【幕間】 祷の空白3
その日、祷は精密検査の結果を聴きに行っていた。そして、今後の方針についての話も。
「東風クリニック」で発行してもらった紹介状を持った祷は、総合病院の一角にある心臓専門の病棟に来ていた。
総合受付を済ませ、指定の待合場所へと向かう。二階なので階段を使った。
「今後の方針」なんて話が出るくらいだ。
選択肢なんてないくらい切羽詰まった状況では無くても、何らかの決断を迫られる程度の状態ではあったということ。
祷の場合は、脈拍に異常があった。
具体的には「心房細動」という心臓の拍動が不規則になる異常だ。
今すぐ身体や生活に影響はないが、長い目で見れば命に関わるリスクを内包することになるため、どこかのタイミングで処置はしておいた方が良いという類のもの。
一言で言えば「心臓病」だ。
普段病院とはあまり付き合いがなく、医療の専門家でもない一般人にとっては重たい響きで届く病名のひとつだろう。
そんな告知を妙に緊張感を伴った静かな診察室で、モニターと出力した心電図などを用いて細かな心臓のメカニズムやら、引き起こされる可能性のリスクやら、対応に関するいくつかの選択肢の提示などと併せて受けた祷。
医者の目には、目の前の患者がショックを受けているようには見えなかった。
生き死にに関わるような状態ではないし、すぐ処置が必須という状況でもない。だから然程動揺した素振りを見せない患者なんていくらでもいる。この条件なら取り乱すということの方が稀だろう。
しかし、病気や病院になれていない二十歳前の女性が、心臓が手術を伴う治療が必要になると聞かされれば、表面上は平静を装っていても、心にはさざ波程度は立つものではないだろうか。
熟練の専門医である医者は、似たような症例の患者を日々多数扱っている。
患者の心の裡まで正確に測れるものではないが、それでも長年の経験で、冷静さの陰に僅か、隠しきれない動揺や不安といったものを、なんとなく察することができるようになっていた。
そんな医師をして、目の前の若い女性からはその辺の感情の揺らぎを感じることができなかったという。
「わかりました。手術で治してしまいたいです」
祷は穏やかな表情のまま、なんでもないことのように言った。
その穏やかさも医師を驚かせたが、何よりも決断力の早さには、医師の方が「よく考えて良いんだよ」と諭したほどだった。
当の祷は穏やかな表情をそのままに、「ありがとうございます。わかりやすく説明いただいて、内容は全てよく理解できました。熟考の結果なので大丈夫です」と答えた。
それでも二十歳前の学生だ。保護者ともよく話すように、と、医師は次回は保護者への説明の場を設ける段階を踏むことにこだわった。




