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【幕間】 祷の空白8

 穏やかな寝息を立てる姉へ。

 願子は慈しみの眼差しを向けた。



 願子の語りは続く。



 自身の生活のこと。学校やバイトや、家でのこと。



 そして、願子の想い。願い。



 語る願子の瞳には涙が浮かんでいた。

 瞬きをしたら流れ落ちた雫を軽く手で拭って顔を上げた願子は、窓に掛けられているシアーカーテンが光を通していないことに気が付いた。

 いつの間にか日は傾いていたようだ。

 もう冬は終わっていたが、まだまだ日が陰り始めたと感じてから暗くなるまでの速度は速い。



「じゃあ、今日は帰るね」



 願子は姉を起こさずにそう言うと、窓辺にいきドレープカーテンを閉め、音を立てないように扉を開閉し帰っていった。





「祷、悪いの?」



 帰宅した願子は母親に尋ねた。



「そうねえ」



 だから入院しているのだと母親は答えた。


「悪い」ということのみ認識の共通化がなされているも、そこに軽重の定義はなく、入院の目的も語られていない。


 身体が「悪い」から「入院」していると捉えた願子は、姉が日常生活を送れないほどの重い病を抱えているから入院することになったのだと思っていた。この入院には手術を伴うことも認識はしていたが、手術のイメージも「治し、健康に戻る」ではなく、「重病な患者に付随している行事」だった。


 祷の場合は、身体に「悪い」部分が見つかり、それを根治するために「入院」することとなったもので、その治療のための手術は短時間で終わり、従い入院期間も短い。

 心臓という命に直結する器官の手術という点は、万が一の際のリスクは重大であると評価せざるを得ないが、手術の難易度そのものは決して高くはなく、当該手術の豊富な経験を有している病院と執刀医による施術は安心材料だった。


 願子の認識と実態には大きな隔たりがあった。





 状況を正しく認識していない願子は、姉の戻らない家で、ただただ不安を抱えて過ごしていた。




 日中は緩やかに感じられるようになってきた空気も、夜はまだまだ肌寒い。


 部屋着に薄いカーディガンを羽織った願子は、庭に出た。

 出迎えた一陣の風が木々を揺らし終えるのを、願子は両腕を抱くようにしながら待ち、天を仰いだ。



 真っ直ぐな双眸に澄み切った夜空を煌々と照らしている月を映し。



 願子は祈った。



 眩いほどにきらめいていた姉の命の輝きを奪わないでと。


 もう失いたくないと思っていた、やっと取り戻せると思っていた、姉との日々を返してと。



 どうか。

 どうか、姉を助けて。

 姉をこの家に戻して。

 わたしから、お父さんとお母さんから姉をとらないで。

 可能性と希望に満ち満ちていた姉から、未来をとらないで。


 どうか、どうか......。



 願子の祈りは空へと登り、月に届いた願いは夜を照らしていた。









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