6―オレンジ―
昇降口で待っていると、すぐに若葉くんが荷物を持ってきてくれた。
「わざわざありがとう!」
「ん、気にしないで。これくらいどうってことないから」
「ホント? 若葉くんってたくましいね」
「……男ですから」
何だか嬉しそう。照れたような横顔も魅力的だなぁ……って。
「あれ……」
「どうかした?」
不思議そうにこっちを向く若葉くん。
私が驚いたのは、レンズを介さない彼の瞳が、緑色であるはずなのに違っていたからだ。
窓から差す夕暮れと同じ茜色。若葉くんも何のことか気づいたらしい。
――若葉くんの瞳は、『光の反射角度で色が変わる』
朝と昼は緑色であることは見ていて気づいたけど、夕暮れともなると太陽の位置が大きく変わるし、それに伴って瞳の色も変わるのだろう。
「そっか。夕方はオレンジっぽいんだ。カラフルで綺麗だね」
朝昼夕、となると、当然気になることがもうひとつ出てくる。
「じゃあ、夜はどうなるの?」
「え……?」
一瞬だけきょとんとした若葉くんは、すぐに笑って言った。
「夜は光が当たらないじゃない。色の変化のしようがないよ」
「あ、そっか」
言われてみればそうだ。色が変わらないってことは、ノーマルな状態なんだよね。
えっと、じゃあ夜は黒ってことでいいのかな。光が当たらないのに緑やオレンジに光り出すわけがないし。
うーん。若葉くんの瞳って摩訶不思議だよねえ。
「……ねえ、紅林さん」
「ん? どうしたの。真剣な顔して」
「……紅林さんが寝てるときに何か言ってたから、少し気になって」
「へっ? 寝言口走ってた!?」
「なんて言ったかは聞こえなかったけど、誰かの名前を呼んでたみたい」
寝ていたときに見てた夢って……アレだよね。どう考えても、アレだよ。
(おっ……お月さまの夢だよぉ~っ!)
ということは、その誰かって……。
「もしかして、怖い夢だった?」
「そ、そうじゃないけど!」
「けど……?」
心配そうな若葉くん。あ、これは何か言わなきゃ、だよね……。
「ええっと、私が見ていた夢っていうのは怖い夢なんかじゃなくて……その、えっと…………が………………てくれる夢です」
「え?」
あーもうっ! 聞き返さないでよっ!
「憧れの人が、助けに来てくれる夢です! 文句ありますか!?」
恥ずかしい! ただでさえそんな少女漫画みたいな夢、引くのに!
とりあえず、怖い夢でなかったとわかったらしい若葉くんは一息ついて、遠い目をした。
「憧れの人……なんだ」
でも、瞬きをした後には、もとの笑顔に戻っていた。
「だいぶ暗くなってきたね」
窓の外を見ると、茜の空が少しずつ宵に染まり始めている。
「送って行こうか?」
「えっ?」
「こんな中を、女の子1人で帰らせるのは心配だから」
ドキッとした。
冗談……ではないことが若葉くんの本当に心配そうな表情から見て取れた。だから余計焦ってしまう。
「だっ、大丈夫だよ! ほら私、家近いし、そんなに気を遣わないで! 今日助けてもらっただけで充分だよ!」
気持ちは嬉しいんだけど、そこまで行くと私の心臓がもたないと言いますか。
躍起になって断る私に、若葉くんは苦笑。
「冗談だよ」
「……え」
冗談だったの? 全然そうは見えなかったんですけど。
「でも、暗い中を帰ることには変わりないから、気をつけてね。気づいたら真っ暗、なんてこともあるかもしれないし。
それと、知らない人について行っちゃダメだよ」
……お母さんだ。お母さんがここに!
「う、うん。なるべく早く帰るようにします」
心配しているお母さん……じゃなかった若葉くんを安心させるには、素直にうなずくに限る。
若葉くんがホッと胸を撫で下ろしたのを確認してから、靴に履き替える。
振り返ると手を振ってくれた。私も振り返しながら、学校を出る。
下校時刻まで少し余裕があるため、外は部活生が忙しく走り回っている。
ふと空を仰ぐ。
夜の帳が下りる空に、白い月が浮かんでいる。形も輝きも、完成まであと少し。
「ミブロ……」
満月が近いから夢に出てきたのかな。
……私のお月さま。




