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【完結】夜空の琥珀  作者: はーこ
五章【モノクロの喪失】
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3―スベキコト―

 

 2時限目が終わる。休み時間を挟みながら3、4時限目も問題なく過ぎていく。


 その間も若葉くんは、いつもと変わらない様子だった。


 だけどふと目を逸らしたとき、私が見ていないようなところで真顔になっている。気を張って、何かを警戒するように。




『どうしてそんな顔をするの?』




 ひと言聞けばいいのに、たったそれだけの勇気さえないなんて……。



 私が葛藤しているとも知らない若葉くんは、話すときはちゃんと「元」に戻る。


 もどかしかった。だからと言って彼を跳ねのけるわけにもいかない。


 私は好意をありがたく受け入れ、時が過ぎ去るそのときを待つのみだった。






  ☆ ★ ☆ ★






「紅林」




 昼休みになり、さすがに困り果てた私の前に現れたのは、なんと城ヶ崎。


 教室の出入り口に立つ彼は言葉を失う私を見、視線をわずかにずらす。その先を辿れば、同じように城ヶ崎を見据える若葉くんの表情があった。




「コイツ、借りるぞ」



「借りるって……じょ、城ヶ崎!?」




 若葉くんの漆黒の瞳が細められる。まるで無言の拒絶を表すかのようだった。察した城ヶ崎の表情も険しくなる。


 まずい。この場合危ないのは明らかに城ヶ崎だ。いつ感情的になるかわからない。


 慌てて止めようとしたけれど、彼はいたって冷静だった。




「コイツはお前だけのモンじゃねぇんだぞ。縛り付けるのも大概にしろ」




 若葉くんの瞳が大きく見開かれた。すぐに、端正な顔を歪めて唇を噛む。




「若葉くん、城ヶ崎は乱暴なんてしないから、そんなに心配しないで?」




 だから大丈夫だと、安心させるつもりだった。




「……わかった。行っておいで」




 なのに、若葉くんの声は沈んでいた。




「行くぞ」




 それでも城ヶ崎は待ってくれなくて、促されるまま、私は教室を後にするのだった。




 ――……



 

「……城ヶ崎、ありがとね」




 勇気を振り絞り、スタスタと廊下を行く背中に言葉をかける……と。




「はぁ? 突然何言ってやがる、気色悪!」




 振り返りざまに、こんなことを言われました。




「あ、ちょっとそれ失礼じゃない? せっかくお礼言ってるのに!」



「だから、何で俺が礼を言われなきゃなんねぇんだよ」



「その……若葉くんとずっと顔を合わせてるのが、ちょっと……だから城ヶ崎が来てくれて、助かったの! まさかこれが借り?」



「はぁ……お前の脳内は、物事が都合よく変換される仕組みになってるんだな」



「違うの?」



「ちげーよ。こんなショボイの、誰が返すか。借りはそれ相応のものを返す」



「借りたものはちゃんと返すって、よいこの十戒みたいだね」



「少しは黙れ。ったく危機意識がまるでなってない。いいか、俺は忠告をしに来てやってんだ」



「忠告?」




 首を傾げると、城ヶ崎の表情が真剣なものになる。




「ミブロという男を知っているな?」



「なんでその名前を知って……っ!」



「ノンキなヤツ。ここら辺じゃ、知らねぇほうが珍しいっての」




 呆れたように肩をすくめ、城ヶ崎は口を開く。




「以前、この光涼地区では縄張り争いが頻発していた。その不良共をたった1人で、一晩のうちにシメ上げた男の名がミブロ。


 ヤツに挑もうとした者は何人もいたが、足取りすら掴めなかった。


 素性を知ってるヤツなんていない。ただひとつわかるのは、ミブロは満月の夜にだけ現れるということ」




 それなら私も耳に挟んだことがある。


 冷酷非情、情け無用。畏怖の念さえ感じさせる孤高の存在。


 ウワサのミブロはみな一概に、私の知る彼とは別人だった。




「お前、自分がなぜ校内一の不良として恐れられているか、考えたことはなかったのか?」



「……どうして?」



「考えてみろ。問題を起こしたわけでも、日常的に乱闘しているわけでもない。お前が最凶の不良という証拠はどこにもないんだぞ」




 確かに、私の傍には誰もいなかった。みんな近寄ろうとしなかった。だから、独りぼっちだった。


 ……本当なら、何かがあったっておかしくはなかったんだ。たとえば、私に反感を持つ不良が連日のように押し寄せてくる、とか。


 なのに、信じられないほど独りぼっちで、平穏な日々を送ってこられた。――それはなぜなのか?




「お前、ミブロに助けられたことがあるだろう」




 どうしてそれを知っているの。疑問を口にする前に表情で悟られた。




「あのミブロの動向だ。嫌でも耳に入ってくる。あれほど冷酷で非情だと謳われたヤツが女を助けた。弱味でも握られてねぇ限り、そんなことはしねえだろ」



「じゃあみんなは、私がミブロを脅してるって、そう思ったってこと? 私、彼にそんなことしてないわ!」



「落ち着け。そういう見方をしているヤツもいるってことだ」




 城ヶ崎の言うことは認めがたい。でも不良に絡まれたとき、脅かせば逃げて行ったというのも事実だ。


 私が怖がられていたのは、ミブロと同等か、それ以上の力を持つ存在だと思われていたから……。




「ミブロの名にビビる分はいい。が、物事をよくわかっちゃいねぇ輩が、面白半分でミブロの名を語ったり、すっかり騙された馬鹿共がくだらねぇ争いを起こす。


 その危害がミブロと関係の深いお前に及ぶ可能性は、充分にある。だからアイツも、必死こいて走り回ってんじゃねぇの」



「え……それって」



「どこで聞いたのかは知らない。けど結構前、あの眼鏡に釘刺されたんだよ。お前に危害を加えようとしたら許さない、ってな。言われなくともこっちから願い下げだっつーの」




 さっき、若葉くんと話していたときも険悪な雰囲気だった。悪態をつく城ヶ崎が言っていることは、事実なのだろう。



 若葉くんは、危険から私を守るために行動してくれていた?



 信じられない。けど……長谷川先輩のことを前もって警戒してたし、そうだと考えればつじつまは合う。




「今夜は満月。馬鹿どもの茶番も山場だな」




 城ヶ崎の言葉が、背筋に戦慄を走らせる。




『今日だけでいい。一緒にいて。できるだけ僕の傍を離れないで』




 やっとわかった。私は、若葉くんに守られていたんだ……。




「ったく……頼んでもねぇのにあのクソ野郎に啖呵切りやがって。


 お前ら揃ってお人好しなんだよ。他人がどうなろうが関係ねぇはずだろ」



「城ヶ崎……?」



「それが揃って何だ、そのシケた面は。片方だけでもウゼェのにふざけてんのか。


 いいか、いつまでもそのウゼェ顔でいられると非常に気分が悪い。さっさと何とかしねぇと知らねぇぞ」




 言葉は突き放すようだったけれど、とても真剣な眼差しで見つめてくる彼の真意に、気づいた。



 次の瞬間、ほとんど反射的に足を踏み出していた。



 ……考えてみればいつもそうだった。ピンチのときに助けてくれるのは若葉くん。


 彼が私を守るために奔走してくれていたことなど、知りもしなかった。


 今回だって、知らず知らずのうちに守られるところだった。



 ――教室へ。



 そこへ行かなければならない気がして、歩調を速める。



 私には、すべきことがある。

 

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