表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】夜空の琥珀  作者: はーこ
六章【夜空の琥珀】
35/46

5―ヒカリ―

 

「僕は1人でありながら、2人なんだよ」



「…………え」



「二重人格とかじゃなくて、一応科学的に証明されているんだけど……」




 考えながら、自分自身の言葉で説明してくれようとする彼を、じっと見つめる。




「紅林さん、『DNAキメラ』って知ってる?」



「……ううん」



「『DNAキメラ』っていうのはね、本来ひとつしかないはずのDNAを、身体のどこかにもうひとつ持っている生命体のこと。


 ……本当は僕、双子のはずだったんだよ。一卵性双生児の逆パターン、っていうのかな。


 あの場合、ひとつの受精卵が分裂して2人になるけど、僕の場合は、ふたつのDNAが早い段階で母親の胎内で融合して、1人になった。


 とても希なケースだから、生まれたときは本当に危なかったらしくて。でも……それだけじゃなかったんだ。


 ……僕には、通常の人間の血が半分流れていない」




 彼の言うことは全部受け入れようと思ったのに、言われたことがよくわからなかった。




「両親は普通の人間だよ。でも、生まれる前の無理な融合で、遺伝子自体が不安定だったから、ふたつめのDNAが突然変異して、狼の遺伝子に組み替わったんだ。


 僕の目、特異体質って言ったよね。これはその産物。ほかにも普通の人間と違うところが僕にはある。


 身体能力が高い。視力に至っては、暗所では飛躍的に上昇する。今も昼間みたいにはっきり見える」




 琥珀色の瞳の中央に突き抜ける細長い瞳孔は、人間にはないもの。



 たくさんの事実が、ゆっくりと脳を通過する。



 どれも信じられないこと、普通では考えられないことだ。でも若葉くんの声音から、冗談ではないことがわかる。



 彼の視力のよさ、細い腕からは考えられない剛力は、この目で見た。



 だから私は、必死になって理解しようとする。




「でも、一番厄介だったのはそんなものじゃなくて。狼の遺伝子に組み替わったDNAの人格とでも言うのかな。月を見ると気が昂るんだ。


 だから僕は月が嫌いだった。うかつに見てしまうと、僕が僕でなくなりそうだったから。


 ……正直言って今はかなりまずい。満月を見てしまったから、力の加減がわからない」




 ぎゅうっと万力のように抱き締めてくる腕は、ともすれば痛いくらいだった。これでも、彼は我慢してくれている。




「僕の意思なんか関係なく、月を見ると気分が高揚する。


 今は平気でも、いつか獣のように見境がなくなったとき、誰かを傷つけてしまうんじゃないかと思うと怖かった。


 だから、言い出せなかった……」




 ……平坦で冷たい言葉。強い口調。



 屋上で若葉くんがミブロを拒絶したのは、自分に対する言葉だったんだ。


 傍にいるのに、抱えている秘密のせいで正体を明かせない。自分の中にある「自分ではないもの」が、傷つけてしまうかもしれないから。


 そのもどかしさが、彼にあんな言葉を言わせた。




「ごめんなさい……」




 本当に、与えられてばかりだった。



 強さ、優しさ、独りじゃないという励まし。



 たくさんのものを与えてくれるのに、彼は何も求めようとはしなかった。



 人々を傷つけないために、自分からは求めなかった。



 そんな彼に、私は一体どれだけのことをしてあげられていたのだろう?




「……謝ることはない。後悔することもない」




 穏やかな声が耳元でささやかれる。


 辛さは若葉くんのほうが大きいはず。それなのに、落ち込む私を優しく励ましてくれる。いつだってそう。




「この僕も、僕が恐ろしくて否定していた『僕』も、君は必要としてくれた。今日、君のおかげで気づかされた。どんなに否定したってあの『僕』も僕なんだって」




 琥珀の眼差しが、強い意志を秘める。




「君が恐れずに自分を受け止めるなら、僕も、君が信じてくれる『僕』を信じることにした。


 だから僕は、もう自分を隠さない。――そう思わせてくれたのは、間違いなく君だ」




 頬にそっと触れる手。真っ直ぐな瞳とその心が、私の心に語りかける。




「ありがとう。この言葉は、何度言っても足りないよ」




 ……やっぱりそうだった。



 この手は、3年前に触れたものと同じぬくもり。



 私の孤独なんて、若葉くんと比べたらちっぽけなものだ。それでも彼は、笑って私を励ましてくれる。




「君が悲しい思いをしなくてもいいように僕が守る。だからそんな顔をしないでほしい。笑って」




 お月さまに、にっこりと笑いかけられた。それは陽だまりみたいな温かさだった。


 今まで感じたことのない嬉しい気持ちが、胸の奥から溢れる。




「……うん」




 温かな光につられ、私は笑った。




「うん」




 ――太陽と月。まったく違うようで似ている。



 それは私を明るく照らし、明日へと導いてくれること。



 曇った私の空に、ふたつの光が輝き始めた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ