第3話 向けられる殺意の目
「再確認なんだけど、皆んなは目が覚めたら今のこの姿になっていたんだね」
殿下がまず初めに話し始めた。皆んな素直に頷いた。
「殿下は…入れ替わる直前のことは覚えていますか…何か変わったことなど」
恐る恐る私は殿下に、訪ねてみた。
「いや、特変わったことはなかったかな。だからこそ、なぜこのようなことが起きたのか不思議でしょうがない」
殿下も巻き戻っている訳ではなさそうね。巻き戻って以前の記憶があるのは、私とアルデウスだけ。
「僕たちが入れ替わっている理由や原因は、まだ分からない状態で、元に戻る方法もわからない」
殿下は、頭を悩ませていた。
以前の記憶がある私たちでさえ原因が分かっていない。この世界に入れ替わりの魔法なんてものがあるのかしら。魔法自体はこの世界に存在はする。しかし、魔法が使える人はごく稀で、生まれつき神からのご加護を受けた者と、神の使いと言われる神獣に好かれた者だけ。この国にも、魔法を使える者はいるが、3人しかいない。そのため魔法に関しての知識は私たちでさえ乏しい。
「だからこそ原因に関しての情報は少しでも欲しい。僕の屋敷に出入りしている者で、魔法を使える者が一人いる。その者に何か入れ替わりについて知っていることがないか、確認してみることにしよう」
「しかし、私の姿は今アルデウスだ。このままの姿では王宮は自由に歩けないからね。代わりに任せられるだろうか、アルデウス」
殿下は、アルデウスの顔を見ながら聞いた。
「わかった。殿下からの頼みなら、断るはずがない」
「ありがとう」
「それから、これからのことだけど。互いに今のこの姿の持ち主のフリをし続けよう。もし、入れ替わっていることを公表しては、色々と互いに大変なことになりうる可能性があるからね」
凄いな。普通ならこんなありえない状況の中、冷静に物事を考えて話せる殿下は、やはり国を引っ張っていくためのスキルを備えてきているのね。
互いのフリをするということは、周りにバレないように私はユリーナを演じ続けなければいけないのね。皆んなが考え込んでいる中、先にユリーナが話し始めた。
「家もそれぞれなのよね。なら互いに屋敷での過ごし方など、共有しておかないとね」
それもそうね。一先ず今はずっと考えていても、埒が明かない。
「そうだね。今日はそれぞれの互いのことを教えて、屋敷に戻ろう。その後は、定期的に情報共有していこう。私も何かわかり次第、すぐ連絡をするわ」
それから私たちは、互いの情報共有をしてから、各々の屋敷に戻った。
ーーー
ルライン家に戻って来た。
やっと着いたか。一気に沢山のことがあって、すごく疲れた。けど、これまでのことを整理して、なぜ巻き戻って、魂が入れ替わったのか、考えないと。
馬車から降り、屋敷に向かう途中、背後からから名前を呼ばれたような気がして後ろを振り返った。そこには殿下の姿をしたアルデウスが立っていた。
「え?アル…殿下、なぜここに。お帰りになられたのでは」
「伝え忘れていたことがあってな」
そう言いながらこちらに近づいてきて、近くにいた私の侍女たちを捌けさせた。
「なんでしょうか」
「クリスとユリーナは以前の記憶を持っている訳ではないが、俺は持っている。俺は暗殺計画の主犯格はお前だと思っている。また同じようなことをしてみろ。今度はここに剣を刺すだけじゃ済まないぞ」
私の心臓に指を指し、赤い瞳で鋭く私を睨みつけていた。
「…」
赤い瞳のせいもあってか、かなりの圧力で私は少し後ずさりをしてしまった。断頭台で私に向けられた瞳と同じ。あの光景を思い浮かべてしまい、苦しくなってきた。
そんな私を見てアルデウスは、何も言わずに自分の馬車に戻って行った。
すぐ様侍女が私に近づいて来て、部屋まで連れて行ってくれた。
もし私がユリーナへの暗殺計画の主犯格なら、今ここでユリーナの身体を傷つければ簡単なこと。だけどそれだと彼女自身は生きていることになる。なら、エステラを傷つける?私が犯人なら自分の身体を傷つけられるかしら。目的のためならやる…
いやいや、私がユリーナを傷つける理由がない。でも彼は信じていない。どうしたら私の無実が証明されるのかしら。
そうよ。今の私の姿はユリーナよ。犯人は入れ替わっていることを知らないはずから、必ず私を襲いに来るはず。なら直接私が真犯人をとっ捕まえてやれば。私の無実が晴れるのでは。
アルデウスが、ユリーナへの暗殺計画の主犯格は私だと思っている以上、ユリーナに安易に近づけない。いや、行動も見張られるかもしれない。
けれどそんなことは言ってられないわ。私はユリーナを守るため、私の無実を晴らすために。私にできることをしよう。
ーーー
真犯人を探すことが最優先になるけれど、もう一つ大切なことがあった。それは、エステラとして過ごしているユリーナのことだ。エステラの家は、騎士一家であり、エステラ自身もローリンス家騎士団第六部隊に所属している。若いなりに実力を認められ、学校を卒業してから、第六部隊の副部隊長をしている。毎日鍛錬があり、部隊の責任者としての責務もある。それをいきなりユリーナに任せることは出来なかった。ユリーナ自身は、元々あまり体は強くなく、体力もあまりない方だった。そんなユリーナがローリンス家でやっていけるのかと心配で仕方がなっかった。どうにかしてユリーナをあの場から救い出せないか。
結局昨日は寝ずに一晩中考えていた。そうだ、これなら救い出せるのではと、エステラの脳内に案が思いついた。思いついたならすぐ行動ね。
私はすぐ様、父親がいる執務室に向かった。執務室ではユリーナの父親、シーダン・ルライン伯爵の姿があった。伯爵にお会いするのもお久しぶりですね。白髪混じりの髪に、相変わらずユリーナと同じようにお人やかな顔をしている。
「お父様、お仕事中すみません。お願いがございまして参りました」
そう言うと、伯爵は私の顔をじっと見つめ、
「お願いとはなにかな、ユリーナ」
と、動かしていた手を止め、私をじっと見つめてきた。
「はい、ローリンス家の騎士団のことについてなのですが」
「ローリンス家のかい?それがどうしたのだ。お前の友人のエステラとやらも、そこの娘だったな」
「はい、まさにそのエステラ・ローリンスのことについてです。是非、私直の護衛騎士としてここに呼んで欲しいのです」
「ローリンス家の騎士をお前の護衛にか?」
とても驚いた顔をしている。まあそれも仕方のないことだろう。侯爵家であり、王宮直の騎士団を率いているローリンス家の副部隊長を、伯爵家の一人娘のために呼ぶのだから。しかし、そうするしか、ユリーナをあそこから抜け出せる方法もない。私の我儘として事が進めば、良いのだけどもどうなるか…ローリンス家もそれを承諾してくれるのか。
「理由を聞かせてもらっても。ローリンス家から、護衛として我が家に呼ぶことは安易ではないことは分かっているな」
お人やかな顔はいつの間にか消えていた。当主としての顔をしている。
「私の我儘だけで安易に呼べるとは思っておりません。しかし、最近思うのです。クリス殿下の婚約者になってから、常に誰かに見られている気がするのです。私のことを良く思っていない方がいるのも承知しております。ですが、私は怖いのです。いつ誰に襲われるのでないかと、気が気ではいられません」
涙を浮かばせ、少し身震いをさせながら訴えてみた。ユリーナがここまでするかはわからないけど、ここまですれば大事な一人娘の願いを聞いてくれないかしら。
ルライン伯爵はすごく考えていた。
「今いるルライン家にいる護衛では満足出来ないか?それなら、殿下に頼んで王宮から騎士を借りれないか頼んでみるのは、どうだろうか。それもローリンス家の騎士にするように配慮して貰えれば。お前の頼みなら聞いてもらえるだろう」
ダメよそれじゃ。確かに殿下に頼んで、王宮伝いでエステラを私の護衛にすることも安易だけど、今の殿下の中身はアルデウス。そんな願いなんて通用しない。だからこそ、ルライン家から直にエステラを護衛に迎えなければいけない。
「お父様、このことは殿下には内密にしていただけませんでしょうか」
「なぜだ」
「私が婚約者になってから、誰かに狙われていて不安を抱えているなんて知ったら、とても悲しむと思うのです。私はそんなこと望んでいませんわ」
「そうだな…わかった。一人娘の願いだ。私が直接ローリンス家の当主に掛け合ってみるとしよう」
ルライン伯爵は堪忍したかのような表情を浮かべて、私の我儘を受け入れてくれた。
「ありがとうございます!お父様!」
執務室の机の前ではしゃぐ姿を見せた。伯爵は満足げな顔をしていた。
自室にもどり、ユリーナ宛に手紙を書き、従者にエステラ・ローリンスにすぐに届けて欲しいと頼んだ。
ユリーナには、近いうちにルライン家から、ユリーナの護衛騎士として我が家に来て欲しいという手紙が届くことを伝えた。恐らくローリンス家当主のアイザック・ローリンスにこのことは一度反対されるだろう。しかし、今度は私がローリンス家に向かい、当主に直にお願いをしに行くこと。あの方の考えることは分かっている。騎士を育て、王宮の人間を守ることを何よりも優先して、戦のことしか脳のない人だ。まあそれでも、ローリンス家当主としての実力は賜物ね。
そんなあの人を知り尽くしている私に掛かれば、今回のことについては承諾してくれるだろう…
そう思い私は、ローリンス家当主からの承諾は出来ないとの断りの手紙が届いたのち、一人でローリンス家に向かうことにした。
第3話まで読んでいただきありがとうございます!!
ここから少しずつ話が進んでいくんじゃないかと思います。
登場人物が少し多くなってしまうかもしれませんが、後書きの方で少しずつキャラのまとめや、紹介などしていけたらなと、思っております。
ちなみに早速ですがここで少し紹介を
ローリンス家のエステラは、7人兄弟の次女になります。騎士一家として、騎士を多く育て、ローリンス家の名を轟かせるためにも日々の鍛錬をしてきていると思います。そして日々の鍛錬はそりゃあ、もう、大変だと思います…