最後の三日月
三日月の夜、妻が死んだ。
三日月が頭に刺さって死んだんだ。
公園のベンチで2人で缶チューハイを飲んで、「爪みたいだね」なんて言いながら月を見ていたら急に落ちてきて、妻に刺さったんだ。
突然の出来事に俺はパニックになった。
救急隊の人によると、ずっと「そうじゃないだろ」とか言っていたらしい。
確かにそうじゃないよな。
月って、そうじゃないもんな。
百歩譲って落ちてくることがあったとしても、あの形なのは絶対におかしいもんな。
妻に刺さった三日月には返しがついていて、肌を傷つけずに引っこ抜くことは出来ないと言われた。
それが理由で、妻の葬儀は三日月が刺さった状態のまま行われた。
最後のお別れの時、妻の顔を見た参列者が1人残らず「は?」と言っていた。
俺は悔しかった。悲しかった。
葬儀とはその人の人生だと思っている。
妻の葬式。最後の別れ。かけた言葉が全員「は?」。
なぁ神様、妻が何をしたっていうんだよ。
ただ公園でオヤジ狩りして、その金で買った酒をそのオヤジの背中に座って楽しく飲んでただけじゃないか。
なんでこんなキモイ死に方しなきゃならないんだよ。
それから俺は三日三晩泣き続けた。三日月だけに。
ストレスで痩せすぎてあだ名が三日月になった。けど、もっと痩せて一昨日からゴボウになった。
妻が死んでから、夜空に月が出ることはなくなった。
代わりに紫色の二重丸みたいなのが出るようになった。下の方なんてタレみたいなのが滲んでるし、もうこの世は終わってしまうのかもしれない。
だけど俺は生きていく。
世界が滅ぶその日まで。
決して歩みは止められない。
妻の分までオヤジ狩り。
しかし6日後の夜、俺は強めのオヤジに敗北し、そいつの椅子として生きることになった。
数年後、椅子バトルで俺が『「ストレスで痩せてなければ勝てたのに」が口癖のゲキホソの椅子』として大活躍するのはまた別のお話。
おしまい(おしりがマイケル)。