第1話:境界線のDIY拠点と、二人の不器用な家出娘
剣と魔法の世界において、最も危険な場所とはどこか?
それは強大な魔物が棲むダンジョンでも、荒れ狂う嵐の海でもありません。
大陸を二分する「人間」と「魔族」。その憎しみが交差する境界線――。
本来なら、一歩足を踏み入れれば命の保証はないその「不可侵の森」に、なぜか漂う木の芳醇な香りと、トントンと小気味よく響く木槌の音。
これは、前世で培った「生活の知恵」と「DIY精神」を武器に、無自覚に聖域を作り上げてしまった青年・カナデが、世界で最も不器用な二組の父娘を救ってしまう物語です。
「世界の救済」よりも「今日の腰痛の改善」を。
「魔法の進歩」よりも「縁側の座り心地」を。
殺伐とした異世界の常識を、カナデが日曜大工で塗り替えていく様子を、どうぞのんびりとお楽しみください。
そこは、世界で最も「静かで、最も騒がしい」場所だった。
北には、厳格なる法と騎士の国・ロストール王国。南には、荒々しき魔力が渦巻く魔界・ベルゼニア。その両国の国境が接する「不可侵の森」は、長年、誰一人として足を踏み入れない、いわば冷戦のデッドゾーンとなっていた。
……はずだった。
「よし、最後にこの『蜜蝋ワックス』を塗り込めば……。うん、いいツヤだ」
森のど真ん中、本来なら軍勢が睨み合っているはずの場所に、ポツンと一軒の木造家屋が建っていた。
カナデは、自作の「カンナ」を脇に置き、完成したばかりの**『縁側』**を満足げに眺めた。
彼はこの世界に転生してからというもの、文明レベルの低さに絶望し、「なら自分で作ればいい」と、前世で培ったDIY知識と、無自覚に漏れ出す魔力を注ぎ込んで、この理想の拠点を築き上げていたのだ。
この世界の「家」は、ただ雨風を凌ぐだけの石造りの箱か、湿った洞窟のようなものばかり。だが、カナデが作ったこの家は違う。
基礎には魔力を通した防腐処理済みの木材を使い、壁には調湿効果のある漆喰を塗り、そして今、魂を込めて作り上げたのが、この『縁側』だった。
「やっぱり日本人の心はこれだよね。この絶妙なしなりと、木の温もり。あとは美味しいお茶があれば最高なんだけど」
カナデが「庭の雑草(実は伝説の霊草)」を摘みに行こうと腰を上げた、その時だった。
ガサガサッ! と、森の両端から同時に茂みをかき分ける音が響いた。
「はぁ、はぁ……っ! ここまで来れば、お父様も追ってこれないはず……!」
「ふん、魔宮の堅苦しい修行なんて真っ平よ! 私、自由になるんだから!」
現れたのは、銀髪をなびかせ、泥に汚れながらも気品のあるドレスを纏った人間の少女。そして、頭に小さな角を携え、漆黒のローブの裾をボロボロにした魔族の少女。
ロストール王国の王女・リリアと、魔王の娘・ベルセーである。
二人は、家を飛び出してきたという共通点も知らぬまま、お互いの姿を認めた瞬間、ピシリと凍りついた。
「……人間? しかも、その紋章……ロストールの王女ね?」
「……魔族。貴女こそ、魔王ベルゼギウスの娘でしょう。まさか、私を捕らえに来たの?」
一触即発。彼女たちの足元から魔力と剣気が膨れ上がる。本来なら、ここで歴史に残る「聖魔激突」が始まり、森が消し飛ぶはずだったのだが――。
「あ、いらっしゃい。ちょうど良かった。今、お湯が沸いたところなんだ」
間の抜けた声がした。
二人が視線を向けると、そこには作業着姿のカナデが、湯気の立つポットを手にニコニコと立っていた。
「……は?」
二人の声が重なる。
「そんなところで立ち話もなんですし、上がってください。そこ、僕が作った特製の『自動換気システム付きサンルーム』……あ、ただの縁側なんですけど、結構涼しいですよ」
あまりの拍子抜けな空気に、二人は毒気を抜かれた。
リリアは思った。父である国王エドワードは、常に「王族の誇り」と「鉄の規律」を説き、自分を一つの駒としてしか扱わなかった。
ベルセーは思った。魔王ベルゼギウスは、「強さこそが全て」と、自分に一度も微笑みを向けたことはなかった。
そんな彼女たちの目に入ってきたのは、陽だまりの中で黄金色に輝く、滑らかな木の床だった。
「……少しだけ、休ませてもらうわ。勘違いしないで、敵情視察よ」
「私もよ。魔族が人間に遅れをとるわけにはいかないもの」
意地を張り合いながら、二人は縁側に腰を下ろした。
その瞬間。
「…………っ!?」
二人の背筋に電流が走った。
カナデが「人間工学」を無意識の魔法で具現化したその縁側は、座った瞬間に体の重みを完璧に受け止め、逃亡生活でこわばった筋肉を柔らかく解きほぐした。
そこには、冷たい王座にも、殺風景な魔王宮にもない、「安らぎ」という名の魔法がかかっていた。
さらにカナデが差し出したのは、『氷魔法の魔石でキンキンに冷やしたフルーツオレ』。
「な、なによこれ……! 甘い……冷たくて、幸せ……」
「お父様の出す、あの苦い薬膳茶とは大違い……っ。私、もう一生ここでいいわ……」
数分後。そこには、宿敵同士であることを忘れ、縁側で「ふぇぇ……」と蕩けた顔で並んで座る二人の姫の姿があった。
カナデはそれを見て「あはは、気に入ってくれたみたいで良かった。あ、その座布団、中身は僕が乾燥させた最高級の綿なんだよ」と、これまた無自覚に伝説の素材を自慢していた。
そんな平和な光景を、森の奥から血眼で探していた「父親」たちが発見するのは、それからすぐ後のことだった。
「リリア! どこだリリア! 戻らねば、公務が滞るぞ!」
「おのれ、ベルセー! 我が教えを忘れ、逃げ出すとは何事だ!」
森の入り口で、黄金の剣を抜く国王エドワードと、闇の魔力を集める魔王ベルゼギウス。
世界を滅ぼしかねない二人の激突が始まろうとしたその時、彼らの目に飛び込んできたのは――。
カナデに「はい、おかわり」と頭を撫でられ、尻尾をパタパタ(ベルセー)させ、頬を赤らめて(リリア)笑い合う、自分たちの愛娘の姿だった。
「「…………え?」」
最強の二人の王が、同時に呆然と立ち尽くす。
自分の前では一度も見せたことのない、年相応の、心からの笑顔。
「お、お父様……?」
「……父上……」
娘たちの冷ややかな視線が父たちを射抜く。
「今、カナデさんのところで『家族会議』してるの。邪魔しないでくれる?」
世界最強の王たちは、カナデが作った「見たこともないほど座り心地の良さそうな縁側」と、そこに流れるあまりにも平和な空気に、ただ立ち尽くすしかなかった。
カナデの「無自覚DIY」が、世界のパワーバランスを、そして冷え切った家族の温度を、文字通り『丸く』し始めた瞬間であった。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
本作のテーマは、ずばり**「居場所の再構築(DIY)」**です。
主人公のカナデは、決して最強の魔法で敵をなぎ倒す英雄ではありません。しかし、彼が削り出した一本の柱や、丁寧に淹れた一杯のお茶には、どんな最強魔法よりも頑固な「父娘の意地」を溶かしてしまう力があります。
アニメ化を見据えた際、大切にしたいと考えたのは**「ギャップ」**です。
鎧を脱げない国王と、角を隠せない魔王。そんな二人が、カナデの作った「縁側」というたった数メートルの空間で、ただの「不器用な父親」に戻ってしまう。その滑稽で、少しだけ切ない家族のドラマを、このDIYスローライフの中に詰め込みました。
次回の第2話では、いよいよ娘を連れ戻しにきたはずの王たちが、カナデの作った「文明の利器」に触れてしまいます。
「王としての威厳」と「圧倒的な心地よさ」の狭間で揺れる彼らの姿を、ぜひご期待ください。
よろしければ、皆さんの「こんなアイテムが出てきてほしい!」というアイデアも、ぜひお聞かせくださいね。




