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記憶と蕎麦

 言いたいことが伝わっていたから、言い方はもう気にしないことにした。なんか文が散らかっててよくわかんないことになってる気はしたけど、言いたいことは最後の方に端的に詰まっている。


「なんかわかるかなぁ。『なりたい職業』じゃなくて、『なりたい人物像』ってあるよね。

のんちゃんが憧れるおばあちゃんかぁ。親にのんちゃんのお蕎麦屋さんへ連れて行ってもらったときの子どものころの記憶だけど、きりっとした雰囲気のご婦人が慌ただしいのにスピード感はありながら落ち着いた雰囲気で現場を回してて。よくある活気ある飲食店の熱気というよりも、優雅さを感じた気がする」


 思い出すようにしながら言ういのりちゃん。おばあちゃんの話にあった、姫田家が「弥那宜」を訪れた頃のいのりちゃんの年齢で、親に連れられて寄っただけのお店の従業員の印象を覚えているものだろうかという疑問は湧くも、いのりちゃんならあり得そうだなと思った。


「がんちゃん覚えてる?」「んん……あんまり」「えー、お蕎麦すごいおいしかったよ。香りが強くて。私はじめて蕎麦ってにおいがあるんだって知ったのその時だもん。弾力が強くてよく噛んで食べるたんだけど、嚙むたびに口の中から風味が広がる感じがしてさぁ。小さかったから噛んでからのみ込んだけど、今ならあのコシの強さを味わうために早めに飲み込んじゃうと思う」


 あ、いのりちゃん、やっぱりちゃんと覚えてるっぽい。子どもにとっては鮮烈とは言えない蕎麦の味わいを、正確に認識し、それを覚えているなんて末恐ろしい子どもだ。



 そう、「弥那宜」の蕎麦は「香りが高く」「強いコシがあって豊かな弾力による食感と、心地良いのど越し」が特徴だ。どこの蕎麦屋さんでも謳って良そうなありきたりな「美味しい蕎麦」の特徴ではあるが、奇を衒わず正道を征く「弥那宜」は、決して目新しくないその特徴を正しく追及し続けている。

 良質の蕎麦粉を使用するのは当然として、その蕎麦粉の持つ本来の旨みと香りを「損なわせない」ために、打ち手の技術が必要なのだ。



 わたしはおばあちゃんの在り方、考え方、立ち居振る舞いが好きだ。

 でも、「弥那宜」のお店も好きだし、「弥那宜」の蕎麦も好き。その蕎麦を打つおじいちゃんも好き。

 そして、そんな「弥那宜」を護り、おじいちゃんを支えているおばあちゃんがやっぱり好き。



 わたしはいのりちゃんに、多分憧れに近い感情を持っていた。そして今、改めてその魅力に惹かれている。

 タイプは全然違うけど、もしかしたらいのりちゃんとおばあちゃん、根っこの部分に近いものがあるのでは。なんて思った。

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