TZEL〜追放者と秩序の神話劇〜【24.5】
数ある中から見つけていただき、有難うございます。
道行く誰かの声が不自然に途絶えた。
耳を澄ませると、名前も知らない声の主は、足早に通り過ぎた先でヒソヒソと耳打ちする。それが気になって、声の方へ振り向いた瞬間、視界の端に異様な影が映った。
制服を纏う仮面の男。白髪と黒肌。長命種族の特徴を持つ大人が、下層街の喧騒の中で、遠巻きに様子を探っている。
エシュが僕の手を掴んだ。何も言わずに古紙店を離れ、人の流れに身を任せ、中央広場がある奥へ進む。
招客の声は遠ざかり、耳に響いていた太鼓の音が、身体を内側から震わせる。乾いた音が、地の底から脚伝いに這い上がってくるようだった。
僕たちは賑やかな声で溢れる劇場へ入って行く。
半円形の劇場は、石材と菌糸で組まれた粗末な構造。舞台上には、煤けた布に「地底神の誕り」と手描きの文字が、発光キノコの明かりに照らされ踊っていた。
階段を降り、薄暗い空間へ足を踏み入れる。観客席は土を掘って岩石を並べただけの簡素なベンチだ。異種族の子供たちが騒ぎ、親たちは静かにそれを見守っていた。
舞台の幕が上がる。発光菌ランプが明度を落とし、舞台中央の穴から赤黒い光が漏れ始める。太鼓の音が止み、語り部の声が響いた。
「かつて、名を持たぬ神が、困窮する民の祈りに答えた。地の底に棲まう神は、泥と骨と記憶を混ぜ、人を模った依代を造る」
粘土と繊維で作られた人形が現れる。異様に長い腕と、目のない顔。ぎこちない動きが、語り部の声と太鼓のリズムに合わせて神話の断片を形にしていく。
「依代は、新たな土地へ最初の民を導き、迎え入れた」
僕は、舞台を見つめるエシュの横顔を観察した。指先が僅かに動いている。何かを思い出しているのか、演出に反応しているだけなのか。
地底神の物語は、国民なら誰もが知る建国神話だ。この演目は国家が普及を推奨するもの。劇場は装置であり、移民や異種族に許された数少ない娯楽でもある。
劇が終わる頃、太鼓の音が再び鳴り響き、語り部が最後の言葉を告げた。
「依代は大地に還り、神は今も地の底で眠る。国が歪むたび、目を覚ます」
幕が下りていく。観客たちは賑やかさを取り戻して立ち上がり、それぞれに出口へと向かった。
三つある出口の一つに、仮面男が見えた。出ていく観客を見定めつつ、劇場内を覗き込んでいる。
ここへ着く途中にも、後をつけて来る制服姿の同族を見かけた。おそらく、他の出口も見張られている。
移動を躊躇して立ち止まった僕の背中に、誰かがぶつかった。よろめいた次の瞬間、エシュは躊躇なく僕の腰に手を回して、肩へ担ぎ上げる。
何も知らない観客が出口へ押し寄せる中で、流れに逆らい掻き分けて、舞台へと駆け降りて行く。
慌てた様子で仮面男が入って来る。呼び止められるよりも早く、僕たちは幕の向こう側へ逃げ込んだ。
幕の裏は狭く、埃と汗の匂いが充満していた。
吊るされた衣装の列が、暗がりの中で揺れている。使い込まれた粗末な被り物や土製の仮面が、侵入者を睨むように並んでいた。
僕は手を伸ばし、道具箱の上に掛けられていた大きな衣装を引き寄せる。深緑色の布地をまだら模様に見えていたものは、泥汚れや小さな穴だった。染み付いた汗と埃の臭いが鼻を突く。
選り好みしている余裕はない。
それをエシュに押し付け、届く範囲から仮面とボロの外套を引っ張り、顔を隠す。僕の意図に気づいたエシュは、角張った大きな被り物を頭に乗せた。
かえって衆目を集めそうだ。しかし、鮮やかな赤髪を晒すよりは改善されたと思っておこう。
太鼓の余韻がまだ板を震わせている。その音に紛れるように通路を進んだ。
舞台裏を横切ると、次の演目に備えて待機する若そうな演者たちがいた。僕たちは衣装を纏ったまま演者の列に紛れ込んだ。こちらを見て首を傾げたが、舞台裏に入り込み、衣装を纏って遊ぶ子供は稀にいるものだ。
「ん? どこの子だ?」
「連れと、はぐれちまったのかい?」
迷子の子供へ向けるような柔らかい声。衣装は街民の共有財産として扱われており、盗みを疑う者はいない。周りの動きに合わせていれば、飛び入り参加も暗黙に伏せられる。
彼らの反応を訝しんで、僕は背後を振り返った。
そんなことをしている間に、裏口が開かれ、衣装を纏った演者たちが太鼓の音を先頭にして外へ出ていく。
その先で、仮面男が腕を組んで立っていた。心臓が喉元まで迫り上がり、一瞬、呼吸さえ忘れた。演者の列をじっくりと検めている。
裏口から出る直前、僕は荷車に目をつけた。誰よりも大柄のエシュは目立ちやすい。
舞台袖の布幕を引き剥がし、荷車の上に雑にかける。その間にエシュは、荷車へ身を滑り込ませた。
身長をごまかすためにブカブカの厚底木靴を履き、荷車を押す。車輪が軋み、ゆっくりと動き出した。演者たちの後に続いて外へ。
近づいて来た仮面越しに、低い声が響く。
「荷車の中を見せろ」
僕は俯いたまま布幕の端をめくり、荷車の中身を見せた。仮面や被り物などの小道具だ。それらを手に取り何かが隠れてないかと調べたが、思うような成果は得られず、仮面男は鼻を鳴らして投げ戻した。
「……ただの小道具か」
軽く会釈して、その前を通り過ぎる。しばらくは視線のようなものを背中に感じたものの、やがて靴音が遠ざかる。
すると、前を歩く演者は胸を撫で下ろし、いったい何事かと噂話を始めかけた。視線を交わし、首を振り、肩を竦め合う演者たち。
それもそのはずだ。彼らに愚痴を聞かれては、国家への不満有りと疑われ、連行される危険もある。
舞台用仮面の下で、僕も小さく息を吐いた。
お世辞にも滑らかとは言えない石畳に苦戦しながら、荷車を押し、商店街の通りを目指す。人々の喧騒と香辛料の匂いが近づき、発光菌ランプの光は増えた。
演者たちは、客足が落ち着いた昼休憩中の通りで舞台宣伝をして回る。最後尾の荷車と共に、雑踏へと紛れ込んだ。
このまま街を出られれば良いが、客寄せ巡回は街中のみ。主要な道は検問されているはず。ほとぼりが冷めるまで建物内で時間を潰そう。
荷車がギリギリ通れそうな裏路地を見つけた僕は、周囲を見回して仮面男の影を探す。しかし、仮面越しでは視覚が制限されるし、不審な動きをすれば余計に怪しまれる。程々で列を外れ、裏路地へ突っ込んだ。
「彼らが探しているのは君だろう? その巨体では入れない場所に用がある。別行動させてくれ」
木靴を脱いで息を整える僕の背後で、エシュが布幕の影から顔を出した。その無愛想な面を睨み、脱いだ衣装を荷車の奥へ隠す。
「後で迎えに行く」
エシュから返事があったことに驚きつつ、僕は溜め息を吐き、舞台用の仮面を荷車へ投げ入れた。
「幸運を祈っておくよ。彼らの」
最後までお読みいただきまして、有難うございます。
この物語は、現在連載中の長編ダークファンタジー「『闇堕ち直前』主人公と始めるお色直し世界征服」から切り取った一話完結の短編です。
初めましての方にも、お楽しみいただけるよう2500文字以上に調整しました。
【初めてこの物語に触れた皆様へ】
なぜ追われているのか。壮絶な旅と謎の全ては、本編にて、お楽しみいただけます。
気になった方は、1話を開いてみてください。
世界観紹介がゴツくて静かすぎてムリと思ったら、4話からでも大丈夫です。ふと気になった時、1話へ戻って来てくださいませ。
https://ncode.syosetu.com/n9378kv/1
【本編を読んでくださっている皆様へ】
PVを動かしてくださり有難うございます! それがなければ、投稿する意味を見失ってしまいますからね。
この物語は、時系列としては本編の24話の直後、24.5話に位置します。
25話から回想が3話続きまして、現在の時間軸に戻ってくるのは28話です。
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