第4話 交渉
「ダメだ」
え…今なんて…断られた??まさか断られるとは思っていなかったわ。この人のことだ、私の話でローリンス家にとってなんの得にもならないと思ったのかしら。それでも伯爵から手紙も届いて、目を通しているはず。なのになぜ。
「ローリンス公爵家当主様、なぜ承諾をいただけないのか、ご理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
少し顔が引きつってしまった。
「理由なら簡単だ。我が家になんの得もならないからだ」
やはり利益で考えていたか。確かにローリンス家にとってはこれといった得はない。
「それに王太子殿下の婚約者である貴方様が、王宮を返さずに王宮の騎士団を率いている我が家へ、直々にお願いをするという意味もお分かりでしょうか」
知っています。これは王宮への不信感や、反逆行為として言われてもしかたがない行為でもある。それにこのことを承諾した場合ローリンス家は、周りからは利敵行為だと思われるかもしれない。
しかし、逆に王太子殿下の婚約者はローリンス家についたと考えられもする。これはいい機会なはず。悪い評価の方が多くついてしまうかもしれないが、ユリーナを守るためには仕方がない。でも、我が家であるローリンス家を危ない目に合わせるつもりはない。
「承知しております。ローリンス侯爵家当主様。そこでひとつ提案がございます」
「提案だと」
「はい。雇用という形を取るのではなく、我が家に仮先行護衛任務という形を取るのはどうでしょうか」
「仮先行護衛任務…何が目的だ」
「その名の通り、先行で仮の護衛任務についていただくのです。いずれ私は、王太子妃になります。その時には、自ずと王宮騎士の方に護衛をお願いすることになりますでしょう。ローリンス侯爵家からなのか、エルディ侯爵家からなのか、どちらかの騎士が付きます。現在王太子殿下に付いている騎士は、エルディ侯爵家です。未来の王太子妃の護衛までもがエルディ家になるのは、王宮の騎士団を率いているローリンス家にとっては、見過ごすことが出来ませんよね。なので、一度エルディ家よりも先にローリンス家の騎士がお試しの任務として、先に私の護衛をするのです」
現在、王様、王妃様にはローリンス家の騎士が付いてはいるが、王太子殿下がその後を引き継いだ時に、護衛騎士がエルディ家しかいなかった時には、ローリンス家としての地位が怪しまれてしまう。それは絶対に避けたいはず。
ローリンス家とエルディ家は強力関係で、決して仲が悪いわけではないが、互いに王宮騎士としての地位を求めてにらめっこをしている。
未来では、ユリーナの好意でユリーナの護衛騎士にはローリンス家が付いていたが、未来を知っているのは私とアルデウスだけ。なら、未来を知らない人には、脅しの材料として使わせてもらうわ。
「私を脅しているのか」
脳内まで見透かされているような目線を感じ、少し身震いした。でもダメよ、ここで少しでも弱い所を見せてはダメ。この人の思う壺よ。
「そのように捉えられたようでしたら、それでも構いません。しかし、ここでエルディ家よりも先に私の護衛騎士として、一時期の間だけでも私に付いて下されば、自ずと世間の反応も王太子妃の護衛騎士は、ローリンス家だと印象付けも出来ると思うのです」
「ほぉ」
お、少し食いついて来たかな。ならもうひと押し。
「そこで期間を2年にしたいと思っております。短すぎず、長すぎず。この2年間で、王太子殿下の婚約者の護衛騎士には、ローリンス家という印象を付けさせることと、あと、タイザン高原という土地を、ローリンス家に2年間お貸し致しますわ」
タイザン高原という言葉を聞いて、伯爵はピクっと眉を動かした。
「タイザンだと、そこはルライン家が所有している土地だったな」
「左様です。ルライン家が現在所有している土地になります。しかし、今はその土地の所有の名義は、シーダン・ルラインではなく、私ユリーナ・ルラインになります。父から譲り受けました」
実は、エステラを護衛騎士として迎え入れたいという願いとは別に、伯爵にもう一つお願いをしていた。それがタイザン高原だった。伯爵が所有している土地の一つで、そこはとても広大な高原が広がっている土地。人が住むことはあまりない場所のため、特にその土地については、伯爵も気にかけることはしていなかった。だからこそ、私に快くタイザン高原を譲ってくれた。
「その高原をローリンス家に貸し出すと」
「はい、とても広い土地で川も流れており、山や森も広がっています。とても良い環境の土地になります。しかし、ルライン家ではうまくその土地を活用できておりません。そこで是非ローリンス侯爵家にお貸ししたいのです。今の環境でも十分だとは思いますが、限られた土地で、大人数の騎士様たちを育てるには限界があると思うのです。タイザン高原でしたら、広い土地でより良い環境で鍛錬が出来るのはないでしょうか」
さあどうだ、年々増えてきている騎士志願者たちをうまく育てていくには、今よりも広大な土地が必要なはず。おまけに環境もとても良い土地だ。ここからのそう遠くはない場所に位置しているから、交通面に関しても申し分ないはずよ。
数分考え込んでから、ローリンス侯爵が口を開いた。
「わかった。エステラをルライン家に護衛騎士として、送り込もう」
承諾してくれた!よし!これでユリーナをローリンス家から離して、近くで守ることができる。
「私のお願いに承諾してくださり、心より感謝申し上げます」
私は深々とお辞儀をした。
「昔見た印象とはだいぶ変わったみたいだな」
ギクッとした。やばいバレたか。侯爵はじっとこちらを観察するかのようにじっと見てきていた。確かに説得するのに必死で、ユリーナのフリをすることを途中から忘れてしまっていた。実の父親の前で、別人として話しているが怪しまれてしまったのだろうか。そうドキドキと心臓を鳴らしていると。
「昔よりも成長したみたいだな。おかしな話だが、なぜか我が娘を見ているようで、嬉しくなってきてな」
みんなから恐れられるような顔から、娘を見るような父親としての表情が一瞬見えたような気がした。
私が断頭台に登った時、父はどんな顔をしていたっけ。私って最後に父様からそのような表情を向けられたのって、いつだったけ。
「何をボーと突っ立っている。用が済んだら早く出て行きなさい」
はっと気がつくと、目の前にはいつもの険しい顔のローリンス侯爵当主がいた。
「失礼致しました。本日はお忙しい中、お話を聞いてくださりありがとうございました。それでは私はここで失礼致します」
そう言い、私は執務室から出てきた。
先ほどの一瞬の出来事が頭から離れなかった。褒められたことの嬉しさや、優しい顔を向けられたことに動揺が走っていた。
ーーー
気がつくと、ユリーナが待っている、部屋に来ていた。
「エステラ!どうだった?ローリンス侯爵様は何て?」
ユリーナの声でふと我に返った。
「あ…エステラを護衛騎士としてルライン家に送ってくれるって」
「本当に!?やったわ!これからエステラと一緒にいられるのね」
ユリーナはとても喜んでくれてた。
「私だって嬉しいわ。それにユリーナにここでの鍛錬は耐えきれないと思うし」
「…エステラの身体だから、以前の私のより身体が頑丈だし、体力もあって、今の私なら出来るわ!って意気込んでみたけど、無理だった…体力の問題とかじゃないわ、あれは」
ユリーナにとって地獄のような時間だっただろうな。
「ふふ」
「あ、笑ったわね」
「ふふ、ごめんごめん」
そうして私は先にルライン家に戻り、後日ユリーナもやってきた。
第4話まで読んでくださりありがとうございます!!
豆知識
エステラは7人兄弟の次女ですが、下から2番目になります。エステラの下には年の離れた弟がいます。とても可愛いらしいです。