5―ヒカリ―
「僕は1人でありながら、2人なんだよ」
「…………え」
「二重人格とかじゃなくて、一応科学的に証明されているんだけど……」
考えながら、自分自身の言葉で説明してくれようとする彼を、じっと見つめる。
「紅林さん、『DNAキメラ』って知ってる?」
「……ううん」
「『DNAキメラ』っていうのはね、本来ひとつしかないはずのDNAを、身体のどこかにもうひとつ持っている生命体のこと。
……本当は僕、双子のはずだったんだよ。一卵性双生児の逆パターン、っていうのかな。
あの場合、ひとつの受精卵が分裂して2人になるけど、僕の場合は、ふたつのDNAが早い段階で母親の胎内で融合して、1人になった。
とても希なケースだから、生まれたときは本当に危なかったらしくて。でも……それだけじゃなかったんだ。
……僕には、通常の人間の血が半分流れていない」
彼の言うことは全部受け入れようと思ったのに、言われたことがよくわからなかった。
「両親は普通の人間だよ。でも、生まれる前の無理な融合で、遺伝子自体が不安定だったから、ふたつめのDNAが突然変異して、狼の遺伝子に組み替わったんだ。
僕の目、特異体質って言ったよね。これはその産物。ほかにも普通の人間と違うところが僕にはある。
身体能力が高い。視力に至っては、暗所では飛躍的に上昇する。今も昼間みたいにはっきり見える」
琥珀色の瞳の中央に突き抜ける細長い瞳孔は、人間にはないもの。
たくさんの事実が、ゆっくりと脳を通過する。
どれも信じられないこと、普通では考えられないことだ。でも若葉くんの声音から、冗談ではないことがわかる。
彼の視力のよさ、細い腕からは考えられない剛力は、この目で見た。
だから私は、必死になって理解しようとする。
「でも、一番厄介だったのはそんなものじゃなくて。狼の遺伝子に組み替わったDNAの人格とでも言うのかな。月を見ると気が昂るんだ。
だから僕は月が嫌いだった。うかつに見てしまうと、僕が僕でなくなりそうだったから。
……正直言って今はかなりまずい。満月を見てしまったから、力の加減がわからない」
ぎゅうっと万力のように抱き締めてくる腕は、ともすれば痛いくらいだった。これでも、彼は我慢してくれている。
「僕の意思なんか関係なく、月を見ると気分が高揚する。
今は平気でも、いつか獣のように見境がなくなったとき、誰かを傷つけてしまうんじゃないかと思うと怖かった。
だから、言い出せなかった……」
……平坦で冷たい言葉。強い口調。
屋上で若葉くんがミブロを拒絶したのは、自分に対する言葉だったんだ。
傍にいるのに、抱えている秘密のせいで正体を明かせない。自分の中にある「自分ではないもの」が、傷つけてしまうかもしれないから。
そのもどかしさが、彼にあんな言葉を言わせた。
「ごめんなさい……」
本当に、与えられてばかりだった。
強さ、優しさ、独りじゃないという励まし。
たくさんのものを与えてくれるのに、彼は何も求めようとはしなかった。
人々を傷つけないために、自分からは求めなかった。
そんな彼に、私は一体どれだけのことをしてあげられていたのだろう?
「……謝ることはない。後悔することもない」
穏やかな声が耳元でささやかれる。
辛さは若葉くんのほうが大きいはず。それなのに、落ち込む私を優しく励ましてくれる。いつだってそう。
「この僕も、僕が恐ろしくて否定していた『僕』も、君は必要としてくれた。今日、君のおかげで気づかされた。どんなに否定したってあの『僕』も僕なんだって」
琥珀の眼差しが、強い意志を秘める。
「君が恐れずに自分を受け止めるなら、僕も、君が信じてくれる『僕』を信じることにした。
だから僕は、もう自分を隠さない。――そう思わせてくれたのは、間違いなく君だ」
頬にそっと触れる手。真っ直ぐな瞳とその心が、私の心に語りかける。
「ありがとう。この言葉は、何度言っても足りないよ」
……やっぱりそうだった。
この手は、3年前に触れたものと同じぬくもり。
私の孤独なんて、若葉くんと比べたらちっぽけなものだ。それでも彼は、笑って私を励ましてくれる。
「君が悲しい思いをしなくてもいいように僕が守る。だからそんな顔をしないでほしい。笑って」
お月さまに、にっこりと笑いかけられた。それは陽だまりみたいな温かさだった。
今まで感じたことのない嬉しい気持ちが、胸の奥から溢れる。
「……うん」
温かな光につられ、私は笑った。
「うん」
――太陽と月。まったく違うようで似ている。
それは私を明るく照らし、明日へと導いてくれること。
曇った私の空に、ふたつの光が輝き始めた。




