3―サイカイ―
ホームルームが始まっても、遠藤さんの姿はなかった。欠席理由は知らないけど、少なくとも昨日のことと関係があるだろう。
私もちょっとムキになったところがあったし、不良語でもいいから謝りたかったな。
★ ☆ ★ ☆
「……ごちそうさまでした」
照りつける日射しを避け、中庭のベンチに腰を落ち着けたランチタイム。
お弁当をしまいながら見上げると、視界いっぱいに瑠璃色の空が広がる。
木陰で適温、4時限目の体育で疲れてるし、今は満腹ときた。ポカポカ陽気に包まれ、朝の睡魔がぶり返す。
まぶたがとろんとしてきて、寝ちゃダメだよね。そう思って睡魔と闘ってみたけど、結局勝てなかった。
――……
気分がふわふわする。
やっぱり寝ちゃったんだ。
そう思うことができるのは、まだ半分しか夢の中へ入っていないからかな?
周りはとても静か。
風が吹く。葉っぱ同士がこすり合って、木々のさわさわと揺れる音が心地よかった。
「何故、こんなところで寝るんだ……」
誰かの声がした。呆れたようなそれは聞き覚えがあるような、ないような。
呆れてるけど、どこか優しい声音に胸の奥がほっこりする。
不意にやわらかい風が髪を撫でた。……ううん違う。これは、誰かの手?
「まったく……いつになったら思い出してくれるんだか」
優しすぎる風が木の葉を揺らす。
頭を撫でる心地よい感触にすっかり安心しきった私は、そのまま夢の世界に……。
「――――っ!!」
夢の世界に行くわけもなく、完全に目を覚ました。
(今の……今の声はっ!)
忘れるはずがない。あの声は、3年前に出会った彼のもの。
辺りを見回したが、誰もいない。
まだ遠くへは行っていないはず。追いつくかもしれない。そう思うと、駆け出さずにはいられなかった。
加速する鼓動。衝撃と期待の入り混じった胸を抱え、一心に駆ける。
……会えるかもしれない。
彼に――ミブロに会える!
「うわっ!?」
「きゃ……っ!」
曲がり角で誰かと正面衝突し、尻餅をつく。その拍子に、手にしていたランチバッグが地面に投げ出された。
「何やってんだ、お前」
腰をさすっていたとき、不機嫌そうに私を見下ろしていたのは――城ヶ崎だった。
「ったく、落ち着きのねぇ女だな」
落ちたランチバッグを拾い上げる、ただそれだけの動作なのに、私は城ヶ崎から目が離せなくなってしまった。
「何ボケっと突っ立ってやがんだ。さっさと引き取れ」
素っ気なく突き出されたランチバッグを引き取るより先に、城ヶ崎へ詰め寄った。
「お前、昔私と会ったことがあるか?」
「は? 意味わかんねぇことを言うヒマあるなら……」
「いいから答えろっ!」
「……っ、うるせーな。ない。……これで満足だろ。耳元で叫ぶな」
「そうか……よかった」
ほっと胸を撫で下ろし、ハッとする。
私、今どうして……。
「で? 突然そんなこと言い出すからには、何か理由があんだろうな?」
「あ……何でもないっ。騒いで悪かったな!」
「おいっ!?」
急にいたたまれなくなり、逃げるように駆け出した。
土を蹴りながら考える。
私は、どうして安心してしまったの?
城ヶ崎が彼ではないとわかったから? 城ヶ崎じゃいけなかったの?
……それに、どうして彼は私の前から姿を消したの?
「………………」
急にバカらしくなって、足を止めた。
「私、何やってるのかな……」
私個人の都合。彼にとっては迷惑なのかもしれない。
それでも会いたかった。ただ、お礼を言いたかった。
……そう願うのに、届かない。
どうしようもなく不安になる私は、まるで抜け出すことのできない迷路へ置き去りにされた子供のようだった。
 




