを向いていた若葉くんが一瞬だけ黙って、ぽつり。




「君のご想像にお任せします」



「逃げたー!」



「何とでも言って! こっちはむなしさと罪悪感と理性の狭間で葛藤してたんだから!」




 わーっとまくし立てる若葉くんに、キョトン。


 無言で続きを促すと、若葉くんは眉間にシワを付け足し、ヒジョ―に不服そうな声で呟いた。




「あーそう。何のことかわかんないの。それはそれでイラっとくるなぁ……」




 ここまでくると、さすがの私も危険を察知。



 ちょっと待って? 若葉くんってこんなキャラだっけ? ご機嫌がうるわしくないです!



 ゆらり、と立ち上がった若葉くんが、薄ら笑いを浮かべながら眼鏡を外す。



 これはアレですか。俗に言う「表に出ろや」ですか。黒いほうの若葉くん降臨ですかっ?



 焦りと恐怖でパニックに陥った私の前に、澄み切った新緑の瞳が現れる。



 ふたつの瞳に見つめられると、身動きが取れなくなってしまう。




「いいことを教えてあげようか」




 硬直した私に、若葉くんはあくまで不敵な笑みを投げかける。




「いい? 今から言うよ」




 そう言い、若葉くんが耳元に口を寄せてきた。一体何を言われるのだろうと、気が気でなくなる。




「実は……」




 吐息が耳朶にかかる。やがて紡がれる言葉。




「僕たちが初めて会ったのは、3年前じゃないんだよ」



「…………はい?」



「僕のこと、覚えてない? ――セラちゃん」




 ドクン、と胸が高鳴った。



 家族以外に名前を呼ばれることなんて久しぶりだったから、ビックリしたと思ったけど、着眼点が違うことに気づいた。



 私、今なんて思った? 何が久しぶりだったって?




「――――っ!!」




 ……思い出した。そうだ、昔名前を呼ばれていたことがあった。




「そんな……」




 信じられなかったけど、確かに記憶にある。


 家族以外で名前を呼んでくれていたのは、たった1人だけ。



 ドクン、ドクン、と心臓が脈打つ。



 心当たりがある。直感的に。いや、確信的に。




「まさか…………ソウ、くん?」




 もし間違っていたらどうしようとか、そんな不安は、満足げにうなずく若葉くんを前にして杞憂に終わる。




「久しぶりだね、セラちゃん」 




 そうして微笑んだ顔が、薄れていた記憶を思い起こさせてくれる――

 

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