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【完結】夜空の琥珀  作者: はーこ
四章【茜に染まる暗雲】
24/46

5―シッテルヨ―

 

「……逃げられちゃったかな」




 苦笑をして、すぐ表情を引き締める。


 廊下の片隅に移動してディスプレイを確認すると、思った通りの名前が表示されていた。




「……もしもし。変なときにかけてこないでよ。僕? まだ学校なんだけど」




「普通」に出たつもりだったが、相手にはおかしく感じたらしい。




「らしくないって、そっちがこうするように言ったんでしょ。


 わざわざこんな時間にかけてくるなんて、何の用なの? ――父さん」




 すぐさま返ってきた答えに、頭を抱えたくなる。


「話したいから」だって? ほとほと呆れる。




「さっきの話、聞いてた? 学生が学校にいるのは当たり前です」




 ただでさえ、子供の学力不足が嘆かれる世の中だ。学習に関して口を酸っぱくする親がこの日本国ではほとんど。


 だが、そんな世の理を根本から覆してくるのがウチの両親。


 電話の向こうで展開する話に、どんどん眉間のシワが深くなるのを感じた。




「……学校に行くな? 公務員の言葉とは思えないね。


 それは、来年受験を控えてる学生に対する挑戦なのかな。それとも、直接僕に対する挑戦?」




 容赦なく問いただしたつもりだった。しかし、



 ――落ち着け。



 そう言われてハッとする。話し合いに不利な条件を、自ら作ってしまうなんて。




「……こんなのはどうってことない」




 できるだけ平坦な口調を意識する。それは、この場である種の敗北宣言であった。


 認めたくない。だが「暴走」しかけていたことは事実だ。



 ――ほら見ろ、やはり明日は……。



 その言葉を遮るように声を上げる。




「絶対に行かないから。病院なんて行ってるヒマはない。先生にもそう言っておいた」




 断固とした意志だった。これだけは、なんと言われようと譲れない。



 ――もし僕がいなくなったら、彼女は独りになってしまう。


 傲慢だと言われてもいい。驕りだとなじられてもいい。


 だが彼女が僕を必要としてくれる限り、僕はそこにいなければならない。




「………………」




 彼女の知っていることは、ほんの序の口に過ぎない。だが。




「もう僕は子供じゃない。ここには、僕を好いてくれる人がいる」




 彼女のそれが、僕の持つ感情とは違っていたとしても、あのときとは違う。


 ……大切な人を、もう独りになんかさせない。



 しばらくの沈黙が流れ、聞こえてきたのは嘆息だった。



 ――なら、明日は1日中晴れるといいな。



 それは、よき登校日和を願ってくれる言葉ではない。


 言外に言われた。ならば、逃げるなよ、と。



 ――明日は満月だからな。



 追い打ちをかけるように付け足す父は、非常に性格が悪い。


 通話を切り、息を吐きながら無機質な壁にもたれかかる。




「…………僕が月嫌いなの、知ってるでしょ」




 ガラス越しに空を仰ぐ。


 夏とはいえ長居しすぎた。薄暗い空には一番星がきらめいている。


 遥か頭上で輝いているはずの月は……そもそも見たくもない。そういう主義なのだ。




「……ミブロ、か」




 僕がこの名前を知っていたと聞いたら、彼女は怒るだろうか。


 あんなに想われていた。だからついに言えなかった。「彼が誰なのか、知ってるよ」……と。


 言えるはずがなかった。あの真剣な瞳が、僕に向けられていないと知れば。


 でも、いつまでもこのままではいられない。



 身を起こして歩き始める。




「ミブロ――お前の好きにはさせない」




 本当に大変なのは、明日だ。明日カタをつけられなければ、それで――

 

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