空の心に染み入るもの
おばあちゃんはマレを見つめ、ひとつの提案をした。
「せっかく一緒に暮らしているんだ。良い機会じゃないか。うちにいる間、少し『弥那宜』で働いてみるか?」
毎日というわけではない。週に一日とか二日とかでも良いし、終日でなくても良い。
おばあちゃんの顔は終始穏やかだ。
でも、空いてる時間は少しでも身体作りとか、と、焦りの根源をバレエに関わる何かで時間を使うことで払拭しようとする今の在り方を変える事に怖さを感じているマレに、おばあちゃんは微笑んだ。
「水や肥料は後で良いっと言ったろ? 今からでも遅くない。豊かな土壌を作ろうじゃないか。マレはまだ若いし、何と言っても才能あんだから。
ここらで一旦、持続可能な土台をしっかり作っとくってのも、あんたの目標に沿ってると思うがね?」
マレは少し考えながらおばあちゃんの言葉を聴いていたが、おばあちゃんが話し終えるとこっくりと頷いた。
「それとのんもな」
え、わたし?
「おまえもしっかり花をつけているよ。競技で入賞するとか、わかりやすいもんじゃないかもしれないけどさ。人生も、仕事も、やりたいことも、考え方も言動も、全部自分で選び取っているだろう? 大人だってなかなかできるもんじゃない。それができる者は、人生の達人になれるよ」
わたしはわたしで抱えていた想いや寂しさ、なんらかのコンプレックス。
おばあちゃんの言葉は、それを払拭するための取ってつけたようなフォローではない。
何もないんじゃない。何でも得られる、可能性と資質を持っているのだと。
おばあちゃんはわたしの総てを、身内びいきの盲目さではなく客観的な評価で全肯定してくれた。
わたしはおばあちゃんこそ人生の達人だと思っている。
そんなおばあちゃんからの、掛け値なしの評価と言葉は、わたしの心の奥にあった硬くて黒い異物をそっと溶かしてくれた。顆粒が悪いものを溶かす薬のCMみたいだ。
ふたりとも自慢の孫だと言ってくれたおばあちゃんに恥ずかしくないように。
さっきの今で爽やかに「ごめんね」と言い合えるほどには大人になり切れていないわたしたちは、照れながら照れ隠しに少しぶっきらぼうな感じを装いつつ、「やっぱりソーイングセット貸して」「良いよ。かわりになんか良いスピーカー持ってたよね? スマホ繋げられるやつ。今度貸してよ」と、純粋なお詫びの言葉ではなく、会話で歩み寄りを見せた。
きっとわたしは、今目の前で少し居心地が悪そうに目を背けているマレとそっくりな顔をしているのだろう。




