第5話 二度目の始まり
台風一過の夕暮れ。墨をこぼしたような滲んだ灰色の空に、電波塔の紅白だけが鮮やかに浮かび上がっていた。
――そうだ。ここは、あの日だ。
「よう、聡」
「……友哉!?」
目の前に立つ友哉の姿。生きて、笑って、僕を呼ぶ声。
胸が熱くなり、涙がこぼれそうになる。
「なんだよ、びっくりした顔して。俺の顔になんかついてるか?」
僕は両手で友哉の肩を掴み、その温もりを確かめるように叩いた。
「……良かった。本当に……」
「はあ? なにそれ。俺、なんかしたっけ?」
冗談めかして笑う友哉に、返す言葉が見つからなかった。
「ま、いいや。あのお店入ろうぜ」
友哉に促されるまま、二人は駅前の焼き鳥屋へと足を運んだ。
席に着いても、胸の鼓動が落ち着かず、気になって仕方なかった。
「……友哉、今日って何日だっけ?」
怪しまれないように努めて平静を装う。
友哉は腕時計を見て答えた。
「今日は九月六日、土曜日」
「……ほんとに」
やっぱり、あの日に戻ってきたんだ。僕はグラスを持つ手が震えた。
「俺さ、自分で言うのもなんだけど、昇進したんだぜ」
友哉が笑顔で切り出す。
「そうだったな。おめでとう」
乾杯の音が響いた瞬間、僕は意を決した。
「……友哉」
声がかすれ、自然と俯いてしまう。
「お前……自殺なんて、考えてないよな」
「は? なに言ってんだよ、いきなり」
友哉は大げさに笑って、焼き鳥を頬張った。
「ほらこれ、うまいぞ。食えって」
皿を押しやるその仕草が、余計に空々しく見えた。
(……やっぱり、まだだ。今はまだ、あの時じゃない)
「悩みとか……ないのか?」
もう一度切り込むと、友哉は呆れ顔で僕の額に手を当てた。
「無いって。お前こそ熱でもあるんじゃねえの?」
そして大げさに肩を揺らして笑う。
「強いて言えば……悩みは、背が高すぎることくらいかな」
そんな冗談まで言って、豪快に笑った。
問いかけても、かわされる。やっぱりまだ表には出ていないのか。
悶々としたまま、時間だけが過ぎていった。
店を出る時、僕は思い切って言った。
「なあ、今日……お前の家に泊めてもらっていいか?」
「は? 気持ちわりいな。明日早いから無理」
冗談めかして笑われ、返す言葉を失った。
別れ際、僕は念を押した。
「何かあったらすぐ連絡しろよ。いや、何もなくても連絡しろ」
「へいへい」
友哉は相変わらず軽く手を振る。
でも、僕は知っている。
このままでは彼は、死んでしまう。
帰宅した僕は机に向かい、深呼吸した。
――Xデーまではあと一週間半しかない。
でも、場所も、時間も、知っている。
今度こそ、友哉を救うんだ。
まずは、友哉に毎日ラインすること。
会社の実情を調査する。
建設会社にもう一人同級生が就職している。
そいつとコンタクトをとり、内情を聞こう。
明日は幸い日曜日だ。
早速、友哉にラインをした。
「今日はありがとう。楽しかった。おやすみ」
妙に女っぽい文章だが、そんなこと気にしてる場合じゃない。
◇
翌朝。
目覚ましがなくても早く目覚めてしまった。
ラインは、既読にならない。気づいてないのだろうか。
確か、田中洸平は、友哉と同じ建設会社に勤めたと聞いている。
まだ、勤めているかは不明だ。
まずは田中の実家から連絡してみる。
「田中さんのお宅でしょうか? 洸平くんの白桜高校の同級生、鈴木聡といいます」
幸い実家の電話番号は変わっていなかった。
この時勢、怪しまれるかと思ったが、なんとか田中くんの携帯番号を教えてもらえた。
早速、洸平の携帯に電話する。
『もしもし』
「あ、田中くん? 白桜高校の同級生の鈴木聡です。覚えていますか?」
『あー、聡?』
よかった。覚えててくれた。
「田中くんが就職した太陽建設に荒木友哉っていると思うんだけど、知ってる?」
『え……と。俺、一年前にそこ辞めたんだよね。仕事が忙し過ぎて体壊してさ』
「そうなのか……。友哉知らない?」
『荒木って、お前の方が仲が良かったんじゃね?
会社では部署も違うし、ほとんど会ったことなかったな』
「そっか」
僕は、肩を落とした。
残念がっている僕の声を気にしてか、田中くんはこう言った。
『まあ、あの会社はどこの部署も人手足らずで、忙しいと思うよ。あいつってバスケ続けてたんだっけ?』
僕は逆に聞き返されてしまった。
「続けていると思うよ」
思わず僕はそう言ってしまった。
『あんまりあの会社いい噂聞かないから、とっとと辞めた方がいいかもしれないね。会ったら伝えといてよ』
「……わかった。ありがとう。田中くん。急に連絡してごめんね」
『いやいいよ。懐かしかったし。じゃまたね』
「またね」
田中くんの話で、ろくな会社じゃなさそうなことがわかった。
友哉に知らせないと……。
友哉へのラインメッセージがまだ既読にならない。
僕は、いても立ってもいられなくなり、電話してしまった。
「あ、友哉? 仕事中か……ごめん。またかけるね。え? あ、じゃあ、夜かけるわ」
朝が早いと言っていた通り、休日出勤しているらしい。
遅くなるらしく、夜にまたかけ直すことにした。
◇
夜、九時。
僕は友哉に電話した。
トゥルルル……トゥルルル……
しばらく立っても出ない。
ガチャ。
『もしもーし』
友哉の声がしたが、酔っ払っているようだ。
「聡だけど」
『あー、聡ちゃんね。ははは』
何がおかしいのか、笑っている。
「今どこにいるの?」
心配になって僕は聞いた。
『おうちにいるよ』
「今から行っていいか?」
『……』
出張中の泊まり先は、実家に行った際、母親から聞いていた。
僕は、車で友哉の家に急いだ。




