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【完結】夜空の琥珀  作者: はーこ
二章【紅蓮のハザード】
13/46

4―ガンバッタネ―

 

「……どうしろって言うの?」




 声はかすれて、今にも消え入りそう。




「……私は弱い人間だよ。現実から逃げて逃げて、それでも足りなくてウソまでついてる。


 みんなに話しかけるのも、ぶっきらぼうで粗野な振る舞いでしか話せない。みんなが思っている紅林でしか、みんなの前に立つことができない。だって私は……っ」




 一言「私は不良じゃない」と訴えれば、信じてくれた人もいたかもしれないね。


 ……でも、違うの。




「私は、嫌われてたんだよ! 人間としての関わり合いなんて、最初から必要とされてなかった!


 怖がられてるわけじゃないのに、本当の私を見せたらどうなるの?


 弱い私を見せたらきっとみんなは安心する。『何だ、こいつはただの臆病者だ』って。


 そうなったら、私の居場所がなくなる! 私は、それが怖かったんだよ!」




 だから、嘘をついた。


 強さという幻覚の影に隠れて、生きてきた。


 たとえ恐れられていたとしても、『私』の存在がちゃんとあった。



 でも、所詮は幻覚だった。弱い私はちっとも変わらない。




「若葉くんに出会って、正直言って救われたよ。言葉のひとつひとつが、優しくて、温かくて」




 虚ろな心に、じんわりと沁み込んできた。


 それは、長い間願ってやまなかったもの。




「仲良くしてくれて嬉しかった。たくさん話してくれて、嬉しかった。……一緒にいて、楽しかった」




 若葉くんといることが『楽』じゃなく『楽しかった』――それだけで、大きな意味を持つ。


 だから私は、持てる力のすべてを込めて笑う。




「感謝してもしきれないくらい。本当にありがとう」




 ……私のために誰かが傷つくのは嫌。それが、私の心配をしてくれる人なら、尚更。




「私、もう大丈夫だから……」




 悲しくなんかない。


 寂しくなんか、ない。


 私の心は、晴れ晴れとしていて……。




「だったら、どうして俯いているの?」




 静かな声が保健室に響いた。


 若葉くんがどんな表情をしているのか、私にはわからない。彼の言う通り俯いているから。




「本当に大丈夫なら、僕の顔を見て。ちゃんと前を向いて」




 追い打ちをかけるように言葉が降ってくる。


 頭上に鉛を置かれたみたいで、顔を上げられなかった。




「そう」




 たった一言だけ、呟かれた言葉……




「ご、ごめ……」




 慌てて謝ろうとした、そのときだ。


 私の目の前に、すっと何かが伸びてきて――私の両頬を、包み込んだ。


 あまりに突然のことで理解が追いつかない。



 ……若葉くんの手が、私の頬に触れている?




「だったら、僕が受け止める。『本当』の紅林さんを。もう辛い思いをしないで、顔が上げられるように」




 至近距離に若葉くんの顔が近づく。頭が真っ白になった。でも顔を固定されていて目が逸らせない。




「紅林さんが本当は芯の強い人だってこと、僕は知ってる。じゃなきゃ、辛いときに他人のことなんて考えられないよ。


 みんなは周りが見えなくなりすぎてるんだ。紅林さんの魅力に気づいてくれる人はきっといる。


 今は僕しかいないけど……僕にだってできることはあるはず」




 ――だから、何でも話してね?


 若葉くんの、そんな声が聞こえたような気がした。




「今まで頑張ったね。でも、そろそろ休んでもいいんじゃない?」




 ……やめてよ。そんなこと言われたら、隠しきれなくなっちゃう。




「……っ!」




 目頭が発火した。これ以上にないくらい熱い。流れ出てくるものを止めることができない。


 それなのに若葉くんが微笑んだのが見えたのは、長い指先が優しく涙を拭ってくれたから。


 その優しさが余計に私を泣かせる。もう声を押し殺すことができなくなった。




「うっ……ひく……っ!」




 2人しかいない保健室に嗚咽だけが響く。


 強くあるために泣かなかった。それなのに、若葉くんの前では泣けてきてしまう。


 強がりで、弱い私を泣かせてくれる――受け止めてくれる。



 彼のような人を、ずっと求めていたのかもしれない。



 若葉くんの指はぐっしょりだった。それでも彼は拭うのを止めない。


 私の涙が枯れてしまうまで、その指が離れることは、なかった。

 

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