病室で #20
夏祭りから数日が経ち、瑞稀との時間が少しずつ特別なものになっていくのを感じていた。リハビリが続く日々の中で、瑞稀の顔が以前よりも明るくなった気がする。とはいえ、その笑顔の裏に潜む寂しさや不安を感じ取ることもあった。
「おはよう」
リハビリ室で、瑞稀がいつものようにリハビリをしているところに顔を出すと、すぐに瑞稀は明るく微笑んでくれた。その笑顔に、俺は少し胸が温かくなる。
「おはよう。調子はどう?」
俺は瑞稀に歩み寄り、少し遠慮がちに尋ねる。彼女は一瞬だけ目を逸らしたけれど、すぐにまた視線を合わせてくれた。
「うん、まあまあかな。でも、昨日よりは少し動きやすくなった気がする」
瑞稀が言うその言葉には、少しだけ前向きな響きがあった。それが少し嬉しかったけれど、やはり彼女の体調が完全には戻っていないことを感じる。
「それなら良かった」
俺はほっと胸をなでおろすと、瑞稀の隣に座った。リハビリの時間が終わると、彼女はちょっとした休憩を取ることにしている。
「今日は、外に出る気分?」
ふと彼女が言ったその言葉に、俺は少し驚いた。外の空気を吸うのが久しぶりだったのだろうか、彼女の目には期待の色が浮かんでいる。
「うん…ちょっと散歩しようか?」
俺は少し考えてから答えると、瑞稀も嬉しそうにうなずいた。
「外の風が久しぶりだから、気持ちいいと思う!」
瑞稀が立ち上がると、俺も一緒に立ち上がった。病院の廊下を歩きながら、いつものように雑談を交わす。
「ねえ、最近、少し元気になったみたいだね」
俺はふと瑞稀の顔を見つめながら、そう言った。瑞 稀は少し照れたように笑う。
「そんなことないよ。でも、春樹といると、少し楽になるのかもしれない」
瑞稀は少し顔を赤くしながら言うと、俺は驚いて彼女の方を見た。
「俺といると?」
「うん…春樹、いつも優しいし、あんまり考えすぎないで、楽しいことを話してくれるから」
瑞稀が言うその言葉には、素直な気持ちが込められていた。彼女のその笑顔を見ると、俺の胸が少しだけ高鳴る。
「そっか…じゃあ、これからもできるだけ瑞稀を笑わせられるように頑張るよ」
俺は明るく答えたが、その時の心の中は少し複雑だった。瑞稀が元気になるために俺ができることは何だろう、という思いが、心の片隅にひっかかっていたからだ。
病院の庭に出ると、外の空気が心地よく感じられた。瑞稀が一歩踏み出すたびに、瑞稀の歩調に合わせるように俺も歩く。
「でも、やっぱり少し寂しいね」
突然、瑞稀がぽつりと言った。俺は驚いてその顔を見た。彼女は空を見上げ、少し遠くを見つめていた。
「どうして?」
俺は少し気になって尋ねた。すると瑞稀は静かに言った。
「だって、こんなふうに外を歩いていると、いろんなことが思い出されて、少し寂しくなっちゃうんだ」
その言葉には、確かに瑞稀が抱えている何か重いものがあることが伝わってきた。けれど、俺はどうしていいかわからず、ただ黙って瑞稀の隣に立っているだけだった。
「でも、大丈夫だよ。今は春樹と一緒に歩けるから、それがすごく嬉しいんだ」
瑞稀がそう言ったとき、俺はふっと息を吐きながら、少しだけ心の中が軽くなった気がした。
「俺も、瑞稀と一緒に歩けて嬉しいよ」
俺はそう答えると、瑞稀の手を少しだけ握り返した。その手のひらから伝わる温もりが、どこか安心させてくれる。