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4.

 すっかりとおやつを食べ終えたところで、花梨はもう一度ベルを鳴らした。

 すると、ドタドタと慌てたような足音が聞こえてきた。


「おい、何があった? 大丈夫か?」

「あ、火宮さん。お帰りなさい。早かったのですね」


 てっきり佐伯が来るものだと思っていたのに、勇悟だった。しかも朝、家を出たときと同じようなスーツ姿。


 勇悟は部屋の戸口に立ち、こちらを驚いた様子で見ている。


「あ、あの……。どうかされましたか?」

「それはこっちの台詞だ。おまえたち、いつの間に……仲良くなったんだ? てっきり柚流が暴れたのかと……」


 肩を上下させた勇悟は、前髪をクシャリとかきあげた。


「ごめんなさい。ただお外に出ていいかを確認したかったのです」

「外?」

「天気がよいので、お散歩に……」

「なるほど。だったら俺もつきあおう。おまえにはいろいろと話をしなければならないだろう?」


 それはそうだ。昨夜、出会ってそのまま結婚。その結婚も、園内の家が火宮の権力に屈した形になる。


「着替えてくるから、待っていろ」


 それだけ言い捨てた勇悟は、部屋を出ていった。それと入れ替えに佐伯がやってくる。


「ご案内します。今日はあたたかいので上着は必要ないかと思いますが」

「はい、ありがとうございます」


 屋敷の二階に寝室やら各自の部屋がある。そして一階に食堂やら遊戯室やら。園内の屋敷もそれなりではあったが、火宮家は当主の屋敷というだけあって、園内の倍以上の広さはあるだろう。勝手に屋敷の中をうろうろとするのも悪いだろうという気持ちもあり、花梨は必要最小限の場所にしか足を運んでいない。


 だから、ここからどこをどういったら外に出られるのかすらわからない。それを佐伯もわかっていたようだ。一階の廊下を真っすぐに進み、突き当たりを右に曲がって、さらに突き当たり左に進んだところで玄関扉が見えた。


 式台の上には小さな靴と、花梨のくたびれた運動靴が並んでいる。


 上がり框に腰をおろした柚流は靴をはき「あ、あ」と言いながら小さな手を伸ばしてきた。

 それをぎゅっと握りしめると、柚流はとろけるような笑みを浮かべる。


「すぐに勇悟様がいらっしゃいますので、こちらでお待ちください」


 玄関扉を開けてすぐ、庇の下で待つ。そこから見える空は青く澄んでいて、見ているだけで心が晴れる。


「待たせたな」


 その声で我に返る。


 スーツを脱いだ勇悟は、シャツに黒デニムという姿なのに、どこか目を奪われてしまった。


「やっ」


 勇悟が柚流の空いている手をつなごうとしたが、拒まれたようだ。


「ったく。俺はおまえの父親だ。こいつはこんなふうに警戒心が強いんだ」


 柚流の心に近づいた花梨が珍しいとでも言いたげだ。


「なんで柚流はおまえに懐いたんだ?」

「それはきっと、私が柚流さんの前で居眠りをしてしまったからだと、佐伯さんが……」

「なるほど。おまえなら妖魔を目の前にしても、居眠りしそうだな」


 勇悟のその言葉の意味を、どうとらえたらいいのかわからない。ぽかんと彼を見上げると「冗談だ」と真顔で言われ、今の言葉のどこに冗談があったものだと考える。


「まあ、いい」


 勇悟に案内され、庭を歩く。


「この時期はバラが見頃だな」


 花梨が尋ねたわけでもないのに、勇悟がぽつりと言った。

 きゅ、きゅ、と音が鳴っているのは、柚流の靴の音だ。歩くたびに音が鳴る靴。


「もう少ししたらラベンダーやあじさいか? 俺が知っている花はそれくらいだ」

「火宮さんのご趣味ではないのですね?」


 すると勇悟は、花梨に視線を向けた。


「おまえも火宮だろう。俺のことは名前で呼べ。そのほうが夫婦らしく見える」

「は、はい……」


 夫婦と言われ、花梨の鼓動がトクリと跳ねた。


「あっ、あっ」


 柚流がするっと手を離し、キュキュキュと音を立てながら走り出す。


「あ、柚流さん」

「大丈夫だ。柚流の好きな場所がこの先にあるんだ」


 走ってどこかへ向かう柚流から目を離さぬよう、花梨は足を速める。

 柚流は芝生を見つけると、そこに寝転がってごろごろと転がり始めた。


「ああやって遊んでいるうちは、何も心配ない。飽きたらまた騒ぐだろうし、あの靴もうるさいからな」


 座れ、と勇悟からシェード付きのベンチを促される。そこに腰を落ち着けた花梨だが、ブランコのように大きく揺れ、バランスを崩す。


「どんくさいやつだな」

「も、申し訳ありません」


 なんとか座り直すと、ほのかな揺れが心地よい。目の前では柚流がきゃあきゃあ声をあげて遊んでいる。


「あの……お聞きしたいことがあるのですが」


 勇悟と話をする機会があったら、聞こう聞こうと思っていたことがたくさんある。


「なぜ、私は火宮さんと結婚したのでしょう?」

「勇悟だ」

「あ、はい。なぜ、勇悟さんは私と結婚を?」

「安心しろ。けしておまえに一目惚れしたわけではない」


 わかってはいたが、面と向かってはっきりと言われてしまえば、せつないような虚しいような悔しいような微妙な感情が沸き起こってくる。


「むしろ、惚れたのは、おまえの能力だな」

「私の能力、ですか?」

「ああ」


 昨夜、妖魔討伐を行っていた勇悟らは、周辺に被害が出ないようにと結界を張って対応した。この結界によって空間を分断し、関係のない人々を巻き込まないようにしているのだとか。


 ところが、そこに突如として現れたのが花梨だ。花梨は結界のこちら側に迷い込んできた。

 だから桃子は、勇悟が結界を張るのを忘れたのではと疑ったようだ。


 しかし、そうではない。結界はきちんと機能していた。昨夜、公園内に大きな穴を開けてしまったが、それは結界内でのできごとであって、実際には何も起きていない。それが結界の役目。


「どうやら、おまえには結界を無効化する力があるようだ」

「結界……無効化……」


 そう言われても、花梨にはなんのことやらさっぱりわからない


「おまえの力は危険だ。特に、影の者に気づかれたら厄介だからな」


 影の者。それは妖魔と同じ影の世界に住む者。


「おまえを手元におくにはどうしたらいいかと考えた結果。結婚するのが手っ取り早いと思った。俺と結婚してしまえば、他の者はおまえに手出しができないだろう」


 この結婚の理由がようやくわかった。だから出会ってすぐに結婚したのだ。


「わかりました。私を選んでくださってありがとうございます」

「いや……だが、おまえ自身、なかなか興味深い。今まで会ったことのないタイプの女だ」

「え?」

「たいていは俺の顔に惚れるか、俺の家柄や資産に惚れるか。どちらかのタイプが大半だ。だが、おまえはこの俺と結婚したというのに、俺にも金にも興味はなさそうだ」


 さすが日光地区の当主なだけあり、自分の立場や魅力をわかっているのだろう。


「えぇと……勇悟さん自身に興味はあります。どういった人なのかという興味ですね。そして、この結婚ですが……私も利用させてもらいましたから」

「利用?」

「はい。私はずっと園内の家を出たいと、そう思っていたのです」


 そこから花梨は、ぽつぽつと自分が置かれた立場や境遇についてを説明する。その言葉に、義母や義妹が憎らしいといった感情をのせることはしない。ただ事実だけを淡々と。


「きっと、幼少時代に両親から愛された記憶がないから、逆に幼児教育に興味を持ったのだと思います。ですから、柚流さんのお世話ができるのがとても楽しいのです。楽しい、と言うとまた語弊があるかもしれませんが。とにかく、柚流さんの存在は今の私にとっての生きる糧のようなものです」

「やはりおまえは面白い。柚流もなかなか難しい子だからな。そう言ってもらえれば、こちらとしてはありがたいな」

「勇悟さんも柚流さんのことがお好きなのですね」

「まぁ。家族だからな」


 そう言って口元をゆるめた勇悟の表情に、花梨の胸がトクンと音を立てた。


「あ~あ~」


 柚流の声がして、花梨は慌てて立ち上がる。しかし、慣れないベンチであったため、また大きくバランスを崩した。それを勇悟が抱きとめる。


「おいおい、しっかりしてくれよ、お母様。おまえが怪我なんてしたら、柚流が騒ぎそうだ」

「ご、ごめんなさい……」


 恥ずかしさのあまり、かぁっと顔に熱がたまっていく。


「そうだ。午後からは美容師の予約をしてある。そのやぼったい髪をなんとかしてもらえ。それから服もいくつか仕立てるからな」


 花梨をけなしているようにもとれる言葉だが、それでもこうやって気にかけてくれるのが嬉しかった。


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