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四話目「人の在る所へ花を植え、人の歩く所へ木を植える」


 件の大寒波。アルトラン神父と共にやってきた、寒空と吹雪はブラン村へ大打撃を与えた。

 普段、冬景色となってもそれは季節的に秋空であって、本格的な冬ではないこの村へ、明確に訪れた死神。

 それが大寒波であった。

 しかし、そんな中でも必死に生き延びた者だっている。

 そんな中でも、怪我をした者だっている。

 ロベルト老父だけではない。他の人だって、至る所を負傷した経験がある。首や肩や腰。その全身の節々に細部までもを愚直に使い果たした者だっている。

 とすれば、悪魔にとってうってつけ――願ってもない欲望の温床になることは目に見えていた。

 しかし、問題は別にある。

 悪魔が狙ったのは、ロベルト老父であること。

 今なお軋む体に鞭打って働いている農夫でもなく、寝床で医者からの残酷なまでの宣告を受けた歩けぬ墓守。

 その墓守を『再び歩けるようにした』のだ。

 しかし、あまりに歩けるとは言い難いものではある。何かを支えにしなければいけないことも。誰かに支えてもらえなければいけないことも。

 決して自立とは程遠い状態にある。


 アルトラン神父の気掛かりはまた別のところにあるが、上記の内容もまた不可思議な点でもあった。

 悪魔であるなら、欲望を即座に叶え代価の請求に勤しむはずだ。なにせ、主導権が握られてしまうのを悪魔は嫌う。自分が一番で、人間はそれより下。

 そういう認識である悪魔が、今回のロベルト老父においては欲望の叶え方がアルトラン神父には些か粗雑にさえ思えたのだ。

 なにせ、この村には欲望を抱えている人が多い。

 いや、欲望さえ無い人の方がいない。

 だから、この季節においては冬をどうやって越すか。

 冬でどれだけ内職で稼げられるか。

 旅人が来ないか。

 商人でもいい。

 そんな願いばかりが跋扈していて、当たり前のように共存している。

 とすれば、ロベルト老父にいつまでも憑いたままなのも、悪魔の本質ではないだろう。

 しかし、それらも悪魔の気まぐれだとすれば、納得できるものの、アルトラン神父がわざわざ来たのは、気まぐれ程度に惑わされる意志でないことは確かだ。


「ロベルトさん。その『歩けるようにしてあげる』という報酬に対して、代価は――対価はなんでしたか?」


「それは言えぬ。悪魔に言われてな。決して、神父様に言ってはならん。言えば、再びベッドの上での苦悩と苦痛が蝕むだろう、とな」


「そうですか」


 アルトラン神父が来ることを予測し、前もって釘を刺している。ロベルト老父が嘘をついている様子もなく、先程の真剣な顔から一切の機微も、変化もない。

 とすれば、悪魔はアルトラン神父を救ってくれた者に違いない。

 なにせ、悪魔が祓われることを避けている。

 いや、アルトラン神父がこれ以上干渉することを防いでいるようにも思う。

 契約内容を知らず、代価も不明であるなら、神父も動けない。かつて、無理やり悪魔祓いを行った神父と、契約した者が翌日には息絶えていた。それが世に広まったのは、昔の話じゃない。

 とすれば、アルトラン神父にできることは少ないことのようにも思うが、初めにやって来た目的とやらがそもそも悪魔祓いではない。


「では、このままお暇するのも女神様への顔向けができません。せめて、悪魔とお話させていただきます」


「悪魔、とどうやって?」


 固唾を飲んでいたエリー少女が、問い掛ける。

 随分前の話ではあるものの、実際にどうやるのかは誰も知らない。

 悪魔と会ったことがあるのは、恐らくロベルト老父とアルトラン神父だけであろう。反応からしてエリー少女は、悪魔を雲の上の存在だと思っているだろう。


「簡単です。ロベルトさんが眠っていただければ、私が悪魔を呼び出します。目的を伺って、問題がないようであれば、私は見守るようにはします。しかし、悪意が透けて見えたら、問答無用で祓うことになりますので、ロベルトさんが許していただけることが前提になりますが」


 ロベルト老父へ二人の目が集中する。

 アルトラン神父の言っていることは、契約そのものを破棄する可能性だって示唆しているのだ。

 つまり、ロベルト老父はもしかすると歩けなくなる。

 その未来だってあるわけで、ロベルト老父に問われていても、主導権は悪魔が握っているのだ。

 悲しいことに。

 彼の軌跡は、悪魔が記したものであることの証明でもあるのだ。

 そのまま、アルトラン神父の要望を却下し、激昂するのも自由だったはず。

 二度と敷居を跨ぐなと、恐喝することだってできたはず。

 しかし、ロベルト老父は不意に綻ぶ。


「いいでしょう。悪魔とお話してくださいな」


 快く、心地よいほどの笑みでロベルト老父は許可したのであった。

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