4―ガンバッタネ―
「……どうしろって言うの?」
声はかすれて、今にも消え入りそう。
「……私は弱い人間だよ。現実から逃げて逃げて、それでも足りなくてウソまでついてる。
みんなに話しかけるのも、ぶっきらぼうで粗野な振る舞いでしか話せない。みんなが思っている紅林でしか、みんなの前に立つことができない。だって私は……っ」
一言「私は不良じゃない」と訴えれば、信じてくれた人もいたかもしれないね。
……でも、違うの。
「私は、嫌われてたんだよ! 人間としての関わり合いなんて、最初から必要とされてなかった!
怖がられてるわけじゃないのに、本当の私を見せたらどうなるの?
弱い私を見せたらきっとみんなは安心する。『何だ、こいつはただの臆病者だ』って。
そうなったら、私の居場所がなくなる! 私は、それが怖かったんだよ!」
だから、嘘をついた。
強さという幻覚の影に隠れて、生きてきた。
たとえ恐れられていたとしても、『私』の存在がちゃんとあった。
でも、所詮は幻覚だった。弱い私はちっとも変わらない。
「若葉くんに出会って、正直言って救われたよ。言葉のひとつひとつが、優しくて、温かくて」
虚ろな心に、じんわりと沁み込んできた。
それは、長い間願ってやまなかったもの。
「仲良くしてくれて嬉しかった。たくさん話してくれて、嬉しかった。……一緒にいて、楽しかった」
若葉くんといることが『楽』じゃなく『楽しかった』――それだけで、大きな意味を持つ。
だから私は、持てる力のすべてを込めて笑う。
「感謝してもしきれないくらい。本当にありがとう」
……私のために誰かが傷つくのは嫌。それが、私の心配をしてくれる人なら、尚更。
「私、もう大丈夫だから……」
悲しくなんかない。
寂しくなんか、ない。
私の心は、晴れ晴れとしていて……。
「だったら、どうして俯いているの?」
静かな声が保健室に響いた。
若葉くんがどんな表情をしているのか、私にはわからない。彼の言う通り俯いているから。
「本当に大丈夫なら、僕の顔を見て。ちゃんと前を向いて」
追い打ちをかけるように言葉が降ってくる。
頭上に鉛を置かれたみたいで、顔を上げられなかった。
「そう」
たった一言だけ、呟かれた言葉……
「ご、ごめ……」
慌てて謝ろうとした、そのときだ。
私の目の前に、すっと何かが伸びてきて――私の両頬を、包み込んだ。
あまりに突然のことで理解が追いつかない。
……若葉くんの手が、私の頬に触れている?
「だったら、僕が受け止める。『本当』の紅林さんを。もう辛い思いをしないで、顔が上げられるように」
至近距離に若葉くんの顔が近づく。頭が真っ白になった。でも顔を固定されていて目が逸らせない。
「紅林さんが本当は芯の強い人だってこと、僕は知ってる。じゃなきゃ、辛いときに他人のことなんて考えられないよ。
みんなは周りが見えなくなりすぎてるんだ。紅林さんの魅力に気づいてくれる人はきっといる。
今は僕しかいないけど……僕にだってできることはあるはず」
――だから、何でも話してね?
若葉くんの、そんな声が聞こえたような気がした。
「今まで頑張ったね。でも、そろそろ休んでもいいんじゃない?」
……やめてよ。そんなこと言われたら、隠しきれなくなっちゃう。
「……っ!」
目頭が発火した。これ以上にないくらい熱い。流れ出てくるものを止めることができない。
それなのに若葉くんが微笑んだのが見えたのは、長い指先が優しく涙を拭ってくれたから。
その優しさが余計に私を泣かせる。もう声を押し殺すことができなくなった。
「うっ……ひく……っ!」
2人しかいない保健室に嗚咽だけが響く。
強くあるために泣かなかった。それなのに、若葉くんの前では泣けてきてしまう。
強がりで、弱い私を泣かせてくれる――受け止めてくれる。
彼のような人を、ずっと求めていたのかもしれない。
若葉くんの指はぐっしょりだった。それでも彼は拭うのを止めない。
私の涙が枯れてしまうまで、その指が離れることは、なかった。




