プロローグ
夜が怖かった。長く孤独な気がして。
いつか太陽を飲み込み、朝を奪ってしまうのではないかと、謎の不安にさいなまれる日々。
怯えてばかりの幼い私を、いつだってお母さんの優しい手と声がなぐさめてくれた。
『どうしたの? セラちゃん』
『……ひくっ、みんながセラのかみ、へんだっていうの』
『まあ、そんなことないのにね!
セラちゃんの髪は、お母さんに似てとーってもきれいよ。なんたってお月さまの色なんだもの』
『ほんとうに?』
『あら、お母さんが嘘ついたことある?』
『……ない』
『ふふ。ねぇセラちゃん。セラちゃんは優しくて、とてもいい子よ。そんなに泣かなくてもいいの』
果てしない闇夜でも、お母さんは昼間と寸分違わぬ笑顔を浮かべている。
深海の色をした瞳に吸い込まれ、いつしか悲しむことさえ忘れさせられた。
『なかなくても、いい?』
『ええ。だから、これだけはよく覚えておいて』
額縁代わりのガラスの向こう、見上げた夜空の中央に、琥珀色の光がぽうっとまん丸な円を形作っている。
滲み出る光はやわらかで、それでいて凛と佇む。
目を奪うほど綺麗だった。その美しさは、お母さんの言葉とともにいつまでも胸に残っている。
『お月さまはね、セラちゃんのことをずうっと見ているの。どんなに悲しいことがあっても、きっと守ってくれる。
あなたは、独りじゃないわ』