目をそらす君 #5
彼女は、しばらく俺を見つめたまま、何も言わなかった。
昨日と同じように逃げるのかと思ったが、今度はその場に留まり、視線を落とす。
まるで、言葉を選んでいるかのように。
やがて、ぽつりと口を開いた。
「……逃げたつもりじゃないよ」
「………俺を見て逃げたでしょ」
「……」
彼女は答えない。
俺から目を逸らし、まるで自分の居場所を探すように、視線を泳がせる。
それが、昨日の違和感をさらに強めた。
(やっぱり、何かある)
だが、ここで無理に問い詰めるつもりはなかった。
俺と彼女は、そんなに親しい間柄じゃない。
「……まあ、いいけどさ」
俺がそう言うと、彼女はふっと肩の力を抜いた。
ホッとしたような、でも少し申し訳なさそうな表情だった。
「……ごめんね、びっくりしたよね」
「まあね…」
「ほんとに、びっくりしただけなの。だから、気にしないで」
気にするなと言われても、気になる。
けれど、今の彼女の様子を見る限り、これ以上聞いても何も話してくれなさそうだった。
俺はそれ以上追及せず、話題を変えることにした。
「……お前もリハビリ?」
「え?」
「ここにいるってことは、何かしらリハビリ受けてるんだろ」
「あ、うん……まあ、そんな感じ」
彼女は曖昧に笑って、はぐらかす。
(やっぱり、何か隠してるよな)
けれど、それを追及できるほどの関係じゃないのも事実だった。
「そっか」
俺は、それ以上は聞かず、話を切り上げた。
彼女も、少しホッとしたように小さく息をつく。
――こうして、俺たちは初めて「病院での会話」を交わした。