機嫌がいい君 #9
リハビリ室に入ると、見慣れた光景が広がっていた。
整然と並べられた器具、柔らかな光の差し込む窓、そして……瑞稀の姿。
昨日と同じように、瑞稀はトレーニング用の器具を使って軽い運動をしていた。
ただ、今日は何かが違った。
表情が――明るい。
昨日までのどこか影を落とした顔つきとは違い、瑞稀の頬にはほんのりとした生気が宿っていた。
病院で見せることの少なかった、学校での瑞稀に近い雰囲気。
それに気づいた瞬間、俺は無意識に声をかけていた。
「なんか…今日はいつもより明るいね。」
すると、瑞稀は動きを止めて、ぱっとこちらを向いた。
「え?」
俺の言葉が意外だったのか、瞬きをした後、少し照れくさそうに笑う。
「分かる〜?」
「うん。いつもより楽しそう」
そう言うと、瑞稀は嬉しそうに頷いた。
「うん、実はね……今日、先生に言われたんだ」
「何を?」
「自由外出の許可が出たの」
「自由外出?」
「そう! 病院の外に出ていいってこと!」
瑞稀は少し興奮気味に言った。
「ただし、時間は決まってるし、あんまり遠くには行けないんだけどね」
「へえ〜よかったじゃん」
自由外出。
病院の外に出ることができるというのは、長く入院している人間にとっては大きな意味を持つ。
瑞稀があんなに嬉しそうなのも納得だった。
俺がそう思っていると、瑞稀は少しだけ表情を改め、俺の方をじっと見つめた。
「ねえ」
「ん?」
「一緒についてきてくれない?」
「……え?」
一瞬、聞き間違いかと思った。学校でもっと仲良くしている人はいるはず。
けれど、瑞稀は真剣な顔で俺を見つめたまま、もう一度言った。
「一緒に、病院の外に行こうよ」
予想もしなかった言葉に、俺は戸惑った。
「心配してるなら大丈夫、先生に話せば付き添い扱いで行けると思う」
さらりと言う瑞稀に、俺は困惑する。
「…………」
「ダメ?」
瑞稀は少し首をかしげながら俺を見つめる。
その仕草が、妙に子供っぽくて、思わず目をそらしたくなった。
「別にダメとは言ってねぇけど……なんで俺…?」
「それは……」
瑞稀は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに笑顔を作って答えた。
「なんとなく。春樹と一緒なら、楽しいかなって思ったから」
「……なんとなくねぇ」
俺は呆れたように息を吐きながら、それでも断る理由が思い浮かばなかった。
(まあ、確かに病院の外に出られるなら、気分転換にもなるか)
そんなことを考えていると、瑞稀は俺の顔をじっと見つめたまま、もう一度言った。
「……ダメ?」
その声が、どこか不安げに揺れた気がして、俺は小さく肩をすくめた。
「分かったよ。ついていく」
そう言うと、瑞稀はぱっと笑顔になった。
「やった! じゃあ、先生に相談してみるね!」
そう言って、瑞稀は嬉しそうに看護師の方へと向かっていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺はふと考える。
(病院の外か……)
瑞稀と過ごす時間は、確実に俺の中で特別なものになりつつあった。
そして、外に出ることで、また何かが変わるのかもしれない。
そんな予感を抱きながら、俺は瑞稀を目で追った。