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【完結】夜空の琥珀  作者: はーこ
六章【夜空の琥珀】
33/46

3―ヨクバリ―

 

「……え」



 つられて目を開く。



 誰かの背中が見えた、次の刹那。




「ぐっ!?」




 うめき声を上げて吹っ飛んだ、長谷川先輩。



 私の前に、誰かがいて。



 夜風に揺れる黒髪。細身のシルエット。月明かりが、その人物を照らした。




「……まったく、君も無茶をする」




 振り返った優しい笑顔。私の代わりに月明かりを受けていたのは。




「『若葉』も『俺』も信じようとするなんて、欲張りだな。……本当に」  



「…………わかば、くん?」




 あぜんとする私に、彼は自嘲気味に笑った。




「傷つけないために遠ざけていたのに。……本当に馬鹿だったのは、自分を隠して、君に寂しい思いをさせてしまったことなんだな。俺は大馬鹿者だ」




 そこには見慣れた顔があるのだけど、刻まれた表情は普段のようにやわらかいものではなく、凛と強い意志の込められたものだった。




「くそ……! どいつもこいつも調子こきやがって! もういい、俺が全部やってやる!!」




 長谷川先輩は立ち上がる際、落ちていた鉄の廃材を掴んだ。


 不安で肩をすぼめる私に、若葉くんは言う。




「心配はいらない」




 そして……なんと、おもむろに眼鏡を外したではないか。




「若葉くん!?」




 眼鏡を外せば秘密がバレる。若葉くんはそれを嫌がっていたはず。それなのに、目の前の彼はただ微笑むだけ。




「隠したままでは何も変わらない。大切だからこそ、君に見てほしいんだ」




 少し見上げた先に端正な顔がある。でも見つめてくる瞳は、新緑でも茜でもない。


 光が当たらない、変化する前の、本当の色。


 たとえるならば、それは彼を追った視線が必然と見上げた夜空……そこに浮かぶ満月のような、琥珀色をした双眸だった。


 暗いのにそれがわかったのは、彼の瞳がほのかに発光していたから。




「これ、借りるな?」




 若葉くんが私の手からあるものを抜き去る。




「本当の俺を、見ていてくれ」




 確信した。彼は……。




「それで俺とやり合うおうってのか?」




 若葉くんは、余裕の笑みで鉄の廃材をちらつかせる長谷川先輩と対峙する。その右手に握られているのは、私の竹刀。


 長谷川先輩は気づいていない。彼が、何者なのか。




「紅林の後をついて回るしか能のない犬が、いい度胸じゃねえか」



「犬? なるほど、犬か」




 おかしげに震えた一拍後、その声音は氷点下のものへとなり変わる。




「――その犬に食い殺されるのと、生き地獄を見るのとは、どちらがいいか選ばせてやる」



「なんだと……っ!」




 鉄の廃材を握り締め突進してくる長谷川先輩を、若葉くんは実に落ち着いた様子で見つめていて。




「偉そうな口きくんじゃねえっ!」




 鋼鉄が頭上に振りかざされたとき、その姿が消えた、ように見えた。



 鉄は虚空を叩き、勢い余って体勢を崩した長谷川先輩の背後に、竹刀を振り上げた若葉くんがいた。




「胴ッ!」




 鮮やかな一撃をまともに食らった長谷川先輩は大きくよろける。




「く……っそぉっ!」




 それでも体勢を立て直し、若葉くんに向かっていく。


 鉄と竹がぶつかり合った。


 拮抗する力。ぎしりと軋む竹刀。




「どんなにお前が強かろうが、所詮は竹だ。鉄に敵うわけがねぇ」



「若葉くん……!」



「大丈夫だ。何も心配することはない」




 顔を正面に向けたまま、若葉くんは口元を弓なりに曲げる。




「強がりを」




 せせら笑う長谷川先輩を前にして、彼は不敵な笑みを浮かべる。




「油断は禁物だぞ? ――竹はしなるからな!」




 フッと、若葉くんが力を抜く。




「何っ!?」




 力の均衡が崩れ、長谷川先輩が前のめりに倒れ込んでくる。


 その体重をも乗せた鉄の廃材は、大きく竹刀をしならせ、




「はぁっ!」




 弾性の力を利用して、若葉くんは力いっぱい竹刀を振り上げた。


 見事な裏払いが華麗に半月を描く。


 今度は体勢を立て直す隙を与えず、容赦ない一撃が繰り出された。




「小手ッ!」




 暗がりにも関わらず、若葉くんの攻撃は正確に叩き込まれる。


 手首を強打された長谷川先輩は、ついに鉄の廃材を取り落とした。


 重い音を立て、地面に転がる鉄の棒。


 それを見て、長谷川先輩の顔色も真っ青になった。すっかり腰が抜けてへたり込んでいる。




「……な、何なんだお前は!」




 錯乱しながら叫ぶ長谷川先輩を、若葉くんが冷たい目で見下ろす。




「ほう、俺を知らないと? それでよく人の名を語ったものだな」




 若葉くんの琥珀の瞳が、長谷川先輩を完全に捉えた。硬直した彼はやっと気づいたらしい。若葉くんの瞳に。




「ひとつ勘違いをしているようだから教えてやろうか。俺は犬じゃない。そんな生易しいものじゃない」




 満月を背にたたずむ若葉くん。月明かりは神々しく、畏怖さえ感じさせる。


 やがてひそやかな夜空の下に響く、静かな声。




「俺は壬生狼みぶろ――そんな棒すら扱えないヤツが、京都、壬生の狼とも呼ばれるこの俺に太刀打ちしようなんざ、100年早い」




 長谷川先輩は、絶句するしかない。




「こっちが下手に出ていれば調子に乗りやがって。それは自殺行為とみなしても文句は言えんな?」



「お、おい待て! 俺は少し思い知らせてやりたかっただけで……!」



「――そんなちっせぇ覚悟なら、めったなことすんじゃねぇ」




 怒りの込められた声が容赦なく突き刺す。静かでも、これほど恐ろしいものはない。




「お前らは、この子の気持ちを考えたことがあるか?


 自分とは違う人格を作り上げられ、恐れられ、誰に相談することもできない。そのことがどんなに辛く苦しいことか、お前らにはわかるか?


 周りがそう言っていたからとか、ふざけたことは抜かすなよ。正しいかどうかはテメェで判断することだろうが」




 琥珀の瞳が、険しい色を帯びる。




「彼女は、お前らのように他人を見下す汚らしい心など欠片も持っちゃいない。純粋で、人を思いやる心に満ち溢れた優しい子だ。


 優しいからこそ、独りで全部背負い込む。だから、俺が守ろうと決めた。


 お前は、手を出してはいけないものに手を出してしまったな。弁解の余地は最早ない」



「な……ちょっと待ってくれ……」



「貴様のようなヤツに情けは無用。覚悟はいいな。――――面ッ!!」




 高々と振り上げられた竹刀が、長谷川先輩の脳天を直撃する。



 あの細腕から繰り出されたとは思えないような、すさまじい衝撃。


 白目をむき、地面に倒れる長谷川先輩。必殺の一撃に、見事撃沈した。

 

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