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わたしの考え

 何もかもがあって当たり前、与えられて当たり前ではない中で。

 与える側が、与えられる側の望んでいるものを、望んでいる通りに、すべて完璧に与えなくてはならないなんて義務を負っているのではないのならば。

 与えられる側は、それでも尚与えられているものをありがたく受け取れば良い。それだって本当は得られて当たり前のものではないのだから。


 そして、それだけのものを(与えなくて良いにもかかわらず)与えられているわたしは、それ以上のものを返せているのか。いないのなら返していかないと。


 そのためにも、今は、居られるうちは、家族の近くに居たい。

 近くにいることで、新たに与えられ続けるだろう。だからその分も返し続けていく。

 その関係性の連続を、意識せず自然に行えるのが、家族だと思う。


 というのが、めがみちゃんの考え方だった。



 その通りだと思うよ。

 思うんだけど、うーーーーーーん……。こう言っちゃ悪いけど、当たり前じゃない?


 大げさな言い方しているけど、誰もが自分にとって都合よく生きているわけじゃないし、そんな中でお互い助け合えたら良い。それが一番発生しやすいのが家族ってことを言っているだけだよね? 普通じゃない?


 なんていうか、やっぱり、めがみちゃんは恵まれて来ていたんだろうなと思う。


 まあ恵まれて育った子が、そのありがたさを認識して、感謝を持って生き、世の中に返していくというのだから、立派なんだと思う。


 誰かにとっては当たり前でも、そうでなかった人からしてみれば、そこに気付くだけだって大変なことだ。

 わたしだってエラそうなことなんてひとつも言えない。気付いていないことだって山ほどあるだろう。

 そういう意味では、恵まれた環境に安穏とせず、気付きを得ためがみちゃんは立派なんだろう。

 そのうえ、恵まれた人ならではの、穏やかで余裕のあるおおらかさは失われていないところも美点と言える。多分わたしには無い要素だ。



 わたしも、わたしの欠点を自覚している。

 だから律したいと思っている。



「お姉さん……いのりちゃんだよね? いのりちゃんのことも?」



 もう苦手とか、避けたいと思うことはなくなったと。

 たおやかな笑みを浮かべていうめがみちゃんの言葉には、いのりちゃんへの傾慕の情が込められているように感じた。



 無いものを想ったって仕方がないのに。

 誰か持っているものを羨んだって意味がないのに。



 頭では理解できている。

 人と自分は違う。


 自分が自分の都合を重視するように、人もまたその人の都合を重視して当然。そしてそれが、自分にとっての都合と合致することの方が稀少だと思うべき。


 そう考えれば、思い通りにならない大抵のことを、当たり前のものとして受け入れ、受け流すことができるはずなのに。

 それでも心のどこかで、羨んだり妬んだりする気持ちがあることを自覚してしまう。



 今さっきめがみちゃんの、開示しなくても良いにも関わらず明かしてくれた告白に対して、「そんなの当たり前じゃん」なんて思っておきながら、わたし自身到底できているとは思えない心の裡を認めていた。


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