家族
わたしの家族。
わたしが子どもの頃は、おばあちゃんちに家族みんなで住んでいたが、その後お父さんの転勤を期に引っ越した。
お父さんを世帯主とした家族、という意味ではわたしは四人家族だ。
特別自慢や誇りに思うほどではないが、うちの家族、結構すごいんじゃないかな、なんて思ってもいる。
お父さんは食品を中心とした輸入貿易業の会社で役員をしている。
小さな会社なので若くして役員となったお父さんは、未だに前線で意欲的に働いていて、自ら企画した『フランスコーヒー』企画の立ち上げから陣頭指揮を執っている。
コーヒーと言えば南米やハワイ、最近はアジアのコーヒーも注目を浴びているが、消費国という意味ではアメリカや欧州も盛んだ。
フランスはエスプレッソやカフェの文化が発展している。コーヒーのブランドも多い。
原材料という観点ではなく、ブランドが提供しているブレンドや小物なども含めた、文化自体を輸入し国内に広めようというコンセプトだ。
企画はいよいよ軌道に乗り始め、より緊密に連携をとるために、役員であるお父さんは自らしばらく現地で働くことを会社に打診し、承認を得た。
簡易的ではあるが現地で物件を借り、支店として起動させるのだ。
企画を立ち上げた段階から、お父さんはフランスで働くことを視野に入れていた。
いや、フランスで仕事をするためにその企画を立ち上げていた。
お母さんは通訳を仕事にしていた。
英語の他中国語も修得している。合格率10%以下の国家資格の全国通訳案内士の資格を英語と中国語で取得し、訪日外国人の通訳をしていた。
お父さんについてフランスに行くことを決めたお母さん。これも、決めていた、と表現する方が正確だろう。
フランスでも通訳の仕事をしようと考えていたお母さん。
なにせ、お金はいくらあっても足りないのだ。
これまでは訪日外国人向けだった仕事を、現地では逆の立場で受けることになる。つまり、フランスに来る日本人向けの現地通訳者となるのだから、勝手もだいぶ変わるだろう。
それでもお母さんは安定した日本の仕事を手放しお父さんについてフランスに行くことになんの躊躇いもなかった。
お母さんは、五年間でフランス語も身につけた。
お父さんの計画が、五年後にフランスに支店を作ることだったので、それをリミットとしたのだ。
現地で仕事を得ることを想定していたお母さんは、フランス語上級学力資格試験で6段階評価で上から二番目のC1レベルを取得した。現地で通訳をするのに特別な資格は必要ないが、仕事を得るには実力をわかりやすく示す必要がある。
お母さんは試験まで勉強漬けの日々を送っていたことを覚えている。のちに聞いた話では、ほぼ毎日五時間は勉強していたそうだ。
通訳の仕事をしながら、お父さんと分担していたとはいえ家事もこなしてのその努力と成果は瞠目に値するだろう。
お父さんとお母さんが、その能力を発揮し事前に目的を据えてフランスで仕事ができるよう道筋を整えていったのには理由があった。五年というリミットにも。
わたしには双子の姉がいる。
両親は、その姉の夢と目標に、全賭けしたのだ。したいと思わせられたのだ。




