1―オニイチャン―
……それは、登校ラッシュの20分ほど前のことです。
「おはよう紅林さん。はい、日誌もらってきたよ」
「……ふぁいっ!?」
日直の役目を思い出し、朝練を延期して職員室へ向かおうとしたら、教室の出入口で若葉くんと遭遇。
「ちょ、ちょっと待って。若葉くんはどうしてこんな早く学校に?」
「え? 僕も日直だからだよ?」
「はっ!?」
間抜けな声を出したので、レンズの奥にある黒目がパチパチと瞬く。
「そんなに驚くこと? 黒板に書いてあったよ。僕の見間違いでなければ」
「それはないかな!? ウチのクラスで若葉くんって1人しかいないから!」
「ははっ、そっか。なら間違いないなー」
「そうだよ。ハハハ」
……今日って若葉くんだったっけ?
編入翌日に日直なんてアリ? 別の人だった気がするのは私の思い違い?
(……まさかね)
心当たりがないわけじゃない。いや、どちらかといえばありすぎるけど……。
「紅林さんって、いつもこんなに早いの?」
「……あ、うん。家近いしね」
「へぇ。この辺は駅からも近いよね。学校帰りとか充実してそうだな」
「何が?」
「あれ、寄り道しない?」
「いやぁ……部活が終わったらすぐに帰るし」
「そうなんだ? 僕なんか毎日してるけど」
「毎日!?」
若葉くんの顔から、一瞬にして笑みが消えた。
「そうなんだよ……毎日が戦場でね」
「ごめんちょっといい? 若葉くんは学校帰りにいつも何してるの?」
「何って、ゲームセンターの……」
ゲームセンター!?
「斜向かいにあるバーの……」
……ああ、ゲームセンターは関係ないのね。でもまだ雲行きが怪しいんだけど……。
「裏路地を通り抜けた先の寺の……」
寺? バーの先に寺なんてあったっけ?
「200m行ったところにある、スーパーに用があるんだけど」
「…………………………」
色んな意味で、なんと言ったらいいのかわからない。
「えっと……若葉くんはそこで何を?」
「やだなぁ紅林さん。夕飯の材料を買うんだよ。葉物野菜がビックリするほど高くてね。もう大変で大変で」
私、若葉くんと話してるのよね? なのに主婦が見えるのはなぜ?
「わ、若葉くんって、家庭的、なのね」
「意識したことはなかったけど、言われてみればそうなのかな。
ウチは兄弟多いから、母さんを手伝ううちにいつの間にか僕の仕事になっちゃったんだ。学校帰りの買い物は日課みたいなものだよ」
「兄弟がいるの?」
「妹と弟が1人ずつ。まだ子供だから僕が面倒見なきゃいけないからね。……似合わなかった?」
「ううん、全然!」
お兄ちゃんなんだ。若葉くんがしっかりしてる理由もこれで納得。
それにしても、料理が日課とは驚き。
私も頑張らねば、とひそかに決心した朝の出来事でした。




