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【完結】夜空の琥珀  作者: はーこ
三章【群青色の記憶】
16/46

1―ミブロ―

 

 夏の夜は明るいからと、油断しているうちに陽が落ちきってしまった。


 見上げる空は群青色。薄暗い小道を駆ければ、セーラー服の袖から出た腕に、夜風がひんやりと当たった。


 部活に打ち込むのもほどほどにしなければと、臙脂の包みを握り直しながら反省する。




「……ここ」




 近道をしたからか? それにしたってどうして足を止めたんだろう。


 ご無沙汰だったとはいえ、通学路の脇に現れたのは、幼いころから慣れ親しんだごく普通の公園なのに……。




「そこの君、何をしているんだ?」




 振り向いた先にいたのは、巡回中の警察なんかじゃない、ごく普通の若い男性。




「こんな夜遅くに1人? 危ないなぁ。俺が家まで送って行ってあげようか?」




 いかにも親切を装っているけれど、向けられた表情は気味の悪い笑みで、嫌悪を抱くには充分なもの。


 竹刀入れを握り締め、一歩、後ずさった。




「どうしたんだい? こっちにおいで」




 差し出される手。二歩、後ずさった。


 脳内で警鐘がかき鳴らされる。「今すぐ逃げろ」と。


 それなのに、足は地面に貼りついたまま。




「何が怖いんだ? こっちにって言っているだろう、ほら!」




 声音がにわかに苛立ちを覚える。暗がりの中伸びてくる、男の腕。




「いや……っ!」




 腕を掴まれ、目をきつくつむった瞬間、



 パシンッ!



 乾いた衝突音と、男のうめき声が聞こえた。




「いってぇ……」




 恐る恐るまぶたを開く。顔をしかめ、手の甲を押さた男は、目前の人物を睨みつけている。


 私は目を見張った。


 向けられた背中と、握られた竹刀。突如として現れた少年が、私と男の間に立ちはだかっていたのだ。


 少年の周囲はまるで次元が違っていて、ともすればピリピリと痛みを感じるほど、空気が張り詰めている。




「……誰がどんな趣味思考を持っていようが、俺には一切関係ないが」




 少年が淡々と声を発する。後ろへ押しやる仕草が、私を庇ってくれているようだった。




「調子に乗るなよ。妄想はテメェの脳内満足だけにしとけ。――失せろ」




 絶対零度の声音で男を貫き、喉元に竹刀を突きつける少年。




「……な、何なんだ、それは……!」




 完全に動きを封じられた男の視線が少年に釘付けだった。その怯えようが、尋常じゃない。




「あり得ない……そんなこと……ば、化け物!」




 少年は背を向けているから、私には何のことだかわからない。




「化け物っ!!」




 ただそう言い放ったのを最後に、男が一目散に逃げ出したことはわかった。暗がりでは、その姿が見えなくなるのも時間の問題。


 やがて傍で漏れたため息が、私を我に返らせる。


 少年が脇をすり抜けた、と思ったら、すれ違いざまに手首を掴まれた。仰天する私をよそに、彼は歩み出す。




「あっ……あの!」




 初対面の、しかも男性に手を引かれていると思うだけで、脳内はパニックを起こしそうになる。


 変質者から助けてくれたし、悪い人ではないと思うんだけど、それを差し引いても不安が胸に居座った。


 何も言わないから、何を考えているのかわからない。それが、怖い。




(……私はこれからどうなるんだろう。もしかしたら……)




 不安と恐怖が交互に降り積もる。頭の中がパンクする寸前、少年が急に立ち止まる。慌てて急ブレーキをかけると、掴んでいた手が離れた。




「あまり夜遅くに出歩くな」



「え? ……あ」




 道はちょうど、住宅街に差しかかったところ。民家から漏れる明かりが私をひどく安心させる。




「あの……ここまで来たら家近いですから、もう平気です」




 ようやく警戒をといて恩人の顔を仰ごうとした。が、その前に背を向けられてしまったものだから、慌てて声を張り上げる。




「助けていただいてありがとうございました! お名前だけでも、教えていただけませんか!」




 足が止まる。だが少年は振り返らない。


 沈黙の中、胸の高鳴る音だけが聞こえている。


 やがて、少年はおもむろに振り返る。




「ミブロ」




 小さく、だがはっきりとそう言った。



 ――顔を見たはずなのに、覚えているのは漆黒の夜空と、そこに浮かぶ琥珀の満月だけ。



 黄金の光がとても近くにあるような気がしたのは、私が幸せな夢を見ていたかったからなのかもしれない。

 

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