王子とママ(概念)
「末吉、妙子、おはよー」
教室に入ると、わたしは真っ先に友達のところへ駆け寄った。後ろをサラちゃんがついてきても変に身構えたり逃げたりしない、数少ない友人たちだ。
「はよ。また朝の運動してきたの? ウケんね」
そう言ってわたしの前髪を梳いて直すのは、市末吉乃だ。
176センチの長身と王子様フェイスで、男子より女子にモテる。本性はやんちゃボーイだし全然王子様じゃないんだけど、外面を作るのが上手いからバレンタインのときには大量のチョコレートをもらうし、放課後の呼び出しは九分九厘告白だ。あ、残りの一厘は「俺の彼女を取りやがって!」っていう負け犬の遠吠えね。
因みに末吉ってあだ名は、苗字と名前のあいだを取ったもの。
「もう、嫁入り前の体に傷がついたらどうすんの」
そして母親みたいなことを言うこの子は、新家妙子。
一言で言うなら、おっぱいがデカい。高校生にしてHカップというもの凄い巨乳の持ち主だ。前にぱふぱふさせてもらったんだけど、ヤバかった。あれから癖になっていまでは貴重な癒しタイムになっている。
妙子は男子にモテるんだけど、その殆どが「一発ヤらせてほしい」っていうクソな目的ばかりだから、本当にモテてるとは言えなさそう。妙子は慣れたって言うけど、オナホを見る目で見られて気分がいいわけないじゃない。
変なのに絡まれたら代わりにすり潰してあげるから言ってねって伝えてあるのに、妙子はあんまりわたしを頼ってくれない。別に殺しはしないのにね。
「妙子、おっぱい貸してぇ」
「はいはい、どうぞ」
妙子のむちむちの太ももに跨がり、正面から抱きついて谷間に顔を埋める。妙子は女の子らしい甘い匂いがするから、おっぱいのふわふわ感と合わさってすぐ寝られるくらい癒される。
「妙子のおっぱいは誰にもやらない……」
「あらぁ。薊ちゃんったら甘えん坊さんねえ」
くすくす笑って頭を撫でる妙子の手つきは絶妙で、本当に寝そう。
「マイナスイオンヤバい……妙子と付き合いたいヤツはまずわたしを倒せ」
「あんたそれじゃ妙子が一生誰とも付き合えないだろ。ヒグマに嫁がせる気か?」
「吝かではない」
「やめたれよ」
そういう末吉だって、妙子が乳しか見てないような下半身野郎に声かけられたときプリンスフェイスとイケボを駆使して撃退してたじゃない。知ってるんだからね。
「ていうかあんたら、見た目だけならおねロリだよな」
「友達に対して凄いこと言うじゃん?」
末吉はたまにこうして意味不明なことを言う。
妙子とわたしは同い年なんだけど、って言い返す代わりにおっぱいに埋もれたまま横目で見ると、スマホで写真を撮られた。
「ちょっと、盗撮禁止ー」
「別にどこにも上げないって」
「当たり前でしょ、もー!」
前に妙子と末吉と一緒にTDL言ったとき、軽い気持ちでインスタに三人で撮った写真を上げたら大変なことになったから、あれ以来、ネットに顔写真を上げることは絶対にしなくなった。元々加工した顔写真のアイコンだったのをお兄ちゃんの私物のギターピックに変えたし、ナンパしてきたアカウントは全部無言ブロックした。
「あっ、そうだ。今度の土曜、買い物付き合ってくれない? お母さんがロベリアの新作買ってきてほしいって」
「いいよ。特に予定ないし」
「ごめんねぇ、あたしは無理。お姉ちゃんが子供連れて帰ってくるの」
「そうなんだ、残念」
妙子とお姉ちゃんは五歳離れていて、二歳と0歳の子供がいる。妙子は女子高生にしておばさんの立場になったんだけど、さすがにおばちゃん呼びは可哀想だからってお姉ちゃんは娘の二歳ちゃんには「たえちゃん」って教えてるみたい。
「ところで薊、その新作ってどんなん?」
「んー? これ」
スマホで公式サイトの画像を見せると、末吉は「わあ」と棒読みで声を上げた。
画像のお洋服はフリルとレースとリボンがたっぷり使われたロリータ服で、背中に天使の羽がついたリュックや造花がお花畑みたいについたヘッドドレスもある。
「相変わらず凄いね、お母さんの趣味」
「まあ、自立するまではね……仕方ないかなって……」
養ってもらっている身だし、決して安くない服をわたしのために買ってくれるのはありがたいといえばありがたい。ほしくてもお小遣いじゃ買えないって子もいるし。ただ、嫌ってほどじゃないけど大好きってわけでもなくて、なんていうか、わたしの趣味とは違うんだよね。お母さんには言えないけど。
わたしが可愛いの大好きな女の子らしい趣味の女の子だったら、もっとお母さんと話が弾んだりしたのかなと思うと、ちょっと勿体ない気もする。
「私がいるから大丈夫だとは思うけどさ、その格好でリアルスマブラすんなよ?」
「それは絡んでくるヤツに言ってほしいかなぁ」